第2話「小さな異変」

昼休みの食堂は、朝の教室とはまた違った騒がしさに包まれていた。机を囲む生徒たちの笑い声やおにぎりの包み紙のカシャリという音、遠くから聞こえる部活の呼び声――五感すべてが軽く刺激される。僕はいつものように、できるだけ目立たないように席につき、昨日借りたゆかちゃんの漫画のことを思い返していた。


「昨日の漫画、面白かった……でも、やっぱり怖いな……」

小さな声で呟くと、背中にぞくりと冷たいものが走る。漫画の中でグロテスクなシーンを思い浮かべるたび、無意識に肩が強張る。


「ああ……やっぱり僕、内気すぎる……」

そう思いながらも、食堂のざわざわした音の中で少し安心している自分に気づく。平和な時間、でもどこか不安を引きずる、この微妙な感覚が、今の僕にとっては日常そのものだった。


すると、廊下の方からかすかなざわめきが聞こえた。

「ん……?」

僕は顔を上げる。視線の先には、転んだ生徒の姿が一瞬見えたような気がする。しかし、周りの生徒たちは気にする素振りもなく、笑い声を上げておにぎりを食べている。


「……また、勘違いしてるだけかも……」

そう思いながらも、目は自然と動かずにはいられなかった。



そのとき、ゆかちゃんが僕の肩に軽く手を置いた。

「どうしたの? その顔、ちょっと青すぎるんじゃない?」


「あ、ああ……別に……その……」

顔を赤くして俯く僕。漫画のことを口にすれば、絶対にからかわれる。いや、それ以上に、自分の内気さがばれるのが恥ずかしいのだ。


「ふーん……」

くすっと笑うゆかちゃん。


そのまま立ち上がると、彼女は軽やかに廊下に向かって歩き出した。

「行くわよ、見に行こうじゃない」


迷う暇などない。僕は小さく息を整え、彼女についていくしかなかった。

――漫画の知識を思い出しながら。冷静に、状況を見極めるんだ、と。



廊下に出ると、倒れている生徒の姿が目に入った。腕から血がにじみ、うめき声をあげている。

「うわ……」

漫画の中で見たシーンと酷似している。現実ではまだ呼吸はあるが、その異様さは隠せない。


ゆかちゃんはすぐに駆け寄り、生徒を支えながら指示を出す。

「大丈夫、落ち着いて! 保健室に連れて行くわよ」


僕は圧倒される。まだ何をすればいいのか分からない。でも、漫画の知識が少しだけ役立つ。――冷静に、状況を見極める。


倒れている生徒を支えるゆかちゃんを見ながら、僕は思う。

――こんなに強くて頼もしい彼女に、僕は惹かれるんだろう。


漫画の中では、対処するために冷静に戦略を練る。でも、現実の僕はただ後ろで息を整えるしかできない。

それでも、昨日読んだ漫画の知識が、少しだけ役立っている気がした。


「まずは深呼吸……状況を整理……」

心の中で自分に言い聞かせる。漫画のセリフがリアルに響く瞬間だ。


保健室に連れて行き、

その後結構大事になった。


救急車が来て、警察が来て

その時はただの事故だと思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

『世界が終わる日に』 ― ゾンビになっても君が好き ― うえすぎ @uesugi398

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る