第2話 ぼっちは初対面で死にかける(社会的に)

 結論から言う。


 人助けは、私に向いていない。


 いや、助けること自体はできる。

 できてしまう。

 問題は、その後だ。


     ◆


 ――魔獣が、唸り声を上げた。


 通路の先。

 初心者っぽい少女のすぐ背後。


(あ、これ……普通に死ぬやつ……)


 私は反射で動いた。


 叫ばない。

 名乗らない。

 カッコいいセリフも言わない。


 そんな余裕、ない。


 一歩で距離を詰め、

 剣を横一閃。


 魔獣は、

「え、なに?」

 みたいな顔をしたまま消滅した。


「え……?」


 少女が、ゆっくり振り返る。


 目が合う。


(目が合った!!

 あ、ダメだこれ!!

 心拍数がレイドボス以上!!)


「あ、あの……」


 来た。

 話しかけられる前兆。


(落ち着け。

 ここは“落ち着いてる凄腕感”を出すんだ。

 無口キャラなら許されるはず。

 ……たぶん。)


 私は、喉を鳴らしてから言った。


「……あ、危ない……から……ひうっ」


 終わった。


 言葉が足りなすぎて、

 不審者度が跳ね上がった。

 しかもなんか変な声出るし。

 消えたい。


 少女は一瞬ぽかんとして――

 次の瞬間、勢いよく頭を下げた。


「ありがとうございます!!

 ほんとに、助かりました!!」


(!?!?)


 なぜ!?

 なぜこの会話成立してるの!?


 少女は顔を上げ、

 ぱっと明るく笑った。


「あなた、すごく強いんですね!」


(やめて!!

 評価しないで!!

 期待しないで!!

 “すごい”は、後で必ず失望に変わるから!!)


「わ、私は……その……」


 名前を言う?

 言わない?

 言うと関係が始まる。

 始まると終わる。

 終わると傷つく。


(……無理……)


 私は、視線を逸らして言った。


「……たまたま……」


 少女は首をかしげる。


「たまたまで、あれできるんですか?」


(あ、詰められてる……)


     ◆


 しばしの沈黙。


 沈黙は、ぼっちの味方。

 だが今日は、敵。


 少女が口を開く。


「あの……私、ひなたって言います!」


(名乗った!?

 名乗られた!?

 どうする!?

 返さないと失礼!?

 でも返すと関係発生!?)


 脳内会議、緊急開催。


 結論:最小限。


「……し、しずく……」


 言えた。

 奇跡。


「しずくさん! よろしくお願いします!」


 ひなたは、満面の笑み。


(よろしくしないで!!

 今すぐ解散しよう!!

 ここ最深層!!

 命の危険しかない!!)


 私は、勇気を振り絞った。


「……こ、ここ……危ない……から……

 ひ、引き返したほうが……」


 ひなたは、少し困った顔をした。


「それが……迷っちゃって……」


(あー……)


 この顔。

 完全に

「助けてほしい人の顔」。


(無理……断れない……

 断ったら一生引きずる……

 夜中に布団で“あの時…”って思い出すやつ……)


 私は、観念した。


「……つ、ついて……くる……?」


 声、ほぼ消えた。


 でも、ひなたは聞き取ったらしい。


「はい!」


 即答。


(決定事項だったんだ……)


     ◆


 二人で歩く最深層。


 沈黙が重い。


(何か話さないと……

 でも何を……

 天気?

 ここ地下!!

 天気ない!!)


 ひなたが、ぽつりと言った。


「しずくさんって、ずっとここにいるんですか?」


(核心突くのやめて!?)


「……まあ……」


「すごいですね! 私、すぐ怖くなっちゃって……」


(私は人が怖いです)


 言えない。


 そのとき――

 通路の先から、別の足音。


 軽やかで、迷いのない足取り。


(……あ)


 現れたのは、

 無駄のない装備をした、クールそうな少女。


 鋭い視線が、一瞬で状況を把握する。


 そして、私を見る。


「……あなた」


(え、なに、なに?

 知り合い?

 敵?

 コミュ障殺しのタイプ?)


 少女は、短く言った。


「その子を、守ってるの?」


(“守ってる”って言い方、

 急に責任重くなるんですけど!?)


 私は、答えられず固まった。


 ひなたが代わりに言う。


「はい! 助けてもらったんです!」


 クールな少女は、少しだけ目を細める。


「……そう」


 そして私に視線を戻し、

 静かに言った。


「なら、私も同行する」


(え)


(え??)


(人、増えた!?)


 心の中で、警報が鳴り響いた。


(無理無理無理無理!!

 キャパオーバー!!

 もう喋れない!!)


 でも、

 少女はすでに隣に立っている。


 逃げ場は、なかった。

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