第9話 三割の成功率


 南波恒一は、

動かないとまずいと思っていた。


 水は、もう残り少ない。

 外出は、ほぼ不可能。

 このままでは、

 南蛮漬けに囲まれて干からびる。


「……制御するしかない」


 それは、

 今まで避けてきた答えだった。


 ――慣れる。

 ――扱えるようになる。


 それはつまり、

 この能力を受け入れるということだ。


「……一回、ちゃんとやろう」


 南波は、

 床にノートを置いた。


 ※床は、

 “床として”意識しない。


 ノートの表紙に、

 太字で書く。


> 【南蛮漬け現象・制御実験】




「……字面が最悪だな」


 深呼吸。



---


仮説①


対象を“一点”に絞れば、誤爆しにくい


 今までは、

 頭の中が散らかっていた。


 物。

 言葉。

 感情。


 それらが全部、

 対象になりうる。


「……じゃあ」


 南波は、

 ペットボトルを一つ置いた。


 ※水入り。

 貴重。


「……これだけを見る」


 触れる。


 意識する。


 ――ペットボトル。

 ――水。

 ――飲み物。


「……あ」


 じゅわっ。


「失敗!!」


 ペットボトルが消え、

 南蛮漬けが現れる。


「……ごめん」


 誰に謝っているのか分からない。



---


仮説②


言葉にしなければ、発動しにくい


 南波は、

 次のペットボトルを置いた。


 ※最後の一本。


「……今度は、

 言葉を使わない」


 触れる。


 意識する。


 ――形。

 ――重さ。

 ――冷たい。


 言語化しない。

 ただ、感覚だけ。


「……」


 何も起きない。


「……いけた?」


 五秒。

 十秒。


 成功。


「……!」


 南波の口元が、

 少しだけ緩む。


 だが――


 安心した瞬間、

 頭に浮かぶ。


 ――成功、だよな?


「……」


 じゅわっ。


「……ああああ!!」


 水は、

 また南蛮漬けになった。


「……成功判定、

 考えたらアウトかよ……」



---


仮説③


感情が強いと、誤爆する


 これは、

 今までの経験から明らかだった。


 焦り。

 怒り。

 不安。


「……つまり」


 南波は、

 静かに言った。


「平常心が一番強い」


 その言葉に、

 少しだけ引っかかる。


 ――それ、

 戦闘向きの能力じゃないか?


 考えるのをやめる。



---


 数時間後。


 床には、

 ノートと、

 南蛮漬けの容器が

 ほどよく散らばっていた。


 南波は、

 ノートを見返す。


> 成功:3

失敗:7




「……三割か」


 低い。

 だが――


「……ゼロじゃない」


 昨日までは、

 制御不能だった。


 今日は、

 選べた瞬間がある。


 それは、

 希望だった。


 同時に。


「……これさ」


 南波は、

 自分の手を見つめる。


「……人にも、

 使えるんだよな」


 その考えが、

 頭をよぎった瞬間、

 南波はノートを閉じた。


「……やめだ」


 まだ、

 考える段階じゃない。


 だが。


 考えてしまった時点で、

 もう遅いのかもしれなかった。


 その夜、

 南波恒一は

 久しぶりに眠れた。


 成功率三割。


 それは、

 “失敗する可能性が七割ある”

 という意味でもある。


 だが同時に。


 “意識して選べる”

 という事実が、

 確かにそこにあった。


(つづく)



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触れたら全部、鯵の南蛮漬けになるんだが。 @TK83473206 @kouki1026

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