地上最弱、深層最強②――孤独の深層適応者

塩塚 和人

第1話 Aランクの不都合な現実


 Aランク冒険者、ジャン。

 その称号は、街の中では思ったほど役に立たなかった。


 朝のボミタス冒険者ギルドは、いつもより騒がしい。

 掲示板の前には人だかりができ、酒場からは笑い声が漏れてくる。


 ジャンは、その端に立っていた。


「……あれが、例のAランクか?」


 ひそひそとした声が、耳に届く。

 悪意はない。だが、好奇の視線が突き刺さる。


 ジャンは背筋を伸ばし、何も聞こえなかったふりをした。


 実際のところ、彼は昨日も荷運びを断られている。

 理由は単純だった。


「途中で倒れられたら困るからな」


 そう言われた。


     ◆


「ジャンさん、おはようございます」


 受付カウンターの向こうで、ポーリンが微笑む。

 だが、その表情にはわずかな気遣いが滲んでいた。


「今日は高ランク合同の討伐依頼があります。

 一応……推薦は入っているんですが」


「一応、ですか」


「はい……地上移動が長くて」


 ジャンは、苦笑した。


 地上では弱い。

 その事実は、Aランクになっても変わらない。


 むしろ、期待値が上がった分、落差が大きい。


「参加します」


 ジャンは即答した。


 断れば、「やはり」と言われるだけだ。


     ◆


 集合場所は、街道の外れだった。


 集まったのは、BランクとAランク混成の五人。

 全員が装備も体格も揃っている。


 ジャンだけが、場違いに見えた。


「……本当に、あのジャンか?」


「深層帰りの、って噂の?」


 小声が交わされる。


 隊長格の男が前に出た。


「地上移動は十キロ。

 途中で休憩は取らん」


「問題ありません」


 ジャンは答えた。

 問題があると知っていても。


 出発から一時間。

 足が、重くなる。


 二時間。

 呼吸が浅くなった。


 三時間目で、限界が来た。


「……すみません」


 膝をついた瞬間、空気が凍る。


「やっぱり、か」


 誰かが、ため息をついた。


 誰も責めてはいない。

 だが、その沈黙が何より痛かった。


     ◆


 討伐自体は成功した。

 魔物も、想定内だった。


 ジャンは、戦闘中も役に立てなかった。

 地上では、体がついてこない。


 帰路、誰も彼に声をかけなかった。


     ◆


 ギルドに戻ったジャンは、静かに報告を終えた。


「……以上です」


 ガドルは、黙って書類に目を通す。


「結果は問題ない。

 だが、評判は落ちた」


「承知しています」


「それでも、潜るか?」


 顔を上げたガドルの視線は、真剣だった。


 ジャンは、少しだけ考えた。


「はい」


 答えは、最初から決まっている。


「地上で役に立たないなら、

 深層で役に立てばいい」


 ガドルは、短く笑った。


「……それができるのは、お前だけだ」


     ◆


 その夜。

 ジャンは、一人でダンジョンの入口に立った。


 地上では、弱い。

 誰かと組めば、足を引っ張る。


 だが、ここなら違う。


 深く、暗く、魔素に満ちた場所。

 ここでは、自分は強い。


「……選ぶしかないな」


 仲間か、深層か。


 ジャンは、迷わず一歩を踏み出した。


 Aランク冒険者としての現実は、

 ここから、より厳しく、そして孤独になっていく。

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