第5話 街が選んだ答え


 朝の街は、静かすぎた。


     ◆


 人通りはある。

 店も開いている。


 だが、空気が違う。


     ◆


 ジャンが歩くと、

 視線が、わずかに逸らされる。


     ◆


「……」


 声をかける者はいなかった。


     ◆


 冒険者ギルド、ボミタス支部。


 扉を開けた瞬間、

 ざわめきが一度止まる。


     ◆


 すぐに、再開した。


 だが、その内容は変わっている。


     ◆


「管理者様、来たぞ」


「小声で話せ」


     ◆


 ジャンは、受付へ向かった。


 ポーリンが、困ったように笑う。


     ◆


「……クエストの受注数、

 減っています」


     ◆


「理由は?」


     ◆


「境界異常域の再封鎖で、

 不満が出ていて」


     ◆


 予想通りだった。


     ◆


 ガドルが、奥から出てくる。


 その表情は、

 いつもより険しい。


     ◆


「街が、割れた」


     ◆


 それだけで、十分だった。


     ◆


「境界破壊者に賛同する連中が、

 表に出始めている」


     ◆


「理由は、力だ」


     ◆


 ジャンは、静かに頷く。


     ◆


「彼らは言っている」


     ◆


「選ぶ権利を奪われた、と」


     ◆


 ギルドの一角。


 数人の冒険者が、

 はっきりとこちらを睨んでいた。


     ◆


「……あいつが」


     ◆


「俺たちの可能性を、

 潰した」


     ◆


 聞こえるように、言う。


     ◆


 ジャンは、足を止めた。


     ◆


「違う」


     ◆


 静かな声。


     ◆


「可能性を、

 守った」


     ◆


 即座に、反発が返る。


     ◆


「守る?」


     ◆


「俺たちは、

 強くなれたんだ!」


     ◆


「深層に行ける力を、

 得たんだぞ!」


     ◆


 ジャンは、目を伏せる。


     ◆


 知っている。


 それが、どれほど魅力的か。


     ◆


「……その先を、

 考えたか」


     ◆


「考える必要があるか?」


     ◆


「今、強い」


     ◆


 その言葉が、

 すべてだった。


     ◆


 話は、噛み合わない。


     ◆


 彼らが見ているのは、

 “今”。


 ジャンが見ているのは、

 “続き”。


     ◆


 昼過ぎ。


 街の広場に、人が集まり始めた。


     ◆


 境界破壊者の支持者たちだ。


     ◆


「選択を返せ!」


     ◆


「力を、

 俺たちに!」


     ◆


 その中心に、

 見覚えのある顔がいた。


     ◆


 元・中堅冒険者。


 かつて、深層挑戦で挫折した男。


     ◆


「管理者」


 男は、ジャンを見て言う。


     ◆


「俺たちは、

 もう待たない」


     ◆


「力を得る道を、

 選ぶ」


     ◆


「それが、

 街の答えだ」


     ◆


 拍手が起きた。


     ◆


 ジャンは、群衆を見る。


     ◆


 賛同。

 期待。

 焦り。


     ◆


 そこに、

 未来への想像はなかった。


     ◆


「……わかった」


     ◆


 短く、答える。


     ◆


 男が、勝ち誇ったように笑う。


     ◆


「だが」


     ◆


 ジャンは、続けた。


     ◆


「俺は、

 止める」


     ◆


「この街が、

 壊れる前に」


     ◆


 広場が、静まり返る。


     ◆


「敵になるってことか?」


     ◆


 ジャンは、首を横に振る。


     ◆


「違う」


     ◆


「俺は、

 最後まで管理者だ」


     ◆


 拍手は、起きなかった。


     ◆


 代わりに、

 明確な距離が生まれた。


     ◆


 その日から。


     ◆


 街は、二つの顔を持つようになる。


     ◆


 境界を守る者。


 境界を壊す者。


     ◆


 そして、

 どちらにも属さない管理者。


     ◆


 ジャンは、独りになった。


     ◆


 だが。


     ◆


 その背中は、

 揺れていなかった。


     ◆


「……選ばれなくても」


     ◆


 小さく呟く。


     ◆


「俺は、

 やる」


     ◆


 街が選んだ答えは、

 まだ途中だ。


     ◆


 その結末を、

 見届ける者は――


 ジャンしか、いない。

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