第3話 この黒い石と泥だらけの芋が切り札です
王都を出発する際、見送る貴族たちの視線は冷ややかだった。
「可哀想に、貧乏くじを引かされた王子様だ」「生きて戻れるかね」といったヒソヒソ話が、風に乗って耳に届く。
だが、ヴォルフが鋭い眼光を一瞥させると、それらの雑音はぴたりと止んだ。
(優秀な番犬だ。コスパは悪くない)
俺は内心で頷きながら、馬車に乗り込んだ。
王都を出てから10日ほど。
旅路は順調だが、北へ向かうにつれて風は冷たくなり、景色から緑が消えていった。
大型の馬車の中、俺は対面に座る3人に声をかけた。
「今の状況を整理したい。アルカスはどういう地で、他陣営はどういう状況だ?」
まず、老執事セバスが口を開く。揺れる車内でも完璧な手つきでお茶を淹れながら、彼は淡々と報告した。
「まずは我が領地、『アルカス』について。北の軍事国家エンヴァとの国境に接する山岳地帯でございます。冬は長く、雪に閉ざされ、作物は育ちにくい……率直に申し上げて、貧困地帯です」
セバスは地図上の北端を指差す。
「最大の問題は『統治の不在』です。長い間、王家はここを放置しておりました。そのため、現地の自警団長『ガルド』という男が、実質的な支配者となっております。彼は元軍人で腕も立ち、民からの信頼も厚い。まずは彼をどう御するか、それが最初の壁となります」
続いて、武官ヴォルフが腕を組み、低い声で補足する。
「軍事面でも懸念があります。アルカス周辺は魔物や盗賊の温床。ガルドの私兵団がなんとか抑えていますが、正規軍の駐屯はありません。一方、ライバルとなる第一王子ヴァリウス様は、南部の穀倉地帯と砦を任されました。スタート時点での戦力差は歴然です」
最後に、技師長ゲイルが窓の外の荒野を眺め、皮肉っぽく笑った。
「第三王子リアン様は、西の商業都市に近いエリアだそうで。あそこは金が回る。すでに商人たちを囲い込んでるって噂だ。……で、俺たちのアルカスはこれだ。岩と枯れ草ばかり。ま、俺の目から見ても資源なんてありそうにない不毛の大地ですがね。殿下はここで何を見つけようってんです?」
ゲイルの言葉通り、車窓には絶望的なまでに荒涼とした岩肌が広がっている。
だが、俺の脳内にある『資源知識』のマップは、この荒野の地下に眠る「燃える石(石炭)」と「大地の果実(ジャガイモ)」の存在を、強烈な光点で示していた。
ヴォルフが地図上のアルカスを睨みながら言う。
「到着まであと少し。現地に入れば、ガルド一派の洗礼を受けることになるでしょう。殿下、彼らに対してどのような態度で臨まれますか?」
俺は少し考え、答えた。
「ガルドか。特に悪い評判も聞かないし、悪代官というよりは信頼のおけそうな者のようだな。我が陣営は人員不足のため是非味方につけたい」
俺は窓の外を見る。
「ただ、王子という立場だけ持って無策で行っても、ヴォルフの言う通り『私たちは見捨てておいて今更何しに来たよそ者が』くらいにしか思われず上手くいかないだろうな」
何の実績もない若造がいきなり上司面をしたところで、現場叩き上げのリーダーが従うはずがない。これは現代の組織論でも同じだ。必要なのは「肩書き」ではなく「利益」の提示だ。
「ガルドに会う前に、一度寄りたい場所がある。私の見立てではこの荒野の地下に、この絶望的な状況を打開するためのカギがあるはずだ」
俺の指示で、馬車は街道を外れた。
御者が不安げに馬を御し、道なき道を進むこと数時間。いよいよ馬車では進めないほどの悪路となり、俺たちは徒歩で移動を開始した。
アルカス領の入り口付近。
吹き付ける風は冷たく、地面は凍てついた岩と砂利ばかり。
「……殿下。申し上げにくいのですが、この辺りは魔物の縄張りです」
ヴォルフが剣の柄に手を掛け、周囲を警戒する。セバスも寒さに身を震わせながら、俺の背中に「正気ですか?」という視線を投げている。
だが、俺は止まらない。
視界の端に、俺にしか見えない「マーカー」が点滅しているからだ。
『資源知識:黒い石(石炭)/埋蔵量:極大/深度:地表露出あり』
「ここだ」
俺が足を止めたのは、黒ずんだ岩肌が剥き出しになった崖の前だった。
一見、何もないただの岩場だ。
技師長ゲイルが、持参したつるはしを肩に担ぎ直し、呆れたようにため息をついた。
「おいおい、殿下。冗談だろ? 俺の目は誤魔化せねえぞ。ここはただの玄武岩と堆積岩のクズ山だ。金も銀も、鉄すら出やしねえ。まさか、『ここからの眺めが良いから観光しよう』なんて言うんじゃありませんよね?」
ゲイルは足元の小石を蹴飛ばした。カラン、と乾いた音が寒空に響く。
3人の忠臣たちは、疲労と寒さ、そして「若き主君の奇行」に対する困惑の色を隠せない。
しかし、俺の目にははっきりと見えている。ゲイルが蹴飛ばしたその足元の岩陰に、黒く鈍い光沢を放つ「燃える石」の鉱脈が、わずかに顔を出しているのが。
「ゲイル、そこの黒い石をいくつか取ってくれ。拠点に戻ったらこれの有用性は説明する」
俺が指差すと、ゲイルは「へいへい」と肩をすくめ、足元の黒い塊をいくつか拾い上げた。
「ただの燃えカスみてえな石ですがね。……っと、結構重いな。これで漬物石でも作る気ですか?」
彼は文句を言いながらも袋に詰め込む。SSRの忠誠心、素晴らしい。
俺は周囲を見渡した。次だ。食料問題の解決策。
マーカーは、崖下から少し離れた乾燥した土手を指し示している。一見すると、枯れた雑草がへばりついているだけの場所だ。
「他にも植物が近くにあるはずだが、なにか見当たらないか?」
3人が首をかしげる中、俺はそこへ歩み寄った。
そしてヴォルフに向かって手を差し出す。
「ヴォルフ、剣を貸せ」
「は? 殿下、魔物ですか!?」
「いや、スコップ代わりにする」
ヴォルフが「国宝級の名剣をなんと心得る」と言いたげな顔で硬直したが、俺は構わず剣を受け取り、自ら土を掘り返し始めた。
「殿下!? 手が汚れます!」とセバスが慌てて止めようとするが、俺は止まらない。
ザクッ、ザクッ。
凍てついた土を数回掘り返すと、ゴロンと土塊が転がり出た。
泥にまみれた、拳大の茶色い塊だ。
「……なんだこりゃ。石か? いや、植物の根っこか?」
ゲイルがその塊を拾い上げ、爪で泥をこそげ落とす。
それは、現代日本でよく見た「ジャガイモ」そのものだった。ただし、野生化しているためか形は不格好で、皮は厚く、ゴツゴツとしている。
「殿下、これは……毒草の根ではありませんか?」
セバスが不安げに尋ねる。
だが、俺の『鑑定眼』と『資源知識』は、これが栄養価満点の「大地の果実」であることを保証している。しかも、一つ掘ればその下には無数の芋が連なっていた。
この一帯の枯草の下には、数千、数万の民を養えるだけのカロリーが眠っている。
俺はニヤリと笑った。
(勝ったな。これで冬を越せる)
「とりあえず、確保だ。袋いっぱいに詰め込め」
俺の指示で、ヴォルフとゲイルは不満そうながらも袋いっぱいに芋を詰め込んだ。
石炭とジャガイモ。この二つの「泥だらけの宝」こそが、俺の王位継承戦における最強の武器となるはずだ。
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