第4話 役立たずは明日までに価値を証明しろ
石炭とジャガイモを馬車に積み込み、一行は再び移動を開始した。
日が完全に落ち、凍えるような闇が辺りを包み込んだ頃、ようやく目的地の領都に到着した。
領都、とは名ばかりだ。実情は、寒村に毛が生えた程度の規模でしかない。
崩れかけた石壁に、窓の少ない陰気な家々。通りを歩く民は皆、痩せこけており、ボロボロの厚着をして身を縮めている。
王都の豪華な馬車が通りかかると、彼らは驚きの表情を浮かべたが、それ以上に露骨な警戒心を向けてきた。
「……歓迎ムードとは程遠いですな」
御者台のヴォルフが低く呟く。
(まあ、そうだろうな。ずっと放置されていた場所に、いきなり「今日から僕が領主です」なんて若造が来ても、税金が増える未来しか想像できないだろう)
馬車は、町一番の高台にある領主の館の前で停止した。
門の前には、松明を持った数人の男たちが立ちはだかっていた。
正規軍の鎧ではない。獣の毛皮を継ぎ接ぎした、いかにも「荒くれ者」といった装備だ。
彼らこそ、この地の実効支配者、ガルドの私兵団だろう。
「止まれ! 何用だ!」
男の一人が粗野な声を上げ、槍を突き出してくる。
セバスが静かに馬車から降り、背筋を伸ばして毅然と告げた。
「控えなさい。こちらは国王陛下よりこの地を賜った新領主、アレン殿下であらせられるぞ!」
その言葉に、兵たちは顔を見合わせ、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべた。
「へぇ、王都の坊ちゃんが本当に来たのか」
「どうせすぐ泣いて帰るんだろ?」
(……テンプレ通りの反応をどうも。まあ、俺でもそう言う)
「——通せ。話は後で聞く」
奥から、腹に響くようなドスの効いた声が響いた。
兵たちが割れ、一人の男が姿を現す。
身長は2メートル近いだろうか。顔には大きな古傷。熊のような巨躯を持つ男、自警団長ガルドだ。
その後ろに、一人の少女が控えていた。
銀髪を一つに束ね、父親譲りの強い眼差しをした娘。歳は俺と同じか、少し下くらいか。粗末な毛皮のコートを着ているが、立ち姿には妙な気品がある。
——綺麗だな。
そんな感想が脳裏をよぎり、俺は慌てて思考を振り払った。
(馬鹿か俺は。カリスマが効かない相手に見とれてどうする)
ガルドは太い腕を組み、値踏みするような視線で馬車から降りた俺を見下ろした。
「俺がここ仕切っているガルドだ。……殿下。あんたがどんな高貴な血筋か知らねえが、ここでは『役立たず』に食わせる飯はねえぞ。挨拶は明日にしようや。今日はそのボロ屋敷で大人しく震えて寝るんだな」
ガルドは鼻を鳴らすと、兵たちを引き連れて去っていこうとする。
完全に俺を「無力な子供」として扱い、相手にする価値もないと判断したようだ。
(カチンとは来るが、正論だな)
実績ゼロ、戦力なし。現時点の俺は、ただの「肩書きだけの若造」だ。
だが、ここで引き下がれば一生ナメられる。かといって、運命点を使って無理やりひれ伏させるのはコストの無駄だ。
俺は冷静に声を張り上げた。
「了解した。ガルド!」
去りかけた巨漢の足が止まる。
「お前からすれば私は何の実績もない『役立たず』でしかない若造かもしれない。それは否定しない。……ただ、立場は王子だ」
俺は背筋を伸ばし、彼の目を真っ直ぐに見据えた。
「明日でいい。最初の挨拶はそちらから館に来てくれ。そこで私の価値を証明しよう。何も価値を示せなかったら、その時は『役立たず』として好きに振る舞ってくれていい」
数秒の睨み合い。
ガルドはつまらなそうに鼻を鳴らした。
「……はん。口だけは一人前だな。いいだろう。明日の朝、飯を食い終わった頃に行ってやる。せいぜい、俺たちを唸らせる『芸』でも用意しとくんだな」
ガルドは兵たちに顎をしゃくり、闇の中へと消えていった。
「……ふぅ」
緊張を解き、白い息を吐く。
ヴォルフが感心したように呟いた。
「……肝の冷える男ですな。並の兵なら立ちすくむところです。殿下、よくぞ一歩も引かずに」
「おし、時間がないぞ。明日に向けて準備を行う」
俺は感傷に浸る間もなく、館の扉を開け放った。
中は酷い有様だった。埃が積もり、家具は朽ち、隙間風が吹き荒れている。気温は外と変わらない。吐く息が白いどころか、まつ毛が凍りそうだ。
「まずは暖を取る。ゲイル、その暖炉だ」
俺は大広間の巨大な暖炉を指差した。ゲイルが枯れ木を集めて小さな火種を作るが、湿気た木は煙ばかり出して中々燃え上がらない。
「まずはその黒い石は『石炭』といってな。説明するより体感した方が早い。これを暖炉にいれて着火してみてくれ」
俺が袋から「黒い石」を取り出すと、ゲイルは「マジかよ」と呟きながらも、それを火種の上に投入した。
最初は何も起きない。石が燻るだけだ。
だが、石が熱を帯び、赤く輝き始めた次の瞬間——。
ボウッ!
低い唸り声のような音と共に、石そのものが青白い炎を上げて燃え始めた。
「なっ……石が、燃えてる!?」
ゲイルが驚きながら叫ぶ。
薪とは比較にならない高熱が放射され、凍えきっていた大広間の空気が、暴力的なまでの熱量で書き換えられていく。
「おいおい、なんだこの熱量は! しかも全然燃え尽きねえ! これがありゃ、凍死なんて言葉はこの村から消えるぞ……いや、それどころか、鍛冶場の炉に使えば鉄の加工温度が段違いだ!」
職人であるゲイルは、即座にその革命的な価値を悟り、興奮で顔を赤らめて石炭を見つめている。
よし、掴みはOKだ。
「これも明日の手土産の一つだが、本命はこっちだ」
暖炉の火が安定したところで、俺は厨房へ向かった。
水場は辛うじて生きている。俺は持参した小刀を取り出すと、泥だらけの「芋」を手に取った。
「殿下、そのような下賤な真似を!」
セバスが慌てて止めに入ろうとするが、俺はそれを手で制して皮を剥き始める。
「この植物は『ジャガイモ』といってな。美味しい食べ方がたくさんあるけど、こういうアルカスみたいな地でも栽培簡単な食糧なんだよ」
俺は手早く芋を乱切りにし、持参していた干し肉と共に鍋に放り込んだ。
「これはスープにでも入れてみんなで食べよう」
「し、しかし毒見もせずに……」
グツグツと鍋が煮える音が、静まり返った館に響く。
やがて、芳醇な香りが漂い始めた。石炭の強烈な火力のおかげで、あっという間に火が通ったようだ。
俺は味見もせず、器にスープをよそった。
「……ふむ。毒見は私が」
セバスがおっかなびっくり、スープをスプーンで掬い、芋をひとかけ口に運ぶ。
咀嚼し、芋を飲み込んだその瞬間、老執事の目が大きく見開かれた。
「——美味、でございます」
その一言を合図に、俺と3人の忠臣によるささやかな晩餐が始まった。
ホクホクとした食感、口いっぱいに広がる大地の甘み。干し肉の塩気と相まって、冷え切った五臓六腑に染み渡るような味わいだ。
「信じられん……あの雑草の根が、これほどの糧になるとは」
ヴォルフは無言で二杯目をよそい、感嘆のため息を漏らす。
「へっ、殿下の『目』はどうなってんだ? 石ころを燃料に変え、雑草をご馳走に変えちまった。こりゃあ、明日のガルドの野郎の顔が見ものだぜ」
ゲイルは口の周りをスープで汚しながら、ニカっと笑った。
暖炉の石炭は未だ赤々と燃え盛り、腹はジャガイモで満たされた。
外は極寒の地獄だが、今この館の中だけは、文明の灯火がともっている。
(コスト、芋と石ころ。効果、部下の士気向上と生存環境の確保。……上出来だ)
俺はスープを飲み干し、明日のプレゼンに向けて思考を巡らせた。
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