第5話 森の教室と、銀色の小さな相棒

 ガタゴトと馬車に揺られること一時間。

 私たちはヴェルダの街の外れにある深い森へと向かっていた。


 目の前で軽快に歩く馬の背中は、思ったよりもずっと高くて大きい。


 風になびくタテガミがふさふさで、なんだかすごく気持ちよさそうだ。

 ちょっと触ってみたいなー。


「ねぇパパ、お馬さんのタテガミ触ってもいい?」


 私が身を乗り出すと、パパは慌てて私を支えた。


「こらこら、動いてる時は危ないぞ。森に着いたら触らせてやるからそれまで我慢な」


「うん、約束!」


 ◇◆◇


「よし、到着だ。セレナ、約束通りお馬さんを触ってみるか?」


 馬車を降りると、パパは私を抱っこして馬の首筋に近づけてくれた。

 私はそっと手を伸ばして、タテガミに触れてみる。


 思った通りふっさふさ!

 少し硬い毛も混じっていて温かい。生きているんだなぁって実感する。


「さあ、ここからはお勉強の時間だ。パパから絶対に離れるなよ?」


「うん!」


 私は大きく頷いて、パパの後ろをついて歩き出した。


 ◇◆◇


 森の中は静かで、時々鳥の声が響く。

 パパは少し開けた場所で立ち止まると、慣れた手つきでナイフを取り出した。


「セレナ、よく見ていろ。薬草を採る時はな、根っこを傷つけないように、こうやって刃を入れるんだ」


 シュッ。

 短い音と共に薬草が切り取られる。

 その切り口は定規で引いた線みたいに鮮やかで綺麗だった。


「すごい! パパのナイフ、魔法みたい!」


「はは、これは技術だ。切り口が綺麗だと薬草の効果も高くなるし、残った根っこもすぐにまた生えてくる」


 パパは採ったばかりの薬草を、愛おしそうに布に包んだ。


「せっかく森から命をいただくんだ。少しでも大切に扱わないとな」


 命をいただく。

 その言葉に私はハッとした。


 魔導具作りで失敗した紙や木材を、私は「ゴミ」だと思って捨てていたけれど、それだって元々は生きていたものなんだ。


(かっこいいな……)


 いつもデレデレなパパだけど、仕事をしている時の横顔は、本物の薬師の顔をしていた。


「よし、じゃあセレナもやってみるか? この『吸魔きゅうまの葉』なら茎が太いから切りやすいぞ」


 パパにナイフを渡され、私はドキドキしながら葉っぱに向き合った。

 パパみたいに、シュッとカッコよく……!


 私は茎を掴んで、ナイフに力を込めた。


 ズルッ。


「あ」


 刃が茎の上で滑った。

 次の瞬間、指先に熱い衝撃が走る。


「痛っ!」

「セレナ!!」


 パパが血相を変えて飛んできた。

 私の人差し指から、赤い血がぽたぽたと落ちている。


「動かすな! すぐに手当てする!」


 パパは腰のポーチから緑色の小瓶を取り出し、液体を傷口に垂らした。

 ポーションだ。


 ジュワッ!!


「んぐっ……!」


 傷口を焼かれたような痛みが走る。

 涙が出そうになったけど、痛みは一瞬で引いていき、見る見るうちに傷が塞がっていった。


「……怖かったか?」


 パパが心配そうに覗き込んでくる。

 私はコクコクと頷いた。


「ごめんね、パパ。私、簡単だと思ってた」


「いいんだ。パパだって最初は何度も指を切ったさ。痛みを知って、道具の怖さを知るのも勉強だ」


 パパは私の頭を撫でてくれた。

 魔法も、道具も、使い方を間違えれば自分を傷つける。

 森はそれを私に教えてくれたみたいだ。


 ◇◆◇


 採取を終えて、馬車に戻ろうとした時だった。


 ヒィーン!


 繋いでいた馬が、何かに怯えるように短く鳴いた。

 パパの顔色がサッと変わる。


「セレナ、俺の後ろに隠れてろ」


 パパが私を背中にかばい、腰の剣に手をかける。

 空気が張り詰める。

 魔物? 熊?

 私はパパの服をギュッと掴んで、おそるおそる前を覗き込んだ。


「……なんだ、あいつか」


 パパが拍子抜けしたように力を抜いた。

 視線の先、草むらの中に何かが倒れている。

 銀色の綺麗な毛並みをした……子犬?


「あれはシルフドッグだな。風の魔力を持つ魔物だ」


「ま、魔物!? ……だ、大丈夫なの?」


「まあ、臆病な生き物だからな。人を襲ったなんて話は聞かないから大丈夫さ。……怪我をしてるのか」


 近づいてみると、その子犬はお腹から血を流して苦しそうに息をしていた。

 まだ私と同じくらい小さい。

 親とはぐれちゃったのかな。


「パパ、この子死んじゃうの?」


「……野生の掟だからな。かわいそうだが、俺たちが手出しすることじゃ――」

「やだ!」


 私は思わず叫んだ。

 目の前で消えそうな命。放っておくなんてできない。


「助けてあげて! パパならポーションで治せるでしょ?」


「しかしなぁ……魔物を家に連れ帰るわけには……」


 今、シルフドッグの耳がピクッと動いた気がする。こうなったら最後の手段だ。


「パパ、私まだお誕生日のプレゼントもらってない!」


「うぐっ……そ、それは……」


「今年のプレゼント、この子がいい! この子を助けてくれなきゃ、パパのことキライになる!!」


「キ、キライ……!?」


 パパが白目を剥いてふらついた。

 効果は抜群だ。

 パパは「ううぅ……」と唸ってから、ガックリと肩を落とした。


「……分かった。俺の負けだ」


 ◇◆◇


 応急処置をして家に連れ帰ると、予想通りママのお説教が待っていた。


「あなたって人は、本当に甘いんだから! 魔物を拾ってくるなんて!」


「いや、セレナに『キライ』って言われて、耐えられる父親がどこにいるんだ……」


 パパが小さくなっている横で、私はカゴの中で眠る子犬を見守っていた。

 ポーションのおかげで傷は塞がっている。

 お願い、目を覚まして……。


 その時。

 ピクリ、と銀色の耳が動いた。

 ゆっくりと瞼が上がり、透き通るような空色の瞳が私を見る。


「あ! 起きた!」


 子犬はきょろきょろと周りを見て――次の瞬間。


「わふっ!」


 すごい勢いでカゴから飛び出し、私に突っ込んできた!


「わっ、ちょ、くすぐったいってば!」


 私は押し倒され、顔中をベロベロと舐め回される。

 元気だ! よかったぁ!


「……あら? ずいぶん懐かれてるわね」


 ママが呆気にとられた顔をしている。

 子犬はひとしきり私を舐めると、満足したように「キャン!」と鳴いて、私の膝の上にお座りをした。


「パパ、ママ! この子、飼ってもいいでしょ? 私のプレゼントだもん!」


 私がキラキラした目で見上げると、二人は顔を見合わせて、ため息混じりに笑った。


「仕方ないわね。セレナが面倒見るのよ?」


「それに名前をつけてやらないとな」


 名前。

 私は膝の上の温かい銀色を撫でて、直感で決めた。


「『リオ』! あなたの名前はリオよ!」


 『リオ』は『川』っていう意味。

 私が初めて魔法を使えた時にイメージした、綺麗な川の流れ。


 私の始まりとも言える大切なイメージを、この子にあげたいと思ったんだ。


「わんっ!」


 リオが嬉しそうに吠える。

 こうして、シルヴァーノ家に新しい家族が増えた。

 私の魔導具師への道は、賑やかな相棒と共に進んでいくことになりそうだ。





―――――――――――――――――

「パパ嫌い」は効果抜群でしたね(笑)。

銀色の相棒・リオも家族に加わり、

賑やかな日々の始まりです!


ちなみにあなたがパパの立場だったら、

娘に「キライになる」と言われても、

父親として見捨てる選択ができましたか?


次回、第6話「曲線の壁と、とろけるチーズの思い出」

魔導回路の「曲線」に苦戦するセレナ。

パパとのおやつタイムで明かされる、二人の過去とは?

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