第8話 地下ギルド誕生


 地下拠点に、人の気配が増え始めた。


     ◆


 最初は、一人だった。


     ◆


 深層探索帰りの若い冒険者。

 装備は傷だらけで、表情は疲弊している。


     ◆


「……ここ、噂の場所ですか」


     ◆


 ジャンは、頷いた。


     ◆


「管理者がいるって」


     ◆


「噂だけだ」


     ◆


 そう返すと、男は苦笑した。


     ◆


「でも、力は本物だ」


     ◆


「地下で、生き方を教えてくれるって」


     ◆


 ジャンは、即答しなかった。


     ◆


 ここは、隠れるための場所だ。

 人を集めるつもりはなかった。


     ◆


 だが。


     ◆


 男の目には、焦りと覚悟が混じっていた。


     ◆


「地上では、もう無理なんです」


     ◆


「境界破壊者側につかないなら、

 仕事も回ってこない」


     ◆


「でも……」


     ◆


「命を賭けるなら、

 ちゃんとした場所がいい」


     ◆


 ジャンは、視線を逸らした。


     ◆


 その言葉は、

 自分が失ったものと重なる。


     ◆


「……条件がある」


     ◆


 男の顔が、引き締まる。


     ◆


「力だけを求める者は、

 帰れ」


     ◆


「ここでは、

 境界を守る」


     ◆


「守れないなら、

 力は与えない」


     ◆


 男は、一瞬黙り込み、

 やがて深く頭を下げた。


     ◆


「お願いします」


     ◆


 それが、始まりだった。


     ◆


 二人目。

 三人目。


     ◆


 共通しているのは、

 地上で居場所を失った者たち。


     ◆


 深層に潜る覚悟はあるが、

 無茶はしない。


     ◆


 ジャンは、彼らを選別した。


     ◆


 境界破壊者の思想に染まっていないか。

 力に溺れていないか。


     ◆


 管理者としての目が、

 ここで生きる。


     ◆


 訓練は、地味だった。


     ◆


 魔素の流れを感じ取る。

 自分の限界を知る。

 無理をしない撤退判断。


     ◆


「強くなる前に、

 死なないことを覚えろ」


     ◆


 ジャンの言葉は、厳しい。


     ◆


 だが、誰も文句は言わなかった。


     ◆


 数日後。


     ◆


 ポーリンが、帳簿を手に言った。


     ◆


「……これ、もう」


     ◆


「ギルドですね」


     ◆


 ジャンは、眉をひそめる。


     ◆


「名乗るつもりはない」


     ◆


「でも」


     ◆


「依頼の分配。

 物資管理。

 探索記録」


     ◆


「全部、

 ギルドの仕事です」


     ◆


 ジャンは、沈黙した。


     ◆


 否定したかった。


     ◆


 だが。


     ◆


 この場所は、

 すでに“組織”になりつつある。


     ◆


「……名前は」


     ◆


「いりません」


     ◆


「地下ギルドで、

 十分です」


     ◆


 その呼び方は、

 自然に広まった。


     ◆


 地上ギルドに属さない。

 境界破壊者にも与しない。


     ◆


 第三の場所。


     ◆


 数日後。


     ◆


 噂は、街に届く。


     ◆


「管理者が、

 地下で仲間を集めている」


     ◆


「力を制限する代わりに、

 生き残らせるらしい」


     ◆


 嘲笑も、あった。


     ◆


「臆病者の集まりだ」


     ◆


 だが。


     ◆


 地下ギルドからの死者は、

 一人も出ていなかった。


     ◆


 ジャンは、灯りの下で地図を見る。


     ◆


 魔素の歪み。

 境界破壊者の活動地点。


     ◆


「……来るな」


     ◆


 そう呟いた時。


     ◆


 空気が、わずかに揺れた。


     ◆


 不穏な魔素反応。


     ◆


 深層方向。


     ◆


「来たか」


     ◆


 地下ギルド誕生を、

 境界破壊者が見逃すはずがない。


     ◆


 ジャンは、立ち上がる。


     ◆


 守る場所が、できた。


     ◆


 なら。


     ◆


 今度は、

 守るために戦う。


     ◆


 地下ギルドの灯りは、

 まだ小さい。


     ◆


 だが。


     ◆


 闇の中では、

 確かに見える光だった。

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