第7話 地下に築く居場所


 地下は、静かだった。


     ◆


 魔素の流れが、一定だ。

 濃く、重く、そして――落ち着く。


     ◆


 ジャンは、岩壁に背を預けて座り込んだ。


 呼吸を整える。


     ◆


 力は、満ちている。


 身体は、思い通りに動く。


     ◆


「……皮肉なものだ」


     ◆


 地上に居場所はなく、

 地下にこそ、安らぎがある。


     ◆


 倒れた冒険者たちは、

 すでに拘束してある。


 意識も、安定している。


     ◆


 殺さなかった。


 殺せなかった。


     ◆


 それが、

 自分の限界だと、理解している。


     ◆


「ここを……」


     ◆


 ジャンは、周囲を見渡した。


 旧採掘坑。


 人の手で掘られ、

 今は捨てられた場所。


     ◆


 だが。


     ◆


 魔素は、生きている。


     ◆


「拠点にする」


     ◆


 言葉にした瞬間、

 覚悟が固まった。


     ◆


 地上に戻れば、

 再び狙われる。


 守るべき街から、

 拒絶される。


     ◆


 ならば。


     ◆


 戻らなければいい。


     ◆


 ジャンは、立ち上がる。


     ◆


 まずは、安全の確保。


 魔物の巣を潰し、

 通路を整理する。


     ◆


 体は、軽い。


 剣は、迷わない。


     ◆


 数刻後。


     ◆


 坑道の奥は、

 簡易だが、生活可能な空間になっていた。


     ◆


 火を灯し、

 水脈を確認し、

 空気の流れを調整する。


     ◆


 管理者としての知識が、

 ここで生きた。


     ◆


「……皮肉じゃないな」


     ◆


「全部、

 繋がっている」


     ◆


 ふと、足音が聞こえた。


     ◆


 警戒。


     ◆


 だが、

 現れたのは――


     ◆


「……ジャン?」


     ◆


 聞き覚えのある声。


     ◆


「ポーリン?」


     ◆


 受付嬢のポーリンが、

 不安そうに立っていた。


     ◆


「ここにいるって、

 噂で……」


     ◆


 ジャンは、言葉を失う。


     ◆


「どうして……」


     ◆


「心配だったんです」


     ◆


 彼女は、

 小さく笑った。


     ◆


「街では、

 あなたの悪い話ばかりで」


     ◆


「でも……」


     ◆


「私、

 知ってますから」


     ◆


「あなたが、

 何をしてきたか」


     ◆


 胸が、

 少しだけ軽くなる。


     ◆


「ここは、

 危険だ」


     ◆


「知ってます」


     ◆


「だから、

 来ました」


     ◆


 ポーリンは、

 鞄を下ろす。


     ◆


「ギルドに残っても、

 できることは少ないです」


     ◆


「でも、

 ここなら」


     ◆


「手伝えます」


     ◆


 ジャンは、

 しばらく黙った。


     ◆


 そして、

 ゆっくり頷く。


     ◆


「……歓迎する」


     ◆


 それは、

 久しぶりに口にする言葉だった。


     ◆


 その夜。


     ◆


 地下拠点に、

 小さな灯りが増えた。


     ◆


 食事は質素。


 会話も、少ない。


     ◆


 だが。


     ◆


 ここには、

 敵意がない。


     ◆


 裏切りもない。


     ◆


 ジャンは、

 火を見つめながら考える。


     ◆


 守るべきものは、

 街だけじゃない。


     ◆


 守る仕組みを、

 作らなければならない。


     ◆


 境界破壊者は、

 力をばら撒く。


     ◆


 ならば、自分は――


     ◆


「境界を、

 正しく使う者を育てる」


     ◆


 独り言のように呟く。


     ◆


 地下に築いたのは、

 逃げ場ではない。


     ◆


 反撃のための居場所だ。


     ◆


 ジャンは、

 静かに拳を握る。


     ◆


 この場所から、

 世界を“戻す”。


     ◆


 選ばれなかった管理者の、

 本当の戦いが――


     ◆


 ここから、始まる。


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