第5話 美味い飯と暖かい部屋があれば人は動く
「セバス、ヴォルフ、ゲイル。お前ら全員、認識を改めろ」
暖炉の赤々とした光に照らされながら、俺は静かに、しかし力強く告げた。
スープを飲み干し、一息ついた直後のことだ。
「下賤な真似? ガルドの野郎? ……ここでは王子も庶民もない。彼らが私たちをよそ者と邪険にするのは、これまでの国の対応からすれば当然のことだ。まずは彼らと同じ目線になり、アルカスの民を味方につけるぞ」
俺は手に持ったジャガイモを見つめ、言葉を継ぐ。
「この2つのアイテムは、アルカスを冬の飢餓や寒さから救ってくれる。彼らもこの有用性を理解したら、少しは耳を傾けるだろう。その時に上から目線ではなく、協力者として接する。……ここをシンラ最大の都市にするためにな」
(……というのは建前で、単純に人手が足りないからだ。プライドだけで飯は食えないし、魔王軍とも戦えない。使えるものは土下座してでも使うのが、私の流儀だ)
その言葉に、3人の忠臣はハッとした表情を浮かべた。
セバスは居住まいを正し、深く、今まで以上に深く頭を下げた。
「……恥じ入るばかりでございます。亡きお母上様も、身分を鼻にかけることを何より嫌っておられました。アレン様は、まこと王の器であらせられる」
(いや、母さんの話は関係ないんだが……まあ、モチベーションが上がったなら良しとするか)
ゲイルは頭をガシガシとかき、「へっ、一本取られたな。了解だ大将。俺も職人として、あの熊男(ガルド)を驚かせてやるよ」とニヤリと笑った。
ヴォルフもまた、その瞳に静かな熱を宿し、無言で拳を胸に当てた。
その夜、俺たちは暖炉の周りに毛布を敷き、明日のプレゼンに備えて眠りについた。
驚くべきことに、暖炉に入れた数個の石炭は、朝まで尽きることなく熱を放ち続けていた。燃料費削減、素晴らしい効率だ。
***
翌朝。
館の扉がドンドンドンと荒々しく叩かれた。
「おい、生きてるか? 王子様」
ガルドの声だ。予定通り、朝飯時を見計らって来たらしい。
セバスが扉を開けると、そこには厚着をしたガルドと、数人の側近たちが立っていた。外の冷気と共に、侮蔑の色を隠さない表情で入ってくる。
「……おう、死んでねえようだな。死体処理の手間が省け……あ?」
館に一歩足を踏み入れた瞬間、彼らの表情が凍りついた。
ガルドは眉をひそめ、周囲を見回す。
暖かいのだ。
外はまつ毛も凍る氷点下だというのに、この廃屋の中は、まるで春の陽気のようにポカポカとしている。
そして、奥から漂ってくる、暴力的なまでに食欲をそそる香り。
「ようこそ、ガルド。約束通り、挨拶をさせてもらおう」
俺は部屋の中央にあるテーブル——急ごしらえだが、セバスが完璧に磨き上げたそれ——に彼らを招いた。
そこには、湯気を立てる木椀が人数分、並べられている。
「……なんだ、この熱気は。薪を大量に焚いたわけでもなさそうだが」
ガルドは不審げに暖炉の「燃える黒い石」を一瞥したが、俺に促され、警戒しつつも席に着いた。
「まずは冷えた体を温めてくれ。話はそれからだ」
俺は自ら給仕を行い、ガルドの目の前にスープを差し出した。
黄金色の脂が浮き、ゴロゴロとした具材が入った熱々のスープ。
ガルドは喉を鳴らし、スプーンを手に取った。
「……毒が入ってりゃ、俺の部下が黙ってねえぞ」
そう憎まれ口を叩きながらも、彼はスープを口に運んだ。
熱い液体が口内に広がり、ホクホクとした未知の野菜が舌の上で崩れる。
その瞬間、ガルドの動きが止まった。
彼の目が大きく見開かれ、スプーンを持つ手が微かに震える。
(おし、これならいける)
味だけではない。この極寒の地で、「温かい食事」と「満ち足りた暖房」がどれほどの価値を持つか。この地の指導者である彼が、一番理解しているはずだ。
ガルドはゆっくりとスプーンを下ろし、しかし視線はスープに釘付けのまま、低い声で唸った。
「……あんた、俺たちに何を食わせた?」
大広間は静まり返っている。ただ、暖炉の爆ぜる音だけがパチパチと響く。
完全に彼の興味を引きつけた。ここからが本番、クロージングの時間だ。
「これまで不甲斐ない国の対応申し訳なかった。そしてガルド、これまで国に代わって彼らを守ってくれてありがとう」
俺が深く頭を下げた瞬間、大広間の空気が凍りついた。
スプーンを動かす音も消える。
王族が、ただの元軍人くずれや民兵に対して頭を下げる——それは、この階級社会において天地がひっくり返るほどの異常事態だ。
セバスが息を呑み、ヴォルフが目を細め、ゲイルが口笛を吹きかけそうになって止める。
そして何より、ガルド本人が最も動揺していた。彼はスプーンを取り落とし、椅子をガタつかせて立ち上がった。
「……おい、よせ! あんた王族だろ!? 俺たちみたいな連中に頭なんざ……」
俺は顔を上げ、彼の狼狽を真っ直ぐに見据えた。
頭を下げるなんてコストゼロだ。それで交渉が有利になるなら、いくらでも下げる。
「これまでの国の対応を忘れろとは言わない、でも私たちにこの地の統治者として挽回する機会をくれ。ただし、私にも野望がある。それには飢えや寒さにおびえず生活できるとこまでこの地を安定させるなんてことで満足してもらっても困る。この地を爆発的に発展させたい」
俺は暖炉の赤い炎と、空になったスープ皿を指し示した。
「この食料と燃える石はそのためのアイテムだが、私の野望のためにはアルカスの民の全面協力が必要だ。私の野望にはついてきてくれるか?」
言葉を終え、俺はガルドの瞳を覗き込んだ。
同時に、右目に熱を集中させ、【鑑定眼】を発動する。
【鑑定結果:ガルド】
敵意判定:消失(以前:殺気混じりの侮蔑 → 現在:困惑混じりの期待)
感情補足:「こいつは今までの貴族とは違う」「本気なのか?」「この暖かさと飯が本物なら……」
赤い警告色は消え失せ、代わりに淡い青色の光——「信頼の芽生え」が見て取れる。
ガルドは太い腕で自分の顔を乱暴に拭うと、俺の前に歩み寄った。
その巨体は威圧的だが、もはやそこにあるのは暴力の気配ではない。
彼は一つ大きくため息をつき、ドカリと片膝を床についた。
それに習い、後ろにいた部下たちも慌てて跪く。
「……参ったな。美味い飯を食わされ、凍える体を温められ、挙句に王子の謝罪だ。これで『役立たず』はどっか行けと帰ったら、俺はただの恩知らずだ」
ガルドは顔を上げ、ニヤリと不敵に笑った。熊のような男の笑みは獰猛だが、どこか頼もしさを感じさせる。
「いいだろう、アレン殿下。あんたが本気でこの掃き溜め(アルカス)を変えるって言うなら、俺たちの命、預けてやる。その代わり、約束通り『爆発的な発展』ってやつを見せてくれよ? 俺たちは欲張りだからな、今日のスープ以上の夢を見せてもらわねえと満足できねえ」
彼は大きな手を差し出してきた。
貴族の礼儀作法にはない、戦士同士の握手の求めだ。
俺はその手を力強く握り返した。分厚いタコに覆われた、岩のように硬い手だ。
「掃き溜め? バカ言え、3年後にはシンラで一番イケてる都市になってるさ」
俺の軽口に、ガルドは「ハッ、大きく出たな」と笑った。
ヴォルフが満足げに頷き、セバスが目頭を押さえている。
どうやら第一関門である「土地の掌握」は、運命点を1点も消費することなく、俺の誠意(演技含む)と実利(芋と石炭)によって突破できたようだ。
「よし、野郎共! 殿下のために地図と帳簿を持ってこい!」
ガルドが部下を怒鳴りつけた。
さあ、ここからが本当の仕事だ。俺は表情を引き締めた。
「ではまずアルカスの現状を教えてくれ。人口動態、一芸を持った人の情報、抱えてる問題、全てだ。それとこの地はガルドが全て掌握してる一枚岩な環境ってことでいいのか?」
ブラック企業シンラ王国・アルカス支店の再建。
その第一回経営会議が、今ここに始まった。
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