第6話 曲線の壁と、とろけるチーズの思い出
銀色のシルフドッグ、『リオ』が家族になって数ヶ月。
リオはすっかり我が家に馴染んでいた。
「リオ、いくよー!」
「わふっ!」
私が投げた枝をリオは風に乗るような大ジャンプでキャッチする。
まだ子供なのに、時々足元につむじ風のような魔力をまとっているのが見える。さすが風の魔物だ。
その身体能力の高さと、私の感情を読み取る賢さは、私の最高の相棒になっていた。
でも、相棒は順調なのに、肝心の主人のほうが絶不調だ。
◇◆◇
工房の机の上には、無残な焦げ跡がついた木の板が山積みになっている。
「むぅぅぅ……なんで真っ直ぐはいけるのに、曲がるとダメなのー!」
私の悲鳴を聞いて、足元のクッションで寝ていたリオが心配そうに顔を上げる。
今の課題は、魔導回路の「曲線」の焼き付けだ。直線と円は、何千回もの練習でできるようになった。
でも、S字カーブや波線のような複雑な曲線になった途端、壁にぶつかったのだ。
カーブで一瞬手が止まれば焦げ、弱めれば途切れ、勢いに任せればズレてしまう――この悪循環から、どうしても抜け出せない。
「あーもう! やってらんない!!」
私は木の板を投げ出しそうになって、ぐっと堪えた。リオが見てる。癇癪を起こすわけにはいかない。
でも、どうすればいいの?
『サイフォンの原理』みたいな便利なイメージも、この技術的な壁の前では役に立たない。
「……セレナ、少し煮詰まっているみたいだな」
工房の入り口から、パパがひょっこり顔を出した。私のイライラオーラが漏れていたらしい。
「ちょうどママも今日は孤児院のボランティアに出かけてるしな。パパと特別なおやつタイムにしようか? とっておきのがあるんだ」
「とっておき?」
その言葉に、ささくれ立っていた私の心が少しだけ反応した。
◇◆◇
パパが棚の奥から出してきたのは、見たこともないくらい大きなチーズの塊だった。
「じゃーん! 王都の有名店で一日十個しか売られない、幻の熟成チーズだ!」
(ふーん、チーズかぁ……)
私は内心、少し拍子抜けしていた。
本当にそんなに美味しいの?
疑いの眼差しを向ける私をよそに、パパは嬉しそうにそれを切り分け、小さなフライパンで炙り始めた。
パチパチと薪がはぜる音と、香ばしい匂いが部屋に広がる。
外はカリッ、中はとろーり。
「ほら、熱いから気をつけてな」
差し出されたお皿。私はフォークで持ち上げて、ふーふーしてから口に運んだ。
「……っ!!」
なにこれ、おいしい!!
カリカリの食感と、濃厚な旨味が口いっぱいに広がる。今までのチーズとは別次元だ。
「パパ、これすっごくおいしい!」
「ははは、美味いだろう! 王都の知り合いが毎年送ってくれるんだ」
パパも満足そうにチーズを頬張り、昼間から木製のジョッキを傾ける。
「セレナは、パパがずっとこの街にいると思ってるだろう?」
「うん」
「少し昔話をしてやろう。実はな、パパも若い頃は王都にいたんだ。冒険者ギルドの専属工房で、ポーションを作ってたんだぞ」
「えっ、パパが王都で?」
意外だ。パパはずっとこの田舎町でのんびりしてるイメージだったから。
「王都の工房は立派だったが、窮屈でな。『俺たちの作り方が一番だ』とか『新しいやり方は認めん』とか、派閥争いばかりで」
パパは少し遠い目をして、ジョッキを揺らした。
「パパはな、誰かに褒められたいんじゃなくて、本当に人の役に立つ、最高のモノを作りたかったんだ。でも、あそこではそれが難しかった。だから全部捨てて、このヴェルダの街に来たんだ」
全部捨てて。
いつもヘラヘラしているパパに、そんな覚悟を決めた過去があったなんて。
「で、この街で貧乏暮らしをしてた時に、ある女性が工房に押しかけてきたんだ。『あなたの薬に惚れました! 私と一緒になってください!』ってな」
「えっ……それって」
「そう、ママだ」
パパは照れくさそうに鼻をかいた。
「ママの勢いがすごくてな。毎日工房に通ってきては、薬の話や魔導具の話、ボランティアへの熱意を語ってくれて……気がついたら結婚してた」
あの落ち着いたママが、そんな猛アタックを!?想像できないけど、なんだか素敵だ。
「ママも苦労したんだぞ。実は元貴族の娘だったんだが、『属性なし』の魔力持ちだったせいで、家にいられなくて飛び出してきたんだ」
「貴族……属性なし……?」
初めて聞く話に、私はチーズを持つ手を止めた。属性がないと、貴族の家を追い出されるの?
「ああ。だから俺たちは、家柄とか常識とか、そういうのを全部捨てて、ここで自分たちの『作りたいもの』を作ってるってわけだ」
パパは優しく私の頭をポンポンと叩いた。
「だからセレナ。焦ることはないぞ。パパもママも、たくさん失敗して、遠回りしてここに来たんだ。お前もゆっくり、自分の道を見つければいい」
パパの大きな手。
その温かさが、焦りでカチコチになっていた私の心を溶かしていくみたいだった。
まるで、このとろけるチーズみたいに。
「……うん。ありがとう、パパ」
パパもママも、悩みながら自分の道を選んできたんだ。だったら、私が「曲線」ごときで諦めるわけにはいかないよね。
「よし、元気出た! 私、もう一回練習してくる!」
私は最後の一切れをパクっと口に入れると、元気よく立ち上がった。
足元でリオが「わんっ!」と応援するように鳴いた。
―――――――――――――――――
パパとママの意外な過去が判明!
新たに踏み出した二人の覚悟を知り、
セレナも新たな一歩を踏み出せそうです。
次回、第7話「はじめて灯った光と、十歳への扉」
場面は一気に三年後へ。
長い修行を経てついに魔導具完成!?
ちなみにあなたは
料理が出来る理論派、ただし娘溺愛のパパ
料理は壊滅的、感覚派、優しいママ
どっち派ですか?(笑)
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