第2話 運命点の使い方を実験してみた結果

意識が浮上すると、そこは豪奢な天蓋付きベッドの上だった。


「……なるほど、ここがシンラ王城か」


俺は身支度を整えながら、視界の隅にあるアイコンに意識を集中させた。あのジャージの神が言っていたステータス画面が脳裏に浮かび上がる。


【ステータス確認】

名前: アレン(シンラ国王第三子)

年齢: 16歳

保有運命点: 550点

特殊能力:

鑑定眼

資源知識(未発掘):領地アルカスに眠る『燃える石(石炭)』と『大地の果実(ジャガイモ)』の場所を把握済み。

状態異常:

不完全なカリスマ: 50点分のみ適用。民衆や部下(男性・高齢者)からは「なんとなく好感が持てる」と評価される。ただし、「恋愛対象となる異性」に対しては効果が完全に消失しており、単なる「顔のいい凡人」として扱われる。


「……は?」


俺は鏡の中の自分——なかなかの美少年——を見つめ、絶句した。

効果が半分になるんじゃない。「異性への効果が消失」?

つまり、俺はこれから男と爺さんにはモテるが、ヒロイン候補からには何の意味もないのか?


「ふざけんなよあのクソ神……! 50点ケチっただけでこの仕打ちか!」


「……アレン様、お支度は済みましたかな?」


状況を飲み込めずプチパニックになっていると部屋の扉がノックされ、3人の男が入ってきた。

神が用意した「初期セット」の従者たちだ。俺は瞬時に「理想の王子」の仮面を被り、振り返った。


「ああ、問題ない」


入ってきたのは、白髪を綺麗になでつけた老紳士、筆頭侍従セバス。

身長190cm近い巨漢だが知的な顔つきの武官、ヴォルフ。

そして、油と鉄の匂いが染み付いた職人肌の男、技師長ゲイル。


「お母上様の忘れ形見である貴方様を、このセバス、地獄の果てまでお守りします」

「殿の目指す『守るための戦い』、このヴォルフの剣と知略にて支えましょう」

「へっ、殿下みたいな変わり者に仕えることになるとはな。ま、退屈はしなさそうだ。俺の腕、好きに使ってくれ」


3人の忠臣が、俺の前に跪く。

鑑定眼で見るまでもなく、彼らの忠誠度はカンストしているようだ。300点払った甲斐はある。


「3人とも辺境までついてきてくれて感謝する。ここから3年間、誰よりも成果を上げるぞ。……ではアルカスに向かうか」


俺の力強い宣言に、3人は深く頭を下げた。


「はっ。馬車を回して参ります」とセバスが一礼し、彼らが部屋を出て行く。

重厚な扉が閉まり、足音が遠ざかったのを確認した瞬間——俺の仮面が剥がれ落ちた。


「てかなんで異性への効果消してんだよぉぉぉおお!! 効果半減って言っただろ! 何もかも適当かよ、あのクソ神が!!」

俺はクッションをベッドに叩きつけ、天井に向かって吠えた。虚しい叫びが王族の私室に吸い込まれていく。

……気を取り直そう。嘆いていてもイケメン(実質モブ)にしかなれないが、王にはなれる。

俺は乱れた服を整え、深呼吸をしてから部屋を出た。


さて、出発前にやっておくことがある。

この『運命点』の使用感を確かめておきたい。550点を握りしめたまま、使い方も分からず戦場に出るのは愚策だ。


廊下を歩きながら、俺は意識を集中させた。

運命点の操作は「こうなってほしい」と念じながら消費量を指定する方式らしい。脳内インターフェースは意外と直感的だ。


その時、磨き上げられた大理石の床で足がツルッと滑った。


(やば——)


咄嗟に【1点消費:転倒回避】と念じた瞬間、体が勝手にバランスを取り、何事もなく次の一歩を踏み出していた。


【消費:1点 残:549点】


「……おお」


意識するより先に体が反応した。1点でこの精度なら危機回避として十分だ。

俺は次の実験対象を探しながら歩を進めた。


すると、廊下の向こうから父王が側近を従えて歩いてくるのが見えた。

出発前に顔を合わせるのは想定外だったが、ここは挨拶しておくべきだろう。


「父上、おはようございます。本日、アルカスへ出立いたします」


俺は足を止め、一礼した。

父王はちらりとこちらを見たが、歩みを緩めることなく通り過ぎようとした。


「ああ。……行ってこい」


素っ気ない、それだけの返答。側近たちも「第三王子か」という程度の視線を向けるだけだ。

まあ、予想通りではある。末っ子の、しかも側室の子など、父王にとっては優先順位が低いのだろう。


だが、このまま終わるのは惜しい。

俺は咄嗟に【3点消費:次の一言で好印象を与える】と念じた。


「父上。アルカスの地で必ず成果を挙げ、シンラの北辺を盤石にしてみせます」


言葉が自然に出た。声の張り、視線の角度、自信と謙虚さのバランス——全てが噛み合う感覚。

父王の足が止まった。


「……ほう?」


振り返った父王の目に、わずかな興味の色が浮かんでいた。


「貧乏くじを引いたと嘆くかと思ったが、存外、腹が据わっているな」


「恐れ入ります」


父王はしばし俺を見つめた後、口元をわずかに緩めた。


「……期待せずに待っていよう」


それだけ言い残し、父王は側近たちと共に去っていった。

だが、確かに空気が変わった。側近の一人が振り返り、「なかなかどうして」という顔をしている。


【消費:3点 残:546点】


(いいぞ。これは使える)


最初の反応と、3点使った後の反応。明らかに違った。

しかも不自然さがない。あくまで「俺の言葉がうまく刺さった」という範囲に収まっている。交渉や政治でも使えそうだ。


と、その時。廊下の角から若い女性使用人が歩いてきた。

栗色の髪の清楚な娘だ。俺と目が合い、軽く会釈して通り過ぎようとする。

俺の中で悪魔が囁いた。


(……試してみるか?)


カリスマ半減は「恋愛対象の異性には効果なし」だった。だが運命点なら突破できるのでは?

俺は【5点消費:この女性に好印象を与える】と念じた。


「おはよう。今日も早いね」


完璧な笑顔と声色。さっきと同じ、全てが噛み合った感覚——


「……あ、はい。おはようございます、殿下」


ごく普通の会釈。それだけだった。


【消費:5点 残:541点】


「…………」


5点使って「礼儀正しい王子様ですね」程度の反応。父王への3点が効きすぎていただけに、この落差は堪える。

つまり、好印象系の効果が恋愛対象相手だと大幅に減衰するわけだ。5点で「普通」なら、「惚れさせる」には数百点か?


……やめよう。コスパが悪すぎる。


俺は心に誓った。運命点は政治・軍事・経済に使う。恋愛には一切投資しない。モテたければ実力で口説く。

これが転生初日にして俺が学んだ最大の教訓だった。

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