彼女が卵を、割ってしまった。
うびぞお
彼女が卵を、割ってしまった。
おおよそ真面目な女子大生であるカヌキさんこと
そんな二人のなり初めなどは、さておいて。
__________
なぜ、慎重に行動することができなかったのだろう。
リモコンを片手に自問自答する。
わたし、今、何をした……?
テレビの画面には、録画リストが並んでいる。基本的には
このサブスクの時代に録画にこだわってる時代遅れなんだから。
いや、問題はそこじゃない。
少しだけ時間を巻き戻すと、わたしは、19時からの地元グルメ番組を録画したかっただけ。地元アナウンサーのお勧めカジュアルデートディナーのお店を紹介する番組で、今夜のデートはどの卵料理? とかなんとか。
番組表を開いて、該当する番組を見付けて。
そのうち深弥と一緒に行けたらいいな、なんて思いながら、
ふんふん、と鼻歌混じりに録画をセットした
だけのつもりだった。
リモコンをいじり損ねて
深弥が撮り溜めていた映画の録画を、少なくとも1本は
消してしまった……
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい
何をいくつ消した??
どうしよう? 土下座する? 家を追い出されたら、アライの家にでも転がり込むしかないかな。
わたし、ただデートがしたかっただけなのに。
想像する。
静かに、静かに、怒りを沈澱させて、氷のように冷たい表情になる深弥。
想像すると怖い。
怖い、
けど、なんか、そういう深弥を熱くしたくなる
だめ、こんな時に何を想像してしまうの、わたし。
「
隣のダイニングから深弥が顔を出し、ビクビク震えているわたしに気付いて、その名前を呼んだ。
深弥は、わたしの表情と、テレビの画面に映っている録画番組一覧とを見比べた。
そして、穏やかだったその顔が凍りつき、眉をぴくりと動かしてから、一瞬、唇を噛み締めると、質問をわたしにぶつけてきた。
「……なんで、消えてるんですか?」
間髪入れず
「私、さっき、録画を確認したんですよ。シリーズの1から4がまとめて録画できてるなって」
深弥からポンポン弓矢が飛んでくるみたいだ。ぐさぐさ刺さる。
「久しぶりに、見ようかって思ってたんです、その映画」
ぐさり、また、ぐさり。
「おかしいですね? それが消えて、で、なんですか? 代わりに録画されてる
ビクンと震え上がる。
「……今夜のデートはどの
「偶然ですね。私が見たかったのも、宇宙生物の
より一層、深弥の声が低くなる。
ああ、もう目が座ってる。やばい、怖い。家を追い出されるの確定。
冷や汗がダラダラと背中を伝う。
「卵な、ほらぁ……?」
「ええ、偶然の卵つながりですね」
「宇宙船の乗組員たちが謎の惑星の地下で、たくさんの大きな卵を見付けるんです」
深弥が消えた映画のストーリーを語り出す。口角が上がって唇の形は笑顔だけど、目が全く笑っていない。
「卵から、手みたいなカブトガニみたいな宇宙生物が生まれて、乗組員の顔に張り付くんですよ」
「わあ、こわー……」
「いいえ、怖いのはその後、宇宙船に戻ってからなんです」
「そうなんだぁ」
棒読みになる。
すると、深弥がじっとわたしを見た。
「あなたと、一緒に、シリーズ全部、一気見、したかった」
低い声で区切りながら。
「4本全部一気に見るのはちょっと……」
そう言うと、深弥はにっこりと笑う。
「映画だけなら本編7本、スピンオフ2本です」
「わあ、全部見たら20時間超えるわね」
棒読みが止まらない。
深弥が、わかってますよね、というようにニーッコリと微笑んだ。
「つまり、次の連休は、20時間耐久『エイリアン』視聴マラソンをしても良いということですね」
ああ、さよならわたしの連休。
二人でデートして卵料理を食べたかったよ。
『エイリアン』ってタイトルは知ってるけど、卵のSFほらぁ映画だったんだ。
「ん、わかった。それ約束するから、録画消したの許してくれる? だから、家、追い出さない?」
「許しますよ」
安心して、ほーっと息が漏れた。
それに、ここは架乃の家でもあるんだから、私にはあなたを追い出すなんてできません」
ようやく深弥にちゃんと微笑んでもらえた。
わたしにとっては天使の笑顔。
この笑顔のためなら、連休のホラー映画漬けマラソンにも耐えられる……
……ん?
次の連休?
「ねえ、深弥。わたし、1から4の録画消しちゃったのに、次の連休には見れるの?」
ちっ
あ、舌打ちした。
「もう、約束しましたからね」
あ、あれ?
「架乃が消したのは、吹替版」
ふきかえばん?
「だから、私たちが連休に観るのは、字幕版です」
やられた!
どうりで簡単に許してもらえるわけだ。
……A broken egg cannot be put back together.
『覆水盆に返らず』と同じ意味だ。割れた卵は戻らないし、消えた録画は戻らないし、つまり、してしまった約束も消えない。
「卵が割れちゃったら、宇宙生物だって、もう卵には戻れないんでしょ?」
かくして次の連休、
わたしたちは、卵から宇宙生物が生まれて大虐殺をする映画を9本観る。
でも、その前に、ふわふわのオムレツを食べにカフェに出かけた。
美味しかった。
結局のところ、深弥と一緒なら何でも美味しいんだけど。
そして、
『エイリアン』は卵から産まれないということを、半べそをかきながら嫌というほど学習させられたのだった。
☆★ ☆★ ☆★ ☆★ ☆★
ネタにした映画
「エイリアン」(1979)
(2025年現在 本編映画7本、スピンオフ映画2本です)
カクヨムコン11短編部門参加3本目になります。
そして、『お題フェス』参加2本目です。
1本目は、『彼女との遭遇」
https://kakuyomu.jp/works/822139841667177282
既にお読みいただいていたら、ありがとうございます♪
カヌキさんとミヤコダさんシリーズ以外の短編でも参加しています。もし未読でしたら、よろしければ、読んでみて下さい。
百合×アイドル 6000文字の割に濃厚?(ちょっとH)な、いかにも、うびぞおっぽい話です。
『あなたの特別になりたいあたしは誰かの偶像』
https://kakuyomu.jp/works/16818622172080977946
こちらは、できれば★をちょんちょんちょんとしていただけると嬉しいです(カクヨムコンの時期なので図々しくてすみません)。
うびぞお
彼女が卵を、割ってしまった。 うびぞお @ubiubiubi
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