第2話 パーティに向かない男


 ジャンが「Aランク」であることは、書類の上では疑いようがなかった。

 だが現場では、その称号がむしろ距離を生む。


「今回は短期の合同だ。問題ないだろう」


 そう言って声をかけてきたのは、Bランクの女剣士だった。

 肩までの赤毛を束ね、無駄のない装備をしている。


 彼女の提案で、即席の三人パーティが組まれた。


 もう一人は弓使いの男。

 二人とも、ジャンの噂は知っているらしい。


「深層で強いんだって?」


「はい。ただし……」


「地上では弱い、だろ」


 言葉は軽いが、目は真剣だった。


「確認だ。

 移動、索敵、撤退判断。

 どこまで任せられる?」


 ジャンは、正直に答えた。


「移動は、遅れます。

 索敵は補助程度。

 撤退判断は……皆さんに従います」


 一瞬の沈黙。


「戦闘は?」


「ダンジョン内であれば、問題ありません」


 女剣士は、小さく息を吐いた。


「……賭けだな」


     ◆


 浅層ダンジョン。

 魔素は薄く、空気は乾いている。


 ジャンの体は、重かった。


 歩幅を合わせようとするたびに、筋肉が軋む。

 息が乱れ、集中が切れそうになる。


「無理するな」


 弓使いが声をかけた。


「してません。これが……限界です」


 嘘ではなかった。


 戦闘に入ると、状況はさらに悪化した。


 魔物は弱い。

 だが、その「弱さ」に、ジャンの体が追いつかない。


 剣を振る速度が遅れる。

 回避が一拍遅れる。


「下がれ!」


 女剣士の声が飛ぶ。


 ジャンは従った。

 従うしかなかった。


     ◆


 討伐後、休憩。


 三人は岩に腰を下ろした。


「……正直に言う」


 女剣士が口を開く。


「君は、足を引っ張っていない。

 だが、戦力にもなっていない」


「はい」


「一緒に潜るなら、深層限定だ。

 それ以外では……」


「組まない方がいい」


 弓使いが、続きを口にした。


 言いにくそうだったが、目は逸らさなかった。


「俺たちは、仲間を守るために動く。

 だが君は、守られる側になる」


 ジャンは、うなずいた。


「それは、嫌です」


 その言葉は、思ったよりも強く出た。


 二人は、少し驚いた顔をした。


「僕は、役に立ちたい。

 ただ生き残るために、誰かの負担になるのは……違う」


 沈黙が落ちる。


「……潔いな」


 女剣士は、苦笑した。


     ◆


 帰還後、三人は自然と別れた。


 険悪ではない。

 むしろ、理解があった。


 だからこそ、余計に胸に残る。


 ギルドの掲示板前で、ジャンは立ち止まった。


 パーティ募集の紙。

 どれも、条件が細かい。


「地上移動可」

「継続行動可能」

「役割分担明確」


 自分は、どれにも当てはまらない。


     ◆


「……向いてないんだろうな」


 誰に聞かせるでもなく、呟く。


 そのとき、背後から低い声がした。


「気づくのが早いな」


 振り返ると、ガドルが立っていた。


「パーティ向きじゃない。

 だが、それは欠点じゃない」


「……慰めですか」


「事実だ」


 ガドルは、真っ直ぐに言う。


「役割が違うだけだ。

 全員が横並びで戦う必要はない」


 ジャンは、少し考えた。


「一人で潜る、という役割ですか」


「ああ」


 ガドルは、短くうなずく。


     ◆


 その夜、ジャンは装備を整えた。


 軽量化した鞄。

 最低限の回復薬。


 誰かと分け合う前提ではない。


「……一人でいい」


 強がりではない。

 納得だった。


 地上では弱い。

 パーティには向かない。


 だが、深層では違う。


 必要とされる場所で、必要な役割を果たす。

 それでいい。


 ジャンは、ダンジョンの闇を見つめた。


 孤独は、まだ怖い。

 だが、逃げる理由にはならなかった。


 彼は静かに、地下へと足を向ける。


 ――一人で潜る冒険者として。

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