第6話 手袋は、裏切らない(裏切った)


 南波恒一は、

対策を講じることにした。


 前回、人が南蛮漬けになりかけた。

 あれは――

 笑い事ではない。


「……冷静に考えろ」


 机はない。

 椅子も、半分南蛮漬けだ。

 床に座りながら、

 南波はノートを広げた。


 ※床は、

 意識しないようにしている。


「能力は、

 “素手で触れて、意識した対象”」


 ここがポイントだ。


「つまり……

 素手じゃなければいい」


 完璧な理論だった。


 南波は立ち上がり、

 押し入れを漁る。


 まずは――


【対策①:ゴム手袋】


 台所用。

 薄くて、フィット感抜群。


「よし」


 装着。


 試しに、

 ドアノブに触れる。


 ……何も起きない。


「いける!!」


 調子に乗って、

 もう一度触れる。


「……ドアノブだな」


 じゅわっ。


「……あ」


 ゴム手袋ごと、

 南蛮漬けになった。


「手袋、

 裏切るの早すぎだろ!!」


 床に、

 ゴム片と玉ねぎが散る。



---


【対策②:軍手】


 厚手。

 頼もしさが違う。


「今度こそ」


 机の代わりに使っている

 ダンボール箱に触れる。


 意識しない。

 意識しない。


「……これは、

 箱じゃない。

 段ボールという概念だ」


 じゅわっ。


「概念まで南蛮漬けにするな!!」


 軍手もろとも、

 箱が消えた。



---


【対策③:二重装備】


 ゴム手袋+軍手。


「これならどうだ」


 もはやDIYだ。


 慎重に、

 コップに触れる。


 ……何も起きない。


「……勝ったか?」


 その瞬間、

 頭をよぎる。


 ――二重って、

 逆に意識しちゃってないか?


「……あ」


 じゅわっ。


 手袋の塊が、

 南蛮漬けになる。


「意味あんのかよ!!」



---


 南波は、

 床に座り込んだ。


「……だめだ」


 考えれば考えるほど、

 意識してしまう。


「じゃあ……」


 最後の手段。


【対策④:距離】


 触れなければいい。


 究極の結論だ。


 南波は、

 部屋の中央に立った。


 何にも触らない。

 触れない。


「……」


 五秒。


 十秒。


「……」


 喉が渇く。


 水を飲もうとして、

 手を伸ばしかける。


「……だめだ」


 引っ込める。


 スマホはない。

 テレビのリモコンも、

 遠い。


「……」


 五分後。


 南波は、

 その場にしゃがみ込んだ。


「……無理だ」


 人間は、

 触らずに生きられない。


 そして。


 触らないように意識するほど、

 “触る”ことを意識してしまう。


 南波は、

 自分の手を見つめる。


「……この能力、

 防ぎようがないな」


 手袋は意味がない。

 距離も意味がない。


 残るのは――


「……慣れるしかないのか」


 その考えに、

 南波はゾッとした。


 慣れる。


 それはつまり、

 南蛮漬けになる現象を、

 日常として受け入れるということだ。


「……それ、

 一番やばいやつじゃん」


 だが同時に。


 南波は気づいてしまった。


 対策は無意味でも、

 制御の感覚は、

 少しずつ掴めている。


 ――一瞬、

 迷えば止まる。

 ――意識を絞れば、

 避けられる。


「……」


 それは、

 安心材料であると同時に、

 恐ろしい事実でもあった。


 南波は、

 冷蔵庫の前に立つ。


 ※冷蔵庫は、

 もう半分南蛮漬けだ。


「……食うか」


 箸を持つ。


 もう、

 南蛮漬けを見る目に

 最初の頃の拒否感はなかった。


 そのことに、

 南波自身が気づいていないふりをしたまま。


 夜は、

 静かに更けていった。


(つづく)



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