第5話 生きるための仕事


 

イリスに付かず離れず……絶妙な距離感を保つのは、意外と神経を使う作業だった。


 そう思いながら十分ほど歩いた先に、一際活気……というより、異様な熱気を孕んだ建物が見えてきた。


「あそこの薄いブルーの大きな建物が『冒険者ギルド』よ。ありとあらゆる依頼や仕事が集まる、この街の心臓部ね」


 イリスが指差す。その建物の色は、空を切り取ったような鮮やかな青だった。


「ブルーはこの国では『勇気のしるし』。国の礎を築いた四英雄の一人、英雄ファナンが身に纏っていた鎧の色だと言われているわ。


……このギルドを創設したのもファナンだし、私たちの通貨の名前も彼から取られたものよ」


「英雄、ファナン……」


 その名を聞いた瞬間、自分とは無縁の輝かしい物語を想像して溜息が出た。


「それから、ギルドに登録するには相応のお金が必要よ」


「えっ、そうなの? 持ってないよ……。ねえ、イリス、貸して……」


「絶対に無理」


 イリスは、ぼくの淡い期待を微塵も残さず断ち切った。


「貸すわけないじゃない。……アンタ、私が今日出会ったとき、まだ生きていたことに驚いた意味がわかる?」


「……ううん。わかんない」


「アンタたちの世界から来た人は、ほとんどが数日のうちに街から出ていく。そして……死ぬのよ」


 イリスの冷徹な言葉が続く。


街には強力な結界が張られモンスターは近づけないが、一歩外へ出ればそこは修羅の国。


戦闘力も体力もない転生者は、単純な力仕事すらこなせず、野垂れ死ぬか、あるいは……。


「……最悪なのは、体の中に幼虫を産み付けられて、生きたまま肉を喰らわれるようなモンスターに捕まること。死ぬよりも辛い生き地獄ね」


「ひ、えぇ……」


「どのみち、登録したところでアンタを仲間にする物好きなんていないわ。……じゃあね。これ以上付きまとわないで」


 彼女はそそくさとギルドの中へ消えていった。


 門の前で右往左往していたぼくの背後に、聞き覚えのある「あの声」が響いた。


「よう。……どうした、人形?」


 振り返った瞬間、ぼくの全身は石のように硬直した。


昨夜、ぼくの「初めて」を暴力的に奪った男――ロジャーだ。


「ふふw そう身構えるなって。今は何もしねえよ」


「……昨日、ぼくに無理やりあんなことしたくせに。身構えないわけがないだろ……」


 ぼくの弱々しい抗議に、ロジャーの顔つきが豹変した。


「――ふざけんじゃねえ!!」


 低く、地を這うような迫力に、ぼくの心臓は止まりそうになった。


「お前はカネを持ってなかった。代償はカラダしかねえだろうが! この国じゃ、それが『当たり前』なんだよ」


 ロジャーは獲物を射抜くような目でぼくを睨みつける。


「嫌なら出ていけ。だが外に出た瞬間、お前はモンスターの餌だ。……死にたくないなら付いてこい。仕事(メシの種)を回してやる」」


「い、いえ……」


「いいか。信用もカネもないお前のような『人形』は、カラダを売ってでもカネを稼ぎ、少しずつ『信用』を積み上げるしかねえんだ。王様だって、どこの馬の骨かわからん奴を衛兵には雇わねえだろ? 『寝首をかかない』という信用があるから、仕事がもらえるんだ」


 ロジャーの言葉は、残酷なまでに真実を突いていた。


「体を売るってのは、最悪の選択肢じゃねえ。素っ裸になるってことは『武器を持ってない、危害を加えない』という証明でもあるんだ。……感謝しな。お前に生き方を教えてやってるんだからよ」


「な、なんでだよ……!」


「いいから付いてこい。今日は、お前に初めての仕事をやらせてやる」


 ロジャーのボロ屋で、ぼくは黒パンと干し肉、そしてエールを胃に流し込んだ。


味は塩味のみ――。でも空腹だったせいか意外と美味しかった


「深夜からの仕事だ。寝ておけ」


 そう言われ、エールの酔いも手伝って、ぼくは恐怖を忘れるように深い眠りに落ちた。


 ……そして、真夜中。


 叩き起こされたぼくの手に、ロジャーは 20枚ほどの紙幣を握らせる―――


「二千ファナンだ。今回は特別に先払いにしてやる。お前の、初めての報酬だ……なくすなよ」


 ぼくは驚愕しながら、その二千ファナンをポケットにねじ込んだ。


 向かった先は、街の高台にある白亜の豪邸。この国の権力者の住まいに違いない場所だった。


 深夜。ロジャーに連れられて向かったのは、街の高台に聳える貴族の豪邸だった。


 案内された寝室の扉を開けた瞬間、鉄錆のような匂いが鼻を突いた。


「ひ……っ!」


 視界に飛び込んできたのは、鮮血の海―――。その中心に、男女の遺体が折り重なるように倒れていた。


「……運ぶぞ。お前は足の方を持て」


 ロジャーの静かな指示。


ぼくは硬直して動けなかったが、依頼主である富豪の男の「早くしてください、夜が明けます」という冷たい催促に、腹を決めた。


 死体運び。それが、ぼくの異世界での初仕事だった。


 死者の足首を掴む。生々しい感触。女性の遺体は、まだ若く美しかった。


詮索は無用だ、今のぼくはただの「人形」なのだから。


富豪が用意した馬車に遺体を詰め込み揺られること二時間。辿り着いたのは、街の結界の境界線だった。


「あそこに鈍く光る線が見えるだろ? あれが大魔法使いフレイ様の結界だ。この内側なら、モンスターは入ってこれねえ」


 ロジャーは指示した。


「この線の『外側』に遺体を放り投げろ。あとはモンスター共が綺麗に片付けてくれる」


 ぼくとロジャーは、遺体を担ぎ上げ、境界線の向こうへと投げ入れた。


 刹那、血の匂いに誘われて闇の中から不気味な鳴き声が響き、影たちが遺体に食らいついた。バリバリと肉を裂き、骨を砕く音が、夜の森にこだまする。


 ぼくの足は、ガクガクと震えて止まらなかった。


「……なぁに、結界の内側にいりゃあ大丈夫だ。さあ、さっさと済ますぞ」


 すべての処理を終え、再び馬車でロジャーの家に戻った時、東の空が白み始めていた。


 馬車は静かに闇へと消えていく。


 これが、ぼくの異世界でのはじめての仕事。


 手に残る死者の冷たさと、ポケットの中の二千ファナン。ぼくは、この呪われた世界で生きていくための「最初の一歩」を、確かに踏み出したのだ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る