第2話 スマホを触るな、考えるな
結論から言うと、
スマホは現代人の生命線である。
南波恒一は、人生で初めてその事実を骨身に染みて理解していた。
「……連絡、しないと」
昨日は結局、大学を休んだ。
理由?
ドアノブが南蛮漬けになった――なんて言えるわけがない。
教授への欠席連絡。
友人への生存報告。
バイト先への謝罪。
やることは山ほどある。
「よし……」
南波は、深呼吸をした。
触れるだけじゃアウトじゃない。
“意識”した瞬間が危ない。
昨日の実験(という名の惨事)で、そこまでは分かっている。
「考えるな……考えるな……」
呪文のように唱えながら、スマホを手に取った。
何も起きない。
「……いける」
画面をタップ。
ロック解除。
「……よし」
LINEを開く。
まずは教授だ。
定型文でいい。
『体調不良のため、本日は――』
ここで、ふと頭をよぎった。
――この文章、怪しくないか?
「……」
南波は、スマホを握ったまま考え込む。
――いや、体調不良は嘘じゃない。
――精神的には確実に不良だ。
そう自分に言い聞かせながら、入力を続ける。
『――欠席させていただきます』
送信。
「……よし」
何も起きない。
「いけるじゃん!」
少しテンションが上がる。
次は友人だ。
『昨日どうした?』
未読メッセージが溜まっている。
「……なんて返す?」
スマホを見つめながら、南波は考えた。
――正直に言う?
――いや無理だろ。
――南蛮漬けとか言ったら病院勧められる。
頭の中で、会話が始まる。
その瞬間だった。
「……このスマホさぁ」
口に出した瞬間、
じゅわっ。
「……あ」
視界が、揺れた。
手の中の重さが、消える。
「……ああ」
南波の手には、
透明なプラスチック容器があった。
中身は――
「……スマホ、南蛮漬け」
正確には、
スマホだったもの相当量の鯵の南蛮漬けだ。
玉ねぎが、
無駄に画面サイズっぽい。
「いやいやいや!!」
南波は立ち上がる。
「今のどこがアウトだった!? ただ文句言っただけだろ!!」
誰も答えない。
机の上には、
スマホの代わりに南蛮漬け。
圏外。
永久に圏外。
「……詰んだ」
南波は、その場に座り込んだ。
連絡手段が、ない。
電話もできない。
ネットも見られない。
現代社会からの、完全な切断。
「……あ、でも」
ふと、気づく。
さっき送信は、できた。
“意識しすぎた”瞬間にアウトになった。
「……考えなければ、使える?」
試したい。
でも、スマホはもうない。
「……」
南波は、目の前の南蛮漬けを見つめた。
「……これ、どう見ても食べ物だよな」
箸を取る。
少しだけ、ためらう。
「……いや、待て」
ここで食べたら、
完全に負けた気がする。
だが、腹は正直だった。
「……くそ」
一口。
「……」
二口。
「……普通にうまいな」
南波は、天井を見上げた。
「スマホより南蛮漬けが勝つ世界って、何?」
そのとき、机の端に置いてあった
古いガラケーが目に入った。
以前、予備として取っておいたものだ。
「……これなら」
慎重に、触れる。
何も起きない。
「……よし」
電源を入れる。
起動音。
「……!」
南波は、画面を見つめながら、
一切、考えないようにして操作した。
メール作成。
文字入力。
送信。
成功。
「……いける……!」
だが次の瞬間、
ふと頭をよぎった。
――このガラケー、
――いつの時代のだっけ?
「……」
じゅわっ。
「だから考えるなって俺!!!」
机の上に、
また南蛮漬けが増えた。
その日、南波恒一は理解した。
この能力に必要なのは、
勇気でも根性でもなく――
無心。
そして人類は、
無心でスマホを使うことができない。
(つづく)
--
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます