宝人くんが私に気持ちがないとはいえ、私の宝人くんへの想いは消えていない。


付き合って一ヶ月を過ぎれば、どうしても気になることがあった。


「キスってどんな感じなのかな」


デートすらしたことがないのに。

距離を置いて放置されてることにゾクゾクはするけど、寂しさも感じている。


宝人くんは元カノがいたようだし、ファーストキスではおそらくない。

私が相手では嫌かもしれないけど、強請れば餞別に軽くしてくれないかな?


それで、宝人くんのお友達が聞いたらますます嘲笑ってくれないかな。


想像したら、興奮が抑えきれなくなってしまい。私は宝人くんに告げてしまう。


「キスしてほしい」

「……え?」


帰り道の人けのない高架下。

宝人くんの袖を引っ張りながら見上げると、彼は喉を鳴らした。


「……山田さんって、ファーストキスだよね?」

「うん」

「そ、そんな大事なものを気軽に奪えないよ」

「なんで? 私は宝人くんがいい」


こちらを気遣うのは優しいけど、私が求めてるだからいいじゃん。


「宝人くんは、私じゃ、嫌?」

「そんなことは……ないけど……」

「じゃあ、して」


壁を背にして、目をつぶる。

シチュエーションも何もないけど、この湿った高架下の空気が私にはスパイスになる。


「……」宝人くんはまだ迷っている。

私も譲らない。どちらが意地を引くかの時間が流れる。


動く気配がしたと思ったら、壁に手をついているようだ。耳元に宝人くんの体温がある。


「……するよ?」

「うん」


一瞬触れるだけのキス。

驚くほどあっさりと終わったけど、私の体温は急上昇した。


これがキスかあ。何度も感触を忘れないように思い出してしまう。


「……キスまで、やっちゃったな」という呟きが聞こえた。




*   *   *




キスの翌日の昼休み、たまたま阿部くんと二人で話している宝人くんを見かけた。

明るい雰囲気でないことを察した私は、気付かれないように隠れた。


「いまさら、別れようって無理かもしれない」


宝人くんが悲愴感を漂わせている。

それに対する阿部くんの声も元気がない。


「一年の山田ニ歌って弟らしいじゃん。中学までは山田さんの弟たちが目を光らせていたって。バレたら、俺たち殺されるんじゃないか……?」


随分と話が物騒である。

弟たちがそんなことをするはずがないのに。


「これは身から出た錆だよ」と宝人くんが泣き出しそうな声で呟く。


宝人くんが言い出せないなら、私から別れるしかないけど、私はそれを望んでいない。


軽く咳払いをして、明るい声を作る。


「あれー? 宝人くん、偶然だね」


ひょっこりと現れた私に、二人の肩が跳ねる。


「山田さん……」

「もうご飯食べた?」

「うん」


こうして話しているだけで、やっぱり好きだなって思っちゃう。彼の声が心地良い。


「ねえ、耳かして」

「え?」


そっと耳打ちする。


「宝人くん、大好き」


弾かれるように離れた彼は、私の唇を見ていた。

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