第9話 依頼の価値


 冒険者ギルドの掲示板に、人だかりができていた。


 普段なら、誰も気に留めないような依頼だ。

 討伐でも、護衛でもない。


「……深層調査?」


 小声で誰かが読む。


 報酬額を見た瞬間、ざわめきが広がった。


「高すぎるだろ……」


「しかも、条件付きだ」


 条件欄には、短くこう書かれている。


――第八層以下に単独で到達可能な冒険者


     ◆


「お前向けだな」


 ガドルは、執務室で腕を組んでいた。


 ジャンは、依頼書を一読してから静かに戻す。


「調査依頼……魔素の流れと環境変化の記録」


「戦えとは書いてねぇ。生きて戻れとも、最低限だ」


 ガドルの声は、いつになく低い。


「上からだ。ギルド本部……いや、もっと上かもしれん」


「……俺を、使う気か」


「正確には、“借りる”だな」


     ◆


 ジャンは、しばらく黙っていた。


 この依頼は、危険だ。

 だが、いつもの討伐とは違う。


 成果は、金ではない。

 情報だ。


「報酬が高い理由は?」


「お前が戻れる確率が、一番高いからだ」


 ガドルは、はっきり言った。


「他のAランクでも、単独じゃ第八層は厳しい」


     ◆


「……俺は」


 ジャンは、言葉を選んだ。


「地上じゃ、役に立たない」


「知ってる」


「パーティも組めない」


「知ってる」


「それでも?」


「それでもだ」


 ガドルは、机に拳を置いた。


「深層に“行ける”ってだけで、価値がある」


     ◆


 ギルドを出ると、視線が集まった。


 噂は、もう回っている。


「あれが……」


「深層適応者」


 羨望も、警戒も、混ざった目。


 ジャンは、それを気にしなかった。


 慣れている。


     ◆


 準備は、最低限。


 軽装。

 水と記録用具。


 戦う気はない。

 生きて戻ることが、仕事だ。


     ◆


 第八層。


 熱が、迎え入れる。


 体はすぐに順応した。


「……やっぱり、ここは楽だ」


 深層に入ると、思考が冴える。


 周囲の魔素の流れが、視えるようだった。


 空気が、動いている。

 熱が、溜まっている場所がわかる。


「……魔素の偏り、か」


 ジャンは、地面に印を付けていく。


 戦闘は、最低限。


 避けられるものは避ける。


     ◆


 途中、強い魔物と遭遇した。


 討伐すれば、名声になる。

 だが――。


「……依頼は調査だ」


 ジャンは、静かに迂回した。


 判断は、迷いがない。


     ◆


 帰還。


 地上に出た瞬間、体は重くなる。


 だが、今回は違った。


 頭の中に、確かなものが残っている。


 自分が、何の役に立つのか。


     ◆


「報告は、これで全部か」


 ガドルは、資料に目を通している。


「ああ」


「……十分すぎる」


 ガドルは、深く息を吐いた。


「お前はな、ジャン」


 顔を上げる。


「戦力じゃねぇ。資源だ」


     ◆


 その言葉に、ジャンは驚かなかった。


 むしろ、納得した。


 地上では弱い。

 だが、深層では価値がある。


 それでいい。


     ◆


 ギルドを出ると、夜だった。


 星が、よく見える。


「……依頼の価値、か」


 呟きながら、歩き出す。


 強さではない。

 勝敗でもない。


 必要とされる場所で、生きる。


 ジャンは、深層に生きる冒険者として、

 また一つ、役割を得た。

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