第4話 温かいシチューと、できない現実
「パパ、見て! できたよ!」
私が駆け寄って手の中を見せると、パパはきょとんとして、それから目を限界まで見開いた。
「なっ……!?」
私の小さな手のひらの上には、クルミくらいの大きさの青い光――純度の高い魔力球が浮かんでいる。
パパはカバンを取り落としそうになりながら、私の手と顔を交互に見た。
「おいおい、嘘だろ……? 魔力制御の練習初日で、形状維持まで成功させたのか!?」
「うん! ママに教わった通りにやったらできたの!」
追いかけてきたママが、呆れたように、でも誇らしげに言った。
「ルキウス、驚くのも無理はないわ。この子、私が教えた『吸い出す』やり方が合わないと気付いて、すぐに『高いところから流す』イメージに切り替えて成功させたのよ」
「お、教わった通りじゃなく、自分で工夫して魔法を使ったっていうのか……?」
パパは震える手で私の肩を掴むと、次の瞬間、
「うおおぉぉぉっ!! 俺の娘は天才だぁぁぁーーッ!!」
近所迷惑になりそうな大声で叫んで、私を抱き上げた。
高い高ーい! どころか、そのままグルグルと回される。
「きゃはは! パパ、目が回るよー!」
「すごいぞセレナ! お前は間違いなく、世界一の魔導具師になれる!」
パパの目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
また大げさなんだから……と思いながらも、その喜びようが嬉しくて、私はパパの首にギュッと抱きついた。
◇◆◇
その日の夕食は、パパ特製のホワイトシチューだった。
ゴロゴロ入った野菜と、柔らかくなるまで煮込んだお肉。
パパのご飯は優しくて温かい味がする。
「ん〜! おいし〜い!」
「そうかそうか! たくさん食えよ、天才魔導具師様!」
パパは上機嫌で、私のパンにシチューをつけてくれる。
ママも苦笑いしながらスープを飲んでいる。
幸せだなぁ。
おいしいご飯と、大好きなパパとママ。
魔導具作りへの第一歩も踏み出せたし、今日は最高の誕生日……。
……あれ?
スプーンを口に運ぼうとした手が、急に鉛のように重くなった。
視界がぐにゃりと歪む。
まぶたが、くっついたみたいに開かない。
「……ナ? セレナ?」
パパの声が、遠くのほうから聞こえる。
「あら、魔力切れね。はしゃぎ過ぎて使い果たしたのよ」
ママの冷静な声。
そっか、魔力を使うのって、体力がいるんだ……。
頭では分かっていても、私の体はまだ五歳の子供なんだもんね……。
ガタン。
私はスプーンを持ったまま、テーブルに突っ伏してしまった。
「おっと」
ふわりと体が浮き上がる感覚。
パパが私を抱き上げてくれたんだ。
大きくて、厚い胸板。焚き火のそばにいるみたいに温かい。
「よく頑張ったな、セレナ。おやすみ」
おでこに優しい感触。
私はその温もりに包まれながら、深い深い眠りへと落ちていった。
◇◆◇
「いい? セレナ。魔導具作りの基本は『正確さ』よ」
翌日。
たっぷりと寝て魔力も復活した私は、ママの指導のもと、いよいよ『魔導回路』を書く練習をすることになった。
まずは紙とペンを使って、直線を引く練習だ。
「回路が途切れたり、線がブレたりしたら、魔力はそこで暴走するわ。定規で引いたみたいに、真っ直ぐで均一な線を引けるようになりなさい」
「はーい!」
私は自信満々でペンを握った。
だって、私の頭の中には『正解』があるから。
ママが書いた美しい回路図。昨日は一瞬で理解できた。
頭の中に浮かぶイメージ通りに、ペンを動かせばいいだけでしょ?
(ここから、ここまで。スッ、と引く!)
私は紙の上にペンを走らせた。
ズザッ。
「…………」
紙の上には、ミミズがのたうち回ったような、ヨレヨレの線が引かれていた。
しかも最後の方はインクが滲んで、汚いシミになっている。
「あらあら、元気なミミズさんね」
「う、うぐぐ……」
ママの容赦ない感想が胸に刺さる。
おかしい。
頭の中では、機械で引いたみたいに完璧な直線が見えているのに!
もう一回!
今度は慎重に、ゆっくりと……。
プルプルプル……ガタッ。
今度はギザギザのノコギリみたいな線になった。
(なんで!?)
私は自分の手を見つめた。
小さくて、プニプニした、五歳の子供の手。握力もなければ、筆圧のコントロールも未熟。
どんなに高度な知識が入っていても、それを動かす体がついてこなければ、意味がないんだ。
「知識があるのと、できるのは別よ」
ママは私の心を見透かしたように言った。
「あなたの目は良いわ。正解が見えているのも分かる。でも、それを形にするための『職人の手』は、すぐには身につかない。何千回、何万回と線を引いて、体に覚え込ませるしかないの」
「……うん」
私は唇を噛んだ。
あの不思議な知識があれば、なんでも簡単にできると思ってた。
でも、技術は裏切らないし、サボれない。
「やる。私、上手になりたい」
私は新しい紙を取り出し、ペンを握り直した。頭の中の“それ”は、もう正解を教えてくれなかった。
◇◆◇
それから数週間。
私はひたすら線を引く毎日を送っていた。
直線、曲線、円、渦巻き。
指にはペンだこができて、何度も腱鞘炎になりかけたけれど、そのたびにパパがポーションで治してくれた。
少しずつだけど、線は真っ直ぐになり、狙った通りの図形が書けるようになってきた。
「うん、だいぶマシになってきたわね。そろそろ次のステップに進んでもいいかも」
私の書いた図面を見て、ママが頷く。
「次は実際に、素材に魔力を焼き付ける練習よ。でもその前に……素材のことを知らないとダメね」
「素材?」
「そう。紙に書くのと、木や金属に焼き付けるのは勝手が違うの。それぞれの素材の特徴を知らないと、良い魔導具は作れないわ」
ママはそこで言葉を切ると、ちょうど帰ってきたパパのほうを見た。
「あなた、今度森へ採取に行くんでしょう? セレナも連れて行ってあげて」
「おっ! ついに森デビューか!?」
パパが嬉しそうに反応する。
「えっ、森?」
「ああ。魔導具に使われる木や薬草が、どんなふうに生えているのか。それを見て触って学ぶのも修行のうちよ」
森。
私が拾われた場所。
そして、たくさんの素材が眠る場所。
「行く! 私、行ってみたい!」
私はペンを置いて立ち上がった。
机の上だけの勉強はもうおしまい。
次は、外の世界での冒険が待っている!
―――――――――――――――――
知識と体のズレに苦戦するセレナ。
地道な努力で基礎を習得し、
いよいよ初めての森へ出発です!
次回、第5話「森の教室と、銀色の小さな相棒」
パパと森で課外授業!
そこで出会ったのは傷ついた銀色の……?
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