04 輝

 あのアホ、マジでターミネーターやってるらしい。風呂場からサムが笑ってる声が聞こえる。

「だだんだんだだん♪ だだんだんだだん♪」

「太陽、それヤバい。面白すぎる」

「アイルビーバーック」

 いじめだろ、これ。酷すぎんだろ。

 着替えを持って戻ってきた零が、風呂場から聞こえてくるアホな声に、不思議そうな顔をする。

「何やってるんです? 大丈夫ですか?」

「零、いっそオレを殺してくれ」

「あんなの序の口ですよ」

 零は淡々とそう言うと、笑いもせずにこっちを見た。

「ほら、あなたもいっそ割り切って遊んだらどうです?」

「例えば?」

「見た目だけは美少女ですから、外でナンパでもしたらどうです?」

「この体じゃマジで襲われた時、洒落にならないじゃねぇか」

 零は溜息をつくと、オレの横にしゃがんだ。

「可愛いワンピース持ってきたんで、これでも着て太陽に嫌がらせしなさい。そうでもしないとやめませんよ、あのアホな遊び」

 それもそうだ。

 だって太陽、サムと二人で三十分以上風呂場でターミネーターやってんだぞ。あのアホな歌、マジで耳にこびりついてきた。まだアホな声が聞こえてくる。

 さっき面白がった兄貴が、その様子を見に行ってニヤニヤしながら戻ってきたところだ。

「太陽ちゃん、ずっと素っ裸でしゃがんでんぞ」

「あいつ、マジでいい加減にしてくれよ」

 でもそのひらひらのクソ恥ずかしい布切れを着ろって言われて、はいそうですかって、オレが納得出来る訳ねぇだろ。嫌だ、嫌すぎる。

 すでにセーラー服なんか着てるけど、それですら嫌すぎる。せめてズボンがいい。ズボンにしてくれ、頼むから。

「零、ズボンは?」

「太陽の服にズボンなんてありませんよ。太陽のお母様、本当に着せたくなかったんでしょうね」

 絶望的過ぎる。

 なんでこんなスースーするもん、しかもいちいち尻が見えねぇかを気にしないといけないようなカッコしか出来ねぇんだ。泣きたい。すでに散々泣いたけど、もうマジで涙も枯れ果てたと思ったのに、まだ出てくる。

「ほら、空さんは出ていて下さい」

 零はそう言うと、二人を部屋から追い出してドアを閉めた。オレのセーラー服のネクタイを引っ張る。

「大人しくしてて下さいよ」

「待て、流石にアイマスクしろ。これは流石に見たらマズい気がする」

「太陽は喜んで素っ裸で遊んでますけど」

「それはそうだけど、流石にマズいだろ」

 そしたら零は面倒くさそうに置きっぱなしだった黒のアイマスクを拾い上げた。オレの目をそれで覆うと、じっとしてなさいと言いながら、セーラー服を脱がせ始めた。

 ところで、なんでセーラー服を一枚脱いだだけで上半身裸になってんだ? ブラジャーはどうした? 普通ならそれがある筈じゃねぇのか。

 なのに零は淡々とオレを脱がせると、頭の上から布をかぶせてきた。

「ほら、ここに腕を通して」

「なぁ零、太陽って実は男なんじゃねぇのか? そうだって言ってくれ」

「どっからどう見ても女子ですよ。バカなんですか?」

 やっぱり泣きたい。

 もぞもぞしながら服を着ると、零はようやくアイマスクを外した。

「はい、もういいですよ」

 予想の数倍ひらひらでスースーするんだけど、これで寝るって本気なのか? こんなんで寝たら風邪ひきそうだけど。

 ぱっと部屋にあった姿見を覗き込むと、いつもの太陽の姿が写った。さらさらつやつやのきれいな金髪、華奢な全然筋肉のない体に白い肌。ただ、いつもと違って飛行機の中で泣いてる時みたいな顔した太陽だ。

 よく見たら零よりも背が低くて、小さくて細い体だ。さっき自分の体を殴って思った。あいつ、どうやってあんなクソ重い拳をぶつけてやがったんだ? おかしいんじゃねぇのか。

 まだ風呂場からはアホな歌が聞こえてくる。

「だだんだんだだん♪」

 マジであいつ、殺したくなってきた。

 こっちは流石に太陽の体を見るのはマズいと思って、アイマスクして着替えたり零に老人介護みたいな真似されてトイレ行ったりしてんのに。

「零、太陽はなんであんなに喜んでんだ?」

「あなたの体、よっぽど気に行ったんじゃありません?」

 いや気に入るのはいい。いいよ、別に気に入ってくれて。気に入られて嬉しいよ。

 たるんでる訳でもないし、ちゃんと鍛えてんだからな。でもそれを、よりによってアホなターミネーターの真似に使われてんだぞ? ショックすぎて立ち直れねぇ。

 がっかりしながら座ってたら、零が言った。

「輝、足を閉じなさい。それではパンツが見えますよ」

「もうマジで勘弁してくれ」


 絶対のぼせたって感じの太陽が戻ってきた。真っ赤な顔でオレのパジャマを着て、一人嬉しそうになんにもない空中を殴ってる。シャドーボクシングのつもりなんだろうけど、アホさ加減が引き立ってるようにしか見えない。

 アホ丸出しの様子で太陽は言った。

「輝、この体マジで最高だな」

 素っ裸で親友にターミネーターの真似なんて姿見せつけんのが最高なのか? 信じらんねぇ。マジで勘弁してくれ。

「風呂場で思わず立ちしょんしちまったぜ。立ったまま出来るとか、最高だな感動したぜ」

「は?」

「一回やってみたかったんだよ、立ちしょん」

 信じられない言葉を聞かされて、オレはへなへなとその場に座り込んだ。横で聞いてた零がぶほっと変な声出して吹き出す。

「やっちゃったんですか、太陽」

「当たり前じゃねぇか。零だってやるだろ?」

「ちょっと興味はありますけど、流石に遠慮しますよ」

 オレはそのまま自分の枕に頭を押し付けて、思いっきり泣いた。信じらんねぇ。こいつ、オレが必死で太陽の体を見ないように気を使ってたっていうのに、自分は素っ裸でターミネーターに飽き足らず立ちしょんって。どこまで人の尊厳を踏みにじったら気が済むんだ。

 泣いてたら、流石にヤバいと思ったのか太陽が横に座った。

「ごめん、悪かったよ。つい」

「つい、で立ちしょんすんな!」

 フリフリレースまみれのワンピースで、オレは太陽を押しのけた。力がなさすぎて、全然意味なかったけど。どっか行くどころか、太陽は近寄ってきた。

「だって、オレやっと本当の意味で男になったから嬉しくて」

 太陽はちょっと真面目な声でそう言った。

「はぁ?」

「輝には分かんねぇよ。その体がいかに不自由なのか」

 そんな事を言われて、ちょっとだけ考えた。

 確かに不便だ。

 全然力が出ないし、どんなに頑張って殴っても太陽は屁とも思ってない。フリフリのワンピースを着せられて、女らしくしないと零に怒られて、おまけに自分の身を守る事すら危うい。

 今まで太陽がどうやってオレ達と戦ってきたのか、オレにはさっぱり分かんねぇ。こんな小さくて力のない体で、あのたくましい背中を晒してたのはどうやってだったのか、マジでさっぱり分かんねぇんだ。

 少なくともオレには出来そうにない。

 単純そうだと思ってたけど、太陽なりに悩んだ事もいっぱいあるんだろう。この体で男の中の男なんて、オレには目指せそうにない。

 でもだからって人の体で立ちしょんするとか、流石に酷すぎんだろ。こいつ、恥とかプライバシーって言葉、知ってんのか? ちょっとくらい、持ち主の事を考えらんねぇのか。

 しかもずっと上半身裸で、何考えてんだ。服を着ろ、マジで。何してくれてんだよ。

「不自由なのは分かった。分かったから、服を着ろ。お前、オレの事をなんだと思ってんだ?」

「親友じゃねぇか。それに男なんだし、今更何を恥ずかしがる事があるんだ?」

 ダメだ。こいつに言っても無駄だ。

 泣きたくなりながら、オレは溜息をつく。

「分かった、もういい。好きにしろ。でも外に一歩も出るなよ」

「分かった」

 単純な太陽は嬉しそうに微笑むと、オレにしがみついてきた。いつものノリでくっついてきて、ニコニコしながら力を込めてくる。

 いつもの体だったらどうって事ないだろうけど、マジで押し潰されそうなんだけど。息が出来ない。殺される。

「……苦しい、放せ」

「あ、悪ぃ」

 ようやく気付いた太陽はそう言うと、オレから離れてベッドに座った。上半身裸のまま、嬉しそうに笑ってやがる。

 溜息を一つだけついて、オレは諦めて太陽にもたれた。

 スゲェぬくい。確かにこれはゆたんぽにしたくなるかもしれない。なんだこの安心感。気持ちよすぎてぼうっとしそうだ。

「オレの体ってやっぱりちっこいな。スゲェ軽いぜ。輝の体、最高だ」

 楽しそうに笑う太陽に、オレはもたれたまま目をつぶった。

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