第一章 颯真との出会い
教室の片隅でノートを広げ、紗希は自分が確かに十年前のこの場所にいることを理解しようと必死だった。
「ねぇ、君、どうしたの?」
声に振り向くと、颯真――クラスの先輩が少し困惑した表情で立っていた。
「え……あ、あの……突然でごめんなさい」
紗希は言葉に詰まり、手元のノートを握りしめる。心臓が破れそうなほど早く打っていた。
颯真は少し微笑み、近づきながら尋ねる。
「教室で一人ぼーっとしてるとこ、見たことあるけど、今日は特に様子が変だね」
紗希は咄嗟に答える。
「そ、それは……ちょっと考え事をしてて……」
でも嘘だと自分でもわかる。考え事どころじゃない。目の前の先輩、颯真に出会ったことで、時間の流れが違う場所にいることを実感していた。
「そうなんだ。なら、一緒に帰る?」
颯真の声に紗希の頬が熱くなる。胸の奥に、未来では知らないけれど、どこか懐かしい感覚が芽生えた。
「う、うん……」
その一言を絞り出すだけで、紗希の喉はカラカラに渇いていた。
歩きながら、二人の会話はゆっくりと、しかし確かに距離を縮めていく。
「ねぇ、紗希って本、読むの好きなんだね」
「はい、古い本とか、ちょっと変わった話が好きで……」
颯真は興味深そうに頷く。
「面白そう。今度、オススメの本、教えてくれない?」
紗希の胸は高鳴り、思わず笑みがこぼれる。
「はい……ぜひ」
夕暮れの帰り道、街路樹の影が長く伸びる中で、二人の間には静かな親密さが芽生え始めていた。紗希の心は、未来に向かって開かれていくのを感じていた。
その瞬間、紗希は気づく――
この出会いが、未来の自分を変える鍵になることを。
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