白銀が護りし緋の神子

おやま みかげ

彩られし再会

 時は大正。

 ガス灯が辺りを淡く照らす頃、

 一際目を引く煉瓦レンガ造りの3階建ての屋敷の窓から、1人の少女が外を眺めていた。

「……今なら行けそうかなぁ」

 独り言をこぼしながら窓を開けると、慣れた手つきで壁伝いに下へと降りていく。

 見つかる前に、という焦りが足元を狂わせた。

 ドサッと、柔らかい土の上へと尻餅をつく。

 上等な着物が土で汚れたが、そんなものは構わない。

「……いったぁ」

 と、少女は腰をさすりながらつぶやく。

 物音に気づいた使用人たちが、わらわらと動き始めたことに少女は気づいた。

「まずい!! 早く逃げないと!!」

 少女は大きな門戸を潜り外へと駆け出す。

 そんな少女の背を見つけ、

いこい様!! お待ちくださいませ!!」

 と、使用人の声が響く。

「待てと言われて待つわけないでしょう?」

 憩と呼ばれた少女は闇に溶け込んでいった。

 

 このおてんば娘の名は相楽さがら いこい、16歳。

 相楽、と言えば知らぬ人などいない名門中の名門。

 大日本帝国を支える五神族ごしんぞくの中でも中央、黄麟おうりんまつる一族だ。

 長年に渡り吉原の不浄を祓い続けてきた功績により、相楽家は侯爵の地位にあり、

 その本邸は帝国陸軍ていこくりくぐん特務部隊とくむぶたいの総司令本部を兼ねていた。

 憩は、相楽家当主にして帝国陸軍特務部隊・総司令官である、黄山おうざんの孫娘だ。

「外に出るのを許可してくれないお祖父様が悪いのよ」

 憩はつぶやくとさらに駆ける。

 今日は年に1度、大きな花火が上がる日。

 憩は毎年、この花火をどうしても間近で見たかった。

朔夜さくや……)

 憩は1番会いたい人を思い出していた。


 ――6年前――

「憩、今日から一緒に生活するそま 朔夜さくやじゃ」

 と、黄山は今にも消えてしまいそうな顔をしている少年を憩に紹介した。

 憩は丁寧に膝を折ると

「初めまして、相楽憩と申します。相楽家の次女です。以後お見知りおきください」

 と頭を下げた。

「うむ。所作が綺麗になってきたな。引き続き励むように」

 と黄山は言い残すと、朔夜を連れ広間を出ていく。

 憩はそんな朔夜の背を眺めていた。


 翌日から朔夜は黄山に稽古をつけられていた。

 そこには昨日の消えそうだった少年の姿はなく、ひたすらがむしゃらに黄山に向かっていく少年がいた。

「どうぞ、お使いください」

 汗を大量にかいていた朔夜に、憩は手拭いを差し出す。

「……ありがとうございます」

「……………」

「……あの、何か?」

 手拭いを受け取っても立ち去らない憩に、朔夜は問いかけた。

「朔夜はどうして家に来たの!?」

 憩はニコニコと前のめりになって問いかける。

「……爺さんに連れられて」

「お祖父様が!? そっかぁ、じゃあ朔夜はきっと強いんだね!!」

「こらぁ!! 憩!! 年上の殿方に向かって失礼じゃろが!!」

 と、黄山の怒号が飛んだかと思うと

 ゴンッ!! と憩の頭にゲンコツが落ちた。

「……痛い!!」

 憩は泣くのを我慢しながら頭をさする。

「……全く。失礼があり申し訳ない朔夜。

 殿方には、失礼のないように話せと何度も何度も教えていて、

 最近やっと、少しはマシになってきておったところじゃったんだが……」

 黄山は申し訳なさそうに朔夜に伝えた。

「いえ。別に俺は、そんな風に扱われるべき人間ではないので」

「いや、そんなことはない。

 それに憩には作法を身につけてもらわねば困るのじゃ……」

 と黄山はため息まじりにつぶやいた。


 その翌日も憩は朔夜の稽古を見ていた。

 そして、同じように朔夜に手拭いを渡した。

「……ありがとうございます」

「……昨日は申し訳ございませんでした。

 今後はきちんと、朔夜様とお呼びいたします」

「……良いです、俺にそんな様なんて。

 今後もどうぞ、朔夜と呼んでください」

「いいの?いいの!?」

 と、憩は嬉しさのあまりクルクル回ると、

「じゃあ朔夜も、私に敬語使わないで。約束!」

 と笑顔で伝えた。

 朔夜は少し困ったような顔をしたが

「あぁ、わかったよ」

 と返事をした。

 そんな2人のやり取りを黄山は見ていたが、止めることはなかった。


 ヒューー……ドン!!


 音が響き渡り憩は空を見上げる。

 夜空に咲く美しい花火とは裏腹に、憩の心は曇っていた。

 また今年の花火も1人で見ることになってしまったからだ。

 ふぅ、と思わずため息がこぼれる。

「……帰ろう、あんまり遅いと窓にかんぬきを掛けられるし」

 重い足取りで屋敷への道を歩く。

 まだ花火は終わっていないため、暗い夜道が彩りに照らされる。

 仲睦まじく寄り添う男女の姿を見るたびに、憩は胸が締め付けられた。


 人通りの少ない道を歩いていると

「こんばんは。かわいいお嬢さん」

 と、身なりの整った男に声をかけられた。

「こんばんは。夜空に綺麗な花が咲いていますね」

 憩は足を止めると、花火を見上げながら返事をした。

「そうですね。でも私の目はあなたに奪われてしまったようだ」

 男は憩と距離を縮めると、屈んで目線を合わせる。

「……これは珍しい。金色の瞳か」

「あの、私、急いでおりますので失礼します」

 男性から違和感を感じた憩は立ち去ろうとしたが、グッと腕を引っ張られる。

「どうして逃げるの? 怖くなっちゃった?」

 先程までのていねいな口調ではなく、獲物を手に入れたかのような態度へと変わっていた。

「あの、離してください!!」

「いやだ、って答えたらどうするの?」

「大声を出します!!」

「あはは、こんな人通りのないところで? 誰も助けになんて来ないよ」

 男は勝ち誇ったように笑う。

「いいからちょっと付き合ってよ。

 こんなところを1人で歩いてるなんて、キミも同じ理由なんだろう?」

「私は花火を見に行っていただけです!!」

「そういうのいいからさ、さっさと楽しもうよ」

 男は憩の腕を引くと、どんどん人気のない方へ進んでいく。

「離してください!!」

 憩が抵抗しても男は全く聞く耳を持たない。

 それどころか楽しんでいるようにも感じた。

「やめてって言ってるでしょ!!」

 憩は大きな声で男を拒否すると、掴まれている腕を振り払った。

「……痛い目に合わせないと分からないのかなぁ」

 男は振り返ると、握り締めた拳を憩へと振り下ろす。

 とっさに両腕で顔を庇った。


「……痛えな!! 何すんだよ!!」

 と、先程まで話していた男の声が聞こえた。

 憩が腕を下ろすと、目の前に黒地の隊服を着た青年が立っており、男の腕を掴んでいた。

 青年が着る隊服の袖口には、銀のカフスボタンが留められており、銀糸の刺繍が入っている。

(このボタン、特務部隊の隊服だけど、知っている方かしら……)

 憩は青年の顔を見ようとしたが、隊帽に隠れてしまっていて見えない。

「暴力を振おうとしているのが目に入ってな」

 青年は低く、そしてとても冷たい声で男に告げる。

「はぁ!? てめぇに関係ねぇだろ、うせろ!!」

 男が殴りかかろうとした時、青年が掴んでいた腕を強く握った。

「ぐぅっ!! くそ!! 離せよ!!」

「同じことをしていたくせによく吠える」

 と青年は言うと手を離す。

「次、同じことしたら殺す、覚えとけ」

「……くそぉぉぉぉ!!」

 男は腕を押さえながら何処かに走って行った。

「あの……ありがとうございました」

 憩は青年に頭を下げる。

「いえ、何事もなかったようで」

 と青年がぶっきらぼうに、でも優しく答える。

「あの、お名前をお伺いしても?」

「……名乗るようなものではありません」

「でも、助けていただいたお礼がしたいのです」

 暗くて顔がよく見えず、憩は1歩青年に近づく。


 その瞬間、憩の後ろで1番大きな花火が打ち上がった。

 辺りは美しく彩られ、青年の顔がはっきりと見える。


「……朔夜?」


 憩がその名を呼ぶと、朔夜は隊帽を親指で押し上げる。

 2人の再会を祝福するかのように最後の花火が打ち上がった。

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