第6話 安らぎ
朝日がボロ屋の隙間から差し込み、埃を白く照らしていた。
死体を運び終えたぼくを待っていたのは、ロジャーが差し出したいつも通りの不味いメシだった。
「おい。こっち来い、人形」
ぼくは無意識に距離を置く。ロジャーはそれを見て、ガハハと喉を鳴らして笑った。
「だから、今は何もしねえって。仕事明けだ、メシ食うぞ。お前も腹が減っただろ?」
差し出されたのは、昨日と同じ石のように固い黒パンと、血の匂いを消すためのような強い酒(エール)。
「これ……しかないの?」
「贅沢言うんじゃねえ。嫌なら食うな。……タダ飯食わせてもらっておいて不満を抜かすなら、ぶっ飛ばすぞ」
ぼくは大人しく腰を下ろし、黒パンに噛みついた。
酸っぱくてボソボソする。けれど、あれだけの惨状を見た後でも、腹は減るのだ。ぼくの胃袋は、生き延びるためにこの不味いパンを必死に求めていた。
「――どうだった。初めての仕事は」
「……どうって。最悪だよ。今も、手が震えてる」
「ふん、ならいい。一つだけ忠告だ。……口を滑らせるな。他人に喋れば、お前の命はないと思え」
ロジャーの目が、ふっと真剣な光を帯びる。
「依頼主の部下が、どこで盗聴魔法をかけてるかわかったもんじゃねえ。……喋れば、お前もあの男女と同じ運命を辿る。それが『秘密の共有』ってやつだ」
「あの二人と同じ……」
「そうだ。金持ちの抗争、殺し、不始末。表に出せねえ汚れを片付けるのがオレたちの役目だ。だが、いい依頼主ばかりじゃねえ。仕事が終われば証拠隠滅のために始末されることもある。……昨日の仕事で生き残れたのは、運が良かったんだ。それを噛み締めろ」
ロジャーはエールを飲み干すと、そのまま泥のように眠りに落ちた。
ぼくは一人、懐にある二千ファナンの重みを確認し、中心街へと向かった。
中心街は、朝から活気に溢れていた。
魔法の灯火に代わり、本物の太陽が街を照らしている。
歩いていると、昨日、門前払いを喰らったあの宿屋の前に辿り着いた。
「いらっしゃ……。あれ、あんたは」
女将が驚いたようにぼくを凝視した。
「……宿屋に泊まるには、いくら必要ですか?」
「一日二食付きで八十ファナンだよ。……泊まるのかい?」
「追い出さないんですか?」
ぼくが自虐的に笑うと、女将はぼくの顔をじっと見つめ、穏やかに首を振った。
「……一昨日のあんたとは、目つきが違うさね。一昨日までは、生まれて間もない赤ん坊のようだった……今は、覚悟が決まった『男』の顔をしてる」
その言葉に、胸が熱くなった。
ぼくは震える手で、ポケットから報酬の硬貨袋を取り出した。
昨日、仕事を引き受けた時には感じられなかった**『ずっしりとした重み』**が、今はまるで、あの二人の命の対価であるかのように手に響いた」
「……十日間、お願いします」
「はいよ。八百ファナン、先払いで頼むよ。これが部屋の鍵だ。二階の二〇一号室を使いな」
案内された部屋に入り、扉を閉める。
ふかふかのベッド。清潔なシーツの匂い。
それだけで、ぼくは泣きそうになった。
(一日八十ファナン。……ってことは、一ファナン百円だとして、一泊八千円くらいか)
頭の中で計算が走る。
(じゃあ、昨日のあの仕事の報酬は……二千ファナン。……二十万円!?)
たった数時間、死体を運んだだけで二十万。
それは、マリオという「使い捨ての人形」に支払われた、あまりに高額で、あまりに不吉な危険手当だった。
ぼくは汚れた服のまま、ベッドに沈み込んだ。
ロジャーの言った「運が良かった」という言葉が、呪いのように耳に残る。
次に目を覚ました時、自分はまだ「人間」でいられるだろうか。
そんな不安を抱えたまま、ぼくは泥のような眠りに吸い込まれていった。
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