第6話 選ばれなかった者たち


 その集会所は、冒険者ギルドの裏手にあった。


 公式ではない。

 だが、誰もが存在を知っている。


 戻れなかった者たちの、居場所だ。


     ◆


 ジャンは、扉の前で一度だけ足を止めた。


 中から、低い声が漏れてくる。


 笑い声ではない。

 愚痴でもない。


 諦めきれない者たちの、沈黙だ。


     ◆


 扉を開けると、数人の男と女が振り向いた。


 年齢は、まちまち。

 装備は、古い。


 全員に共通しているのは、

 深層に挑み、折れたという事実。


     ◆


「……あんたか」


 最初に声を出したのは、短髪の男だった。


 名前は、ロウグ。

 元・Cランク冒険者。


「地上で強くて、深層で化ける男」


 言葉には、棘がある。

 だが、敵意ではない。


     ◆


「来る場所、間違えてないか?」


 ジャンは、首を横に振った。


「話を聞きに来た」


     ◆


 沈黙。


 やがて、誰かが笑った。


「聞いてどうする?

 俺たちの失敗談か?」


     ◆


「違う」


 ジャンは、はっきりと言った。


「どうして、戻れなくなったのか」


     ◆


 空気が、重くなる。


 ロウグが、歯を食いしばった。


「……身体が、ついてこなかった」


 簡単な言葉。

 だが、全てだ。


     ◆


「深層に入った瞬間、

 息ができなくなった」


「力が、抜けた」


「頭が、回らなくなった」


 一人、また一人と、言葉が続く。


     ◆


「俺たちは、努力した」


 ロウグの声が、震える。


「装備も整えた。

 訓練もした。

 知識も詰め込んだ」


「それでも……駄目だった」


     ◆


 ジャンは、何も言わなかった。


 否定できない。


 彼らは、弱くなかった。


     ◆


「……あんたは、違ったんだろ」


 別の男が言う。


「潜るほど、楽になったんだろ?」


     ◆


「そうだ」


 ジャンは、嘘をつかなかった。


「だが、それは才能じゃない」


     ◆


 全員が、眉をひそめる。


     ◆


「俺のスキルは、体質改善だ」


 ジャンは、静かに続けた。


「深層の環境に、

 体を合わせているだけだ」


     ◆


「それを、才能って言うんだ」


 ロウグが吐き捨てる。


     ◆


 ジャンは、首を振った。


「違う」


「これは、選ばれた力じゃない」


     ◆


 そして、少しだけ間を置いた。


「……選ばれなかった力だ」


     ◆


 全員が、息を呑む。


     ◆


「このスキルは、

 地上では役に立たない」


「むしろ、弱くなる」


「評価されない。

 期待もされない」


     ◆


「俺は、

 最初から弾かれていた」


     ◆


 ロウグの表情が、変わる。


「……だから、潜ったのか」


     ◆


「そうだ」


「ここに居場所がなかったから」


     ◆


 沈黙が、流れる。


 それは、先ほどとは違う。


 少しだけ、温度のある沈黙だ。


     ◆


「……羨ましいな」


 誰かが、呟いた。


「居場所を、見つけられたのが」


     ◆


 ジャンは、首を横に振る。


「まだだ」


「俺の居場所は、

 ここじゃない」


     ◆


「境界の向こうだ」


     ◆


 ロウグが、苦く笑った。


「俺たちは、行けない」


     ◆


「だからこそ」


 ジャンは、真っ直ぐに言った。


「俺が行く」


     ◆


 それは、慰めではなかった。


 誓いでもない。


 役割の確認だ。


     ◆


 集会所を出たとき、夜風が冷たかった。


 ジャンは、胸の奥に、重さを感じていた。


 自分が立っている場所は、

 多くの犠牲の上にある。


     ◆


 選ばれなかった者たちがいたから、

 自分は、選ばれたように見える。


 だが、本当は違う。


     ◆


「……進むしかないな」


 呟きは、風に消えた。


 後戻りは、できない。


 境界の向こうで待つものが、

 何であれ。

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