第5話 それは、冗談で済ませちゃいけない
南波恒一は、
人に会わない生活を始めていた。
理由は単純だ。
――触りたくない。
――意識したくない。
机や棚が南蛮漬けになるのは、
まだ笑える。
でも。
「……人は、笑えない」
アパートの部屋で、
そう呟いた瞬間。
「おーい、生きてるか?」
玄関の向こうから、
聞き慣れた声がした。
「……げ」
最悪のタイミングだった。
親友の高橋だ。
学部も同じで、
家も近い。
「昨日も今日も連絡ないからさ。
様子見に来た」
「……帰って」
「冷た!?」
ドア越しに、
ガンガンとノック。
「お前、
バイト先でやらかしたって
噂聞いたぞ」
「帰って!!」
「逆に怪しいわ!!」
――やばい。
このままじゃ、
開けられる。
南波は、
意を決してドアを開けた。
「……久しぶり」
「おう。
なんだよその顔」
「……元気」
「嘘つけ」
高橋は、
何も疑わずに
ずかずか入ってくる。
「ちょ、
触るな」
「は?」
高橋が、
南波の肩に
手を置いた。
「大丈夫かって――」
「触るな!!」
南波は、
反射的に叫んだ。
「……え?」
高橋は、
驚いた顔で手を離す。
「……なんだよ、
どうしたんだよ」
「……悪い。
今、人に触られると――」
言いかけて、
止まる。
説明できない。
説明したら、
もっと触られる。
「……とにかく、
座れ」
距離を取りながら、
南波は言った。
「……お前、
変だぞ」
「……そうだな」
高橋は、
ソファに腰を下ろす。
沈黙。
気まずい空気。
「……で?」
高橋が、
軽い口調で言った。
「机とか棚とか、
次は何壊したんだ?」
冗談だった。
完全に冗談のつもりだった。
南波の頭に、
言葉が浮かぶ。
――次は何。
「……やめろ」
「は?」
「そういう言い方」
「いや、
悪かったって」
高橋は、
笑って手を振る。
「お前、
昔から要領悪いけどさ」
そして、
肩をすくめて言った。
「ほんと、
人として不器用だよな」
その瞬間。
南波の脳内で、
“人”
という単語が、
はっきり形を持った。
「……あ」
高橋が、
立ち上がる。
「ん?
どうした?」
距離が、
縮まる。
まずい。
南波は、
後ずさった。
「来るな」
「は?」
「来るなって言ってる!!」
だが。
高橋は、
親友だった。
心配している人間の動きを、
止められなかった。
腕を掴まれる。
「大丈夫だって――」
その瞬間。
じゅわっ。
「……っ!!」
南波の視界が、
歪む。
「……あ、
あああああ……!」
次の瞬間、
高橋は――
消えていなかった。
床に、
何も出ていなかった。
高橋は、
その場に立っている。
「……?」
高橋が、
自分の手を見る。
「……今、
なんか音しなかった?」
南波は、
その場に崩れ落ちた。
「……よかった……」
「……は?」
南波は、
震える声で言った。
「……頼む。
今日は帰ってくれ」
「……お前、
本当に大丈夫か?」
「大丈夫じゃないから
帰ってくれ!!」
高橋は、
しばらく南波を見つめていたが、
やがてため息をついた。
「……分かったよ」
玄関まで向かいながら、
振り返る。
「でもな」
「……」
「何かあったら、
言えよ」
ドアが閉まる。
静寂。
南波は、
床に座ったまま、
動けなかった。
「……今の」
間違いない。
意識した。
触れた。
ただ――
一瞬、迷った。
それだけで、
発動しなかった。
南波は、
自分の手を見つめる。
「……人は」
声が、
かすれる。
「……冗談で済ませちゃ
いけないな」
その日、
南波恒一は理解した。
この能力は、
物を壊すものじゃない。
人を、
壊せてしまうものだ。
そして。
それを止めているのは、
たった一つ――
自分の、
意識だけだった。
(つづく)
---
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます