第8話 管理者という名の孤独


 ボミタス冒険者ギルドの会議室は、静かだった。


 重厚な机を囲むのは、支部長クラス以上の者たち。

 空気は張り詰め、誰も軽口を叩かない。


     ◆


「……例の件だが」


 口を開いたのは、ギルドマスターのガドルだった。


 年季の入った声に、疲労が混じる。


「旧ダンジョンの魔素異常、

 生成型の発生、

 そして――自然収束」


     ◆


 自然、という言葉に、数名が眉をひそめた。


「ありえません」


 女性管理官が即座に否定する。


「魔素核の消失は、

 人為的処理としか考えられない」


     ◆


「だが、痕跡がない」


 ガドルは、机を指で叩いた。


「破壊痕も、封印痕も、転移痕もだ」


     ◆


 沈黙。


 全員が、同じ名前を思い浮かべている。


     ◆


「……ジャンか」


 誰かが、そう呟いた。


     ◆


 ガドルは、深く息を吐いた。


「確証はない」


「だが、

 あの男が関わっている可能性は高い」


     ◆


「彼は、冒険者です」


 別の男が言う。


「管理対象ではありません」


     ◆


「そうだな」


 ガドルは、ゆっくりと首を振った。


「だが、

 冒険者の枠にも、収まらなくなっている」


     ◆


 誰も、反論できなかった。


     ◆


 一方その頃。


 ジャンは、ギルドの裏庭で剣を振っていた。


 型も、流派もない。


 ただ、体の感覚を確かめる動き。


     ◆


 地上では、相変わらず弱い。


 剣は重く、息は上がる。


 だが、違和感はない。


     ◆


「……慣れたな」


 ジャンは、剣を下ろした。


 かつては、地上に戻るたび、

 焦りと不安があった。


 今は、ない。


     ◆


 それが、問題だった。


     ◆


「ジャン」


 声をかけてきたのは、ポーリンだった。


 受付嬢としての柔らかい表情だが、

 今日は少し硬い。


     ◆


「ギルドマスターが、呼んでる」


     ◆


 会議室に入ると、

 視線が一斉に集まった。


     ◆


「座れ」


 ガドルが、短く言う。


     ◆


 ジャンは、従った。


     ◆


「旧ダンジョンの件だ」


 ガドルは、直球で切り出した。


「お前が、やったな」


     ◆


 否定は、しなかった。


「関わった」


     ◆


 ざわめき。


     ◆


「理由は?」


     ◆


「放置できなかった」


 それだけだ。


     ◆


 ガドルは、目を細めた。


「お前は、

 どこまで見えている?」


     ◆


「……境界の、歪み」


     ◆


 会議室が、凍りついた。


     ◆


「やはりか」


 ガドルは、椅子にもたれた。


「お前は、

 “管理側”の感覚を持っている」


     ◆


「管理者、ですか」


 ジャンは、静かに言った。


     ◆


「呼び名は、どうでもいい」


「問題は、

 それを一人で背負う気かどうかだ」


     ◆


 ジャンは、少し考えた。


「……選択肢は、ありますか」


     ◆


「ない」


 ガドルは、即答した。


「お前にしか、できない」


     ◆


 沈黙。


     ◆


「だが、覚えておけ」


 ガドルは、低く続けた。


「管理者は、

 称賛されない」


「失敗したときだけ、

 名前が出る」


     ◆


 ジャンは、頷いた。


「慣れてます」


     ◆


 その言葉に、

 ガドルは一瞬だけ、目を伏せた。


     ◆


 会議室を出ると、

 ポーリンが待っていた。


「……大変な役目ね」


     ◆


「そうでもない」


 ジャンは、空を見上げる。


「やることが、

 はっきりしただけだ」


     ◆


 夕暮れの街は、平和だった。


 誰も、知らない。


 その平和が、

 誰か一人の選択に支えられていることを。


     ◆


 ジャンは、歩き出す。


 冒険者でも、英雄でもない。


 ただ、境界を保つ者として。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る