第4話 守ることで失うもの


 決断は、静かに下された。


     ◆


 ボミタスの外れ。

 旧採掘坑跡に広がる、小規模な魔素異常域。


 ここが、境界破壊者の“実験場”の一つだと判明した。


     ◆


「封鎖する」


 ジャンの言葉は、短かった。


     ◆


 同行していた冒険者たちが、息を呑む。


「待ってくれ」


「ここで力を得た連中がいる」


     ◆


「だからだ」


 ジャンは、視線を逸らさない。


     ◆


「この場所は、

 均衡を崩している」


     ◆


 魔素は、本来ゆるやかに循環する。

 だがここでは、無理やり集められ、歪んでいた。


     ◆


「放置すれば、

 人も魔物も壊れる」


     ◆


 反論は、なかった。


 だが、納得もなかった。


     ◆


 ジャンは、魔素調整装置に手をかける。


 管理者としての権限で、

 境界を“戻す”。


     ◆


 空気が、変わった。


     ◆


 濃密だった魔素が、急速に薄れていく。


     ◆


「……っ」


 膝をつく者がいた。


     ◆


「力が……」


     ◆


 ジャンの胸が、痛む。


     ◆


 知っている。


 この感覚を。


     ◆


 地上に戻った時の、

 自分自身だ。


     ◆


「すまない」


 そう言うことしか、できなかった。


     ◆


 数時間後。


 街は、異変に気づいた。


     ◆


「強くなったはずなのに」


「昨日までできたことが……」


     ◆


 噂は、瞬く間に広がる。


     ◆


「管理者が、

 力を奪った」


     ◆


 ギルドの前には、人が集まった。


     ◆


 怒号。

 失望。

 不満。


     ◆


「返せ!」


「俺たちの力を!」


     ◆


 ジャンは、正面に立った。


     ◆


「奪ったんじゃない」


     ◆


「元に戻しただけだ」


     ◆


 その言葉は、

 火に油だった。


     ◆


「ふざけるな!」


「選択させるって言ってたのは、

 あいつだけじゃないのか!」


     ◆


 ジャンは、黙った。


     ◆


 選択させる――

 その言葉が、胸に刺さる。


     ◆


 彼は、選ばせなかった。


 選べない未来を、

 切り捨てただけだ。


     ◆


「……俺は」


 静かに、口を開く。


     ◆


「この街を、

 壊したくない」


     ◆


「壊れないために、

 止めただけだ」


     ◆


 返ってきたのは、

 冷たい視線だった。


     ◆


「綺麗事だ」


     ◆


「強くなれる希望を、

 潰したくせに」


     ◆


 その言葉に、

 ジャンは何も返せなかった。


     ◆


 夜。


 ギルドマスター、ガドルが、

 重い表情で告げる。


     ◆


「街の評判が、

 悪化している」


     ◆


「わかっている」


     ◆


「しばらく、

 表に出るな」


     ◆


 ジャンは、頷いた。


     ◆


 理解している。


 守るという行為は、

 必ず誰かから奪う。


     ◆


 それが、正しくても。


     ◆


 一人、宿の部屋。


 椅子に腰を下ろし、

 手を見る。


     ◆


 今は、弱い。


 地上では、

 何もできない存在だ。


     ◆


「……それでも」


     ◆


 呟く。


     ◆


「戻さなきゃ、

 いけなかった」


     ◆


 窓の外。


 遠くで、

 不穏な魔素の揺らぎが、また一つ生まれた。


     ◆


 境界破壊者は、止まらない。


     ◆


 ジャンは、立ち上がる。


     ◆


 守ることで失ったものは、多い。


 信頼。

 支持。

 居場所。


     ◆


 だが。


     ◆


 失っても、

 守ると決めた。


     ◆


 それが、

 管理者としての覚悟だった。

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