第9話 境界破壊者の影


 異変は、数字として現れた。


     ◆


「……ありえない」


 ギルドの資料室で、管理官が声を漏らす。


「魔素濃度、急上昇。

 場所は――南部草原?」


     ◆


 そこは、ただの狩場だ。

 ダンジョンでも、旧跡でもない。


 魔素が濃くなる理由がない。


     ◆


 ジャンは、資料を覗き込んだ。


 嫌な感触が、胸の奥を掻いた。


「……これは、自然じゃない」


     ◆


 数値は、第三層相当。

 地上としては、異常だ。


 しかも、広がっている。


     ◆


「行く」


 ジャンは、短く言った。


     ◆


「一人で?」


 ポーリンが、思わず声を上げる。


     ◆


「……一人がいい」


 理由は、言わなかった。


 連れていけない。


     ◆


 南部草原は、静かだった。


 風が草を揺らし、

 遠くで獣が鳴く。


 一見、いつも通り。


     ◆


 だが――


 足を踏み入れた瞬間、

 空気が変わった。


     ◆


「……踏み抜いてるな」


 魔素が、意図的に引き上げられている。


 しかも、雑だ。


     ◆


 ジャンは、眉をひそめる。


「こんなやり方……」


     ◆


 気配を感じた。


 人影。


     ◆


 丘の上に、一人の男が立っていた。


 黒い外套。

 顔は、影に隠れている。


     ◆


「……誰だ」


 ジャンが問いかける。


     ◆


「管理者、か」


 低い声が、返ってきた。


「噂通りだな。

 反応が、早い」


     ◆


 ジャンは、剣に手をかけた。


「……お前が、やったのか」


     ◆


「そうだ」


 男は、あっさり認めた。


「境界を、少し壊しただけだ」


     ◆


「少し、で済む話じゃない」


     ◆


「済むさ」


 男は、笑った。


「世界は、強い魔素を求めてる」


     ◆


 ジャンは、理解した。


 この男は――

 引き上げる側だ。


     ◆


「……お前も、体質改善系か」


     ◆


「近いが、違う」


 男は、外套を翻す。


「俺は、適応しない」


「環境を、変える」


     ◆


 その瞬間。


 魔素が、爆発的に増えた。


     ◆


 草原が、歪む。


 地面が、軋む。


     ◆


 ジャンの体が、一気に軽くなる。


 深層級。


     ◆


「……やりすぎだ」


     ◆


「試してるんだよ」


 男は、腕を広げた。


「お前が、

 どこまで耐えられるかを」


     ◆


 生成型が、生まれる。


 次々と。


     ◆


 ジャンは、動いた。


 剣が、風を切る。


 速い。

 正確。


     ◆


 一体、二体と、消える。


     ◆


「……なるほど」


 男は、感心したように呟く。


「やはり、

 壊さずに保つか」


     ◆


「当たり前だ」


     ◆


「それが、限界だ」


 男の声が、冷たくなる。


「いずれ、

 選ばされるぞ」


     ◆


 魔素が、一気に引いた。


     ◆


 男の姿が、霞む。


     ◆


「次は、

 街でやる」


     ◆


 その言葉を残し、

 男は消えた。


     ◆


 草原に、静けさが戻る。


 だが、爪痕は深い。


     ◆


「……境界破壊者」


 ジャンは、呟いた。


     ◆


 これは、偶然じゃない。


 同じ領域に立つ者同士が、

 引き寄せられた。


     ◆


 ジャンは、剣を収めた。


 次は、試される。


 守るか、止めるか。


 境界の上で。

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