第8話 竹とんぼの記憶



薄闇が残る明け方、ぼくは重い瞼を持ち上げた。


 馬車で2時間の所だ。だが、徒歩であれば丸一日かかるかもしれない。


 前日に宿屋の女将にその旨を伝えておいたら、食事をお弁当にしてくれた。


 部屋の前には風呂敷にお弁当と水の入った竹筒を用意してくれていた。


 まだ誰もいない薄暗い帳場に向かって小さく頭を下げ、早々に出発することにした。


―――――――。

 

ある程度は仕事を請け負った男から道順を聞いていたが……遠い。


 舗装されていない道は、一歩進むたびに土埃が舞い、慣れない革靴を通して地面の凹凸が足裏を痛めつける。


 でも、やらなきゃ死ぬだけだ。


 しかし、竹とんぼかぁ…こっちの世界にもあるんだな…………。


 そんな事を思いながらゆっくりとゆっくりと歩を進める


 はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……。


 運動不足を痛感する……。


 でも、やらなきゃ誰も助けてなどくれない。そういう環境がぼくの背中を押してくれた。


 出発から五時間。小川のせせらぎを越え、険しい山道を二つ踏破した時、ぼくの膝はついに笑い、限界を迎えて地面にへたり込んだ。


 木陰に座り、震える手で女将の弁当を広げる。


一口、握り飯を頬張る。その瞬間、身体の芯から温かなエネルギーが波紋のように広がっていく感覚があった。


隠し味に回復ポーションでも混ぜてくれたのだろうか。


重鉛のようだった足取りが嘘のように軽くなり、乾いた喉に流し込む水が、これ以上ない美酒のように感じられた。


「や、やった! これで何とか到着できそうだ……」


 勇気をもらった、ぼくは力強く歩を進める。一歩一歩また一歩………………。


 それからさらに三時間。黄金色に染まり始めた夕刻の光の中に、ようやく目的の場所が姿を現した。


「……あそこか」


 そこは祠というよりも、巨大な岩が幾重にも重なり合った天然の要塞だった。


切り立った岩壁の間に、ひっそりと、しかし厳かに佇む石造りの館。周囲には、静寂を切り裂くような冷ややかな魔力が漂っている。


 ぼくが門の前に立ち、意を決してノックをしようとした瞬間。


「ギィィ……」と、重厚な石の門が、まるで見えない住人に招かれるように音もなく左右に開いた。


 そして館の扉の前に来ると声がした。


「入れ!」


 館の中に入ると、山のように積まれた本の山の上に、あのとき出会った少女が腰掛けていた。


 美しく長い銀髪は神秘さを強調した


「ほう……ワシに畏怖しないのかえ?」


彼女の金色の瞳が、夕闇の中で宝石のように妖しく輝く。


「はい。なぜか初対面から恐怖は感じないんだ。なんだろう? むしろ温もりを感じるんです」


「街の皆さんはあんなに怖がってますけど。あははwww」


「……で、何の用じゃ?」


「あ! そうだ……」


 ぼくは古びた竹とんぼを差し出した……。


 フレイの瞳が、わずかに揺れた。傲慢だった表情が、一瞬だけ年相応の、いや、それ以上に深い哀愁を帯びた少女のものに変わる。


彼女は本を飛び降りると、音もなくぼくの前に着地し、宝物でも扱うかのように、そっと竹とんぼを受け取った。


「そうか………………………」


 竹とんぼを見つめながら一頻り何かに思いを巡らせた後、フレイは言った。


「ご苦労じゃったな。気をつけて帰りゃれ」


 ぼくは疑問だった……どうして街を守るために結界まで張ってくれているフレイを、街の皆さんは畏怖するのか。


 そこで聞いてみることにした。


「あの……少し質問してもいいですか?」


 すると何も言うなとばかりに手のひらを向けたと思うと、フレイは語った。


「人というものは大きすぎる力には恐怖するものじゃ」


「ワシは生まれたときからずっと一人だった。両親もワシが産まれながらにしての凄まじい魔力に恐怖してな……」


「直ぐに山に捨てたらしい。そしてワシはこの山の主の神狼に拾われ育てられたのじゃ」


「そして歳が10にもなったころ異変がおきだした。大魔王の封印が弱まり復活したのじゃ」


「うん。フレイさまが封印したんだよね?」


「街の連中は手練れの冒険者を何十人も送りつけた。だが敵わなかった」


 フレイは淡々と続けた。


「ワシは助けてやる義理も情も持ってなかったが、絶望に打ちひしがれる人たちを見てるとな……」


「気がつくと大魔王の下に行っていた」


「その時ちょうど最後の冒険者パーティとでも言ったらええんかの? それが倒される寸前じゃった」


「ワシは得意の時間魔法の中ででも究極魔法である時間停止の魔法を大魔王の近くで放った」


「その時から大魔王は時間が止まったまま。ワシもな」


「え? じゃあフレイさまは?」


「この姿はワシが魔力で作った仮の姿。ここにおるわけではない」


 ぼくは話を聞いて涙が溢れてきた……。


「そ、そんな………………」


「おや? ワシのために泣いてくれるのか……ありがとうな」


「だって…こんなにも、みんなのためにしてくれてるフレイさまに感謝どころか、街の人達は恐怖して……」


「ふむ……心優しきお前に小恥かしい話をしてやろう」


 そう言うとフレイは古びた竹とんぼを見ながら話し始めた。


 

「あれは50年ほど前じゃった。ワシは気まぐれにイナンナの街の中心でお前にしたように時間逆行を使って遊んでおった」


「その時にお前と同じように異世界から来た若者がいてな。その者にもイタズラをしたのじゃ」


「すると若者は怒るどころかワシを見て全てを悟っているがごとく笑いかけてきた」


「そしてワシにこの竹とんぼを作ってくれたのじゃ」


「孤独だったワシに出来た数少ない友じゃった。そして初めての恋じゃった…」


 フレイの声が少し震えた。


「ワシは連日若者のもとに行き遊んだ……じゃがこの姿は思っているよりも魔力を使うでな……」


「最低でも魔法結界の分の魔力は残しておかねばならん」


「やがて姿を維持できなくなってしまう前に全てを伝えた。すると若者はいつまでも待ってるとワシに約束してくれたのじゃ」


「そして……ワシは若者の前で消えた。魔力が回復してこの姿に戻れるようになったのはつい最近のことじゃ」


 時間を操る大魔法使いが、たった一つの竹とんぼに縋(すが)って五十年。その孤独の深さに、胸が締め付けられた。


「フレイさま。ぼく、その人を探してみる」


「いや………そうか…では頼むとするかの」


フレイは満足そうに微笑んだ


「では宿屋までテレポートさせてやろう」


「いいよ。魔力使うんでしょ? 自分で歩いて帰るよ」


「そうか……気をつけるんじゃぞ」


 帰路、ぼくの足取りは軽かった。


 1000ファナンの報酬以上に、ぼくの心には「誰かの役に立ちたい」という、ニート時代には決して持ち得なかった熱が灯っていた。


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