02 輝
嘘だろ、嘘だって言ってくれよ。マジで嘘なんだろ? これはきっと悪い夢か何かに違いない。
なんでこのオレがよりによって女の体に、しかも太陽の体になってんだ。男のオレがセーラー服着てんだぞ。信じられない。いや、信じたくない。
しかもこの髪の毛、スゲェ邪魔。なんだよこれ、ちょっと動くだけでさらさらしやがって。見てる分にはきれいだけど、こんなに邪魔だとは思わなかった。こんな状態でこのバカ、どうやって戦ってやがったんだ?
絶望のどん底にいるオレと違って、横で奇声を上げて喜んでる見慣れた自分の体がいる。オレがこれって事は、やっぱりアレの中身は太陽なのか。太陽しかいないよな?
泣きたくなりながら横で呆然としている零に尋ねた。
「なぁ、オレ誰に見える?」
「鏡を見た方が早いですよ」
零はそう言うと、制服のポケットから鏡を取り出した。ひょいっとオレの前に出すと、肩を叩いて言った。
「大丈夫ですか、筋肉だるま……じゃなかった、輝」
鏡にはどっからどう見ても太陽が写ってる。きれいなさらさらの金髪(しかも寝癖なし)、青い襟のセーラー服、どうオブラートにくるんでも華奢としか言えない細い体。
自分で自分の体のほっぺたをぺたぺた触ってたら、横で奇声を上げたままの自分の体をサムが止めた。
「ちょっと落ち着いて、太陽……だよね?」
「おう、サム。オレはとうとう本物の男になっちまったぜ。最強の桜野太陽が誕生した」
やっぱりあのオレの体、アホ太陽が入ってる!
学校の保健室で奇声を上げてる太陽を見て、先生が電話を掛け始めた。
「もしもし、誰か風間くんの保護者に連絡して。頭を強くぶつけておかしくなってしまったかもしれない」
先生、違う。そこにいるのはオレじゃない。オレの皮をかぶったアホだ。絶対にオレじゃない。信じてくれ、オレはそんなアホな事しないって。
泣きたくなってたら、零が言った。
「まぁ、元気出して下さいよ。いいじゃありませんか。せっかくなんですから、楽しんでしまえばどうです?」
「何をどう楽しむんだよ、オレ女になっちまったんだぞ!」
零に向かってそう怒鳴ると、先生は言った。
「桜野さんの保護者も必要かもしれません」
太陽の保護者?
いやいや流石にそれはいらねぇぞ、先生。オレは太陽ほどアホじゃないから、あそこまで暴走しねぇよ。落ち着いてくれ、先生。
「先生大丈夫です、オレは平気です」
思わずそう言うと、オレは騒ぐ太陽に掴みかかった。
「おい、やめろ太陽。勘弁してくれ、恥ずかしい」
「おお、お前が輝か。ありがとな、お前の体楽しむぜ」
「やめろ、頼むからやめてくれ」
掴みかかったはいいものの、予想の数倍デカくて力のある太陽に簡単に振り払われて、オレは床にしりもちをついた。なんだ、この軟弱すぎる体は。信じられねぇんだけど。
サムが寝癖のついたくりんくりんのオレンジ頭を止めようと割り込んだ。
「太陽、落ち着いて。とにかく冷静になって」
「サム、試しにこの腹殴ってくれ。この腹筋なら跳ね返せるに違いない」
ヤバい、あのアホすでに暴走してる。
そこへ息を切らした兄貴が飛んできた。
「弟が頭打ってイカレたって本当ですか?」
「ああ、お兄さん」
先生はまだ奇声を上げて笑っているオレの体を見て溜息をついた。
「おい、輝。落ち着け、鎮静剤持ってきたからな」
オレは立ち上がると兄貴にしがみついて言った。
「兄貴、聞いてくれ。あれはオレじゃない」
「太陽ちゃん、どうした?」
「オレが輝だ。兄貴が今日、ショッキングピンクのパンツ履いて恋愛運上げようとしてる事も、彼女が出来なくて合コン行こうとしてる事も知ってる」
それを聞いてた零が、後ろで吹き出した。
「ショッキングピンクのパンツっ」
真っ赤になった兄貴が、オレを見下ろした。
「太陽ちゃん、それ輝が言ったのか?」
「だから、オレが輝だっつってんだろ、クソ兄貴!」
まだ信じられないような顔をする兄貴を見て、心底腹が立った。こうなったら仕方がない。兄貴の恥ずかしい黒歴史、全部大声でばらしてやる。
「信じられねぇんだったら全部話してやるよ。兄貴がオレに『不知火の使者』になるとか言った事も、ベッドの下にエロ漫画隠してる事とか、そのエロ漫画にわざわざ医学書の表紙付けて誤魔化してるつもりだって事とか」
後ろでサムと零が息も出来ないほど笑い出した。
「不知火の使者ぁ……」
「エロ漫画に医学書の表紙って、空兄」
真っ赤な顔した兄貴が掴みかかってきた。
「分かった、お前が輝だ。黙ってくれ、頼むから」
後ろでまだ自分は完璧な男だって大騒ぎしてる太陽を見て、兄貴が言った。
「じゃあなんだ、あれは太陽ちゃんだって言いたいのか?」
「そうじゃなかったらあんな奇声上げるかよ。頼む兄貴、今すぐあのアホ止めてくれ」
兄貴は太陽の方へ走っていくと、肩を叩いた。
「おう、なんだ空兄。いや、とうとう本物の兄ちゃんになったんだった。オレも兄貴って呼んだ方がいいのか?」
「そうだ、お前の兄ちゃんだ。黙って腕出せ」
アホな太陽に兄貴はそう言うと、鞄を広げて何やら注射を準備し始めた。
「空兄、それはなんだ?」
「もっと強くなれる薬だよ」
太陽が嬉しそうな顔をして、腕を出した。
嬉しそうに興奮してるアホ太陽は、オレの顔でとんでもないニヤけ面してる。やめてくれ、ただでさえアホっぽい自分が更にアホに見える。
サムがそんな太陽をベッドに座らせ、兄貴はてきぱきと太陽に注射を打った。すぐに大人しくなった太陽はズルズルベッドに座り込む。
「空兄、これで本当に強くなるのか?」
「なる訳ないだろ。ただの鎮静剤だ」
兄貴はそう言うと、オレとサムを見て言った。
「お前ら手を貸せ、この猛獣を家に運ぶぞ」
まだかろうじて意識のある太陽が、嫌だ自分は無敵だなんだとほざいてるのを聞きながら、オレは兄貴に手を貸した。
でもこの体、思った数倍力がなくて、全然自分が持ち上がらない。普段だったらひょいっと簡単に運べるのに、オレは何の役にも立ちそうにない。
とうとう兄貴に邪魔だからどいてろなんて言われちまった。邪魔ってなんだよ、邪魔って。ショックすぎて後ろで固まってるところに零が来た。
「落ち着いて下さい。今は太陽なんですよ? あなたにあの重りみたいな体が運べる筈ないでしょう」
「いや、でも」
「女なんです。男性陣に力仕事は任せなさい」
嘘だ。誰か嘘だって言ってくれ。
泣きたくなりながら、オレは零に引きずられて保健室を出る事になった。
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