第6話 世界の終わり
第一章
ファスナーの違和感
御世話様です。
いつからそこに居たの?
もうじき世界は、
終わるというのに。
背中についたファスナーの違和感に、
とりあえずは気が付かない。
いや、
背中だったか、
お腹だったか。
外は静かで、
いつもと変わらない。
人々は歩き、
車は通り、
風は微かに揺れる。
でも、
心のどこかで、
時計の針は止まったままだ。
小さな音が、
耳の奥で響く。
それは、
世界が終わる音かもしれない。
けれど、
何をどうしたら
止められるのか、
誰も知らない。
ファスナーを引き上げる手も、
引き下げる手も、
ないままに。
今日もまた、
同じ時間が繰り返される。
違和感だけが、
少しずつ
大きくなっていく。
第二章
時計の針が止まる街
街はいつも通りだった。
子どもたちは通学路を歩き、車は信号に従って曲がる。
カフェの扉は開き、扇風機が静かに回る。
風鈴は鳴り、犬が吠える。
それでも、心のどこかで時間は止まっていた。
指先の感覚も、言葉の響きも、すべてが少し遅れて届く。
誰も気づかない変化が、街の隅々に染み込んでいた。
私は立ち止まり、歩道の隅で息を整える。
時計を見る。針は動いているはずなのに、見えない振動が胸に残る。
通り過ぎる人の顔は知っているもののようで、知らない顔でもある。
「何も変わっていない」と思うたび、違和感が膨らむ。
ファスナーの違和感はまだ背中にある。
微かに触れた感覚が、今日も忘れないように思い出させる。
見えない違和感は、世界が終わることの予兆だったのかもしれない。
子どもたちが駆け抜ける。
私も動く。
でも、足取りが少し重い。
世界が終わるとしても、日常は続く。
その矛盾を抱えながら、私は歩くしかなかった。
第三章
音のない終わり
朝の光は、昨日と同じ色をしていた。
それでも、空気は少し重く、沈んでいるように感じた。
鳥の鳴き声は途切れ途切れで、風はどこか遠くからしか届かない。
いつも聞こえていたはずの街の音が、何かに吸い込まれるように消えていった。
私は歩く。
歩きながら、目の前の景色を確かめる。
見慣れた看板、曲がり角、郵便受け。
すべてがそこにあるのに、心が追いつかない。
世界は動いている。
でも、私の感覚は置き去りにされたままだ。
足元の石がぶつかる音、風に揺れる木の葉の擦れる音、遠くで笑う声。
聞こえるはずなのに、耳は拾えない。
空気の振動だけが、静かに胸に届く。
それは確かに音なのに、音ではない。
手を伸ばすと、物は掴める。
でも、それが現実なのか夢なのかはわからない。
誰かと話しても、言葉がすり抜けていくようで、理解する前に消える。
笑顔も泣き顔も、私の中に残らない。
ただ、動く人の影だけが、少しだけ焦点に引っかかる。
街角のカフェ。
開いたドア。
椅子に座る人。
見えるのに、届かない。
触れられない。
この世界は終わるとしても、日常は平然としている。
私は立ち止まる。
深呼吸をする。
胸の奥の違和感が、少しずつ波打つ。
時計の針が止まった街。
音のない終わり。
それでも、日常は続く。
微かな振動に、私は目を閉じる。
それは終わりを知らせる鼓動なのか。
それとも、ただ私の想像にすぎないのか。
どちらでもいい。
どちらも、同じくらい確かに存在する。
音のない終わりは、確かにここにあった。
第四章
誰も知らない明日
街は動いている。
人々はそれぞれの用事で歩き、車は交差点を曲がる。
信号はいつも通り赤と青を繰り返す。
でも、私は知っている。
この世界の時間は、すでに歪んでいる。
誰も気づかないだけだ。
パン屋の窓から漂う香り。
公園のベンチで眠る老犬の寝息。
遠くの電線に止まるカラスの羽音。
すべてが同じ場所にあるのに、世界の中心から少しずれている。
子どもたちの笑い声も、楽しそうに聞こえるけれど、どこか届かない。
行き交う人々は、昨日と同じ笑顔をして、明日も同じ顔をするだろう。
私はその輪に入れない。
輪の中にあっても、違和感は消えない。
時折、空がひそかに震える。
風が、街の端から静かに入り込む。
その振動は、何かが変わることを告げているのに、誰も知らない。
そして明日も、誰も知らない。
私は歩く。
道の先にあるはずの明日を、まだ確かめることはできない。
でも、歩くしかない。
止まれば、世界の終わりが、すぐに押し寄せてくる気がするから。
目に映るすべては、日常そのもの。
でもその背後に、音のない終わりが広がっている。
今日も、変わらない景色の中で、世界は静かに揺れている。
第五章
微かな震え
夜は、静かに降りてきた。
街の明かりはいつも通り点き、消える。
歩道を行き交う人々は、眠そうな顔で帰路についている。
それでも、空気は少しだけ震えていた。
小さな違和感が、肌に、胸に、耳の奥に、残る。
私は立ち止まる。
街のざわめきの中で、確かに感じる。
世界が終わるとき、きっと音はない。
誰にも分からず、ただ静かに、変わる。
時計は進み、信号は赤と青を繰り返す。
パン屋の窓からは香りが漂い、犬は寝息を立てる。
変わったのは、ほんの少しだけの感覚。
でも、その差は確実だ。
誰も知らない明日。
誰も止められない今。
世界は、少しずつ揺れている。
微かな震えを感じながら、私は歩く。
振り返ることも、叫ぶことも、望まない。
ただ、足を前に出す。
世界は終わるかもしれない。
でも、今日も、明日も、
何も変わらずに進むだろう。
その微かな震えだけが、
残る。
確かに、ここに。
世界の端っこ 縷々 @_ru_ru_
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