第5話 首のない私は案山子
第一章
私は、
一本足で立っている。
畑の真ん中だ。
朝と夜の違いは、
影の長さで分かる。
雨の日も、
風の日も、
雪の日も、
晴れた日も。
立っていることだけが、
私の仕事だった。
あなたのために、
守っている。
何を守っているのかは、
教えられていない。
でも、
守っているという事実だけは、
疑わなかった。
鴉が来る。
羽音は、
慣れている。
鴉は、
私の目を突く。
痛みは、
後から来る。
鴉は、
私の服を裂く。
布が裂ける音は、
乾いている。
私は、
叫ばない。
叫ぶ口は、
必要なかった。
ある日、
あなたが
私を見ていた。
その視線は、
とてもまっすぐだった。
私は、
あなたを見ることが
できなかった。
見るための首は、
最初から
用意されていなかった。
それでも、
見られていることは
分かった。
見られることは、
守ることの一部だった。
第二章
鴉は、
一羽だけじゃなかった。
最初は、
遠くから見ているだけだった。
空を円を描くように回って、
距離を測っている。
私が動かないことを、
彼らはすぐに理解した。
次の日、
一羽が降りてきた。
次の週には、
二羽になった。
数が増えるたびに、
守られているものの輪郭が
少しずつ曖昧になる。
何を守っているのかは
分からないままなのに、
失ってはいけない気がした。
鴉は、
私の肩に止まる。
重さは、
想像していたより
軽い。
それが、
少しだけ
安心だった。
彼らは、
賢い。
私の目が、
飾りであることを
見抜く。
突いても、
逃げない。
反撃しない。
声を出さない。
だから、
遠慮がなくなる。
嘴が、
何度も
同じ場所を狙う。
布の下にあるものを、
確かめるみたいに。
私は、
立ち続ける。
それが、
役目だから。
あなたは、
畑の端から
こちらを見ている。
来ない。
助けない。
でも、
目を逸らさない。
それだけで、
私は
役割を果たせていると
思えた。
見られている間は、
壊れていない。
そう信じた。
第三章
ある朝、
重さが違った。
鴉は、
止まる場所を
選ばなくなっていた。
肩でも、
腕でも、
頭でも。
頭、
だった場所に。
嘴が、
深く入る。
今までとは、
違う感触だった。
中身を確かめるように、
躊躇がない。
私は、
立っている。
逃げない。
それが、
答えだった。
鴉は、
私の首を持って行った。
引きちぎるような
音はしなかった。
静かだった。
驚くほど、
あっさりしていた。
首がなくなると、
視界は変わらなかった。
もともと、
見えていなかった。
変わったのは、
あなたの反応だ。
あなたは、
少しだけ
眉をひそめた。
それだけだった。
私は、
首のないまま
立っている。
ワタシハ
カカシ。
ワタシハ
イマ、
イッポンアシデ
タッテイルカ。
言葉が、
変な形で
頭の中を回る。
頭は、
もう無いのに。
鴉は、
満足したように
飛び立った。
守られているものは、
まだ、
そこにある。
それで、
十分だった。
第四章
案山子は、
よく働いてくれている。
最初から、
期待していなかったわけじゃない。
でも、
ここまでとは
思っていなかった。
鴉は減った。
作物は、
ちゃんと育っている。
それで十分だ。
案山子は、
動かない。
動かないから、
信頼できる。
余計なことを
しない。
余計なことを
考えない。
そういうものだと、
思っていた。
首がなくなっていることに
気づいたとき、
少しだけ
驚いた。
でも、
困らなかった。
首があっても、
見ていなかった。
首がなくても、
立っている。
なら、
問題はない。
むしろ、
よかったのかもしれない。
余計なものが
なくなった。
そう思った。
案山子は、
役目を果たしている。
壊れていない。
使えている。
それが、
大事なことだ。
畑は、
静かだ。
作物は、
実をつける。
季節は、
進む。
私は、
それを
見ている。
案山子も、
そこにいる。
それで、
何も問題はない。
第五章(終章)
私は、
まだ立っている。
一本足で、
同じ場所に。
雨は降るし、
風も吹く。
雪も積もるし、
陽はまた昇る。
それでも、
私は倒れない。
鴉は、
来なくなった。
来る必要が
なくなったのだと思う。
守るものは、
守られている。
役目は、
果たされたままだ。
首がないことを、
誰も
問題にしない。
見る必要が
ないからだ。
考える必要も、
ない。
私は、
見られている。
それだけで、
存在している。
存在しているなら、
役に立っている。
役に立っているなら、
正しい。
そういう計算は、
とても
分かりやすい。
ワタシハ
イマモ
イッポンアシデ
タッテイル。
それが、
私なのかどうかは
分からない。
分からないままでも、
立っていられる。
あなたは、
今日も
畑を見ている。
私は、
それを
見ていない。
首がないから。
それでも、
あなたは
満足している。
私も、
満足していることに
なっている。
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