恋愛のコスパが悪すぎるので、浮いたポイントを内政に全振りします ~効率重視で塩対応していたら、いつの間にか「稀代の名君」と崇拝されていました~

@ryoma_

第1話 過労死したら神様にブラック案件を押し付けられた

目が覚めると、そこは四畳半だった。

足元には畳、中央にはちゃぶ台。

そしてその向かいには、青いジャージを着た若い男が座り、ズズッと音を立てて湯呑みを啜っている。


「あー、おはよう。2025年の日本から来た君だね。お疲れさん」


男は気だるげに片手を挙げた。

俺は状況を理解しようと脳をフル回転させる。

直前の記憶は……メーカーの研究室。連日の徹夜。エナジードリンクの過剰摂取。そして、胸を鷲掴みにされるような激痛。

つまり、過労死か。

となると、ここは死後の世界。目の前のジャージ男は——。


「自称・神様ってとこだ。察しが良くて助かるよ」


心を読まれた。

神は手元のクリアファイルをパラパラとめくる。表紙には太いマジックで『シンラ王国・転生案件(至急)』と書かれていた。至急かよ。


「君にはこれから『シンラ王国』の第三王子になってもらうから。名前はアレン。年齢は16歳」


「……」


「で、君のミッションはこの国を強くして、10年後に攻めてくるヤバい魔王軍を撃退すること。以上」


神は手元のカゴからミカンを一つ放り投げ、空中で見事にキャッチした。


「でも君、能力は『平凡』なんだよね。剣の才能なし、魔法の才能も並。一方で、ライバルとなる兄たちは超優秀だ。長男は28歳の武人肌、次男は24歳の策士。どっちも君のことは眼中にない」


俺の口はまだ動かない。金縛りのようだ。神は構わず続ける。


「おまけに、君に与えられる領地『アルカス』。これがまた酷い。北の辺境で、冬は極寒、土地は痩せこけてる。しかも、現地じゃ『ガルド』っていう元軍人の自警団長が実効支配してて、領民は誰も王家なんて信じてない」

「……」

「しかも3年後に王位継承があるんだよねー。各王子に辺境領地を与えられ、3年間の経営成果を貴族に評価されて決まる。つまり3年以内に成果を出さないと王にはなれない。……まあ、控えめに言ってハードモードだね」


神はニヤリと笑った。


(……ブラック案件すぎるだろ!コストとリスクが見合ってない)


俺が内心で毒づくと、神は「ま、そう言うな」と手元の湯呑みを置いた。


「で、君にはこれ。『運命点』を1000点あげちゃう」

空中に半透明のウィンドウが浮かび、【所持運命点:1000】という数字が表示される。


「普通の人は10点くらいしか持ってないし、自分の意志では使えないんだから破格のサービスだよ? これを使えば、因果律をねじ曲げて奇跡を起こせる。ただし、魔王討伐までの道のりを運命点のみで切り抜けようとしたらざっと5000点は必要になる計算だから、無駄遣いは厳禁ね」


1000点しかないのに、クリアには5000点必要。

つまり、運用で稼げということか。投資詐欺のような話だ。

俺が抗議の視線を向けると、彼は「ちっ」と舌打ちをして、面倒くさそうに頭を掻いた。


「……わーったよ。確かにいきなり一人じゃ無理ゲーか。じゃあ、サービスで一人だけ、『とびきり優秀で忠実な部下』をつけてあげる。ポイント消費はナシでいいよ」


神は指をパチンと鳴らす。


「『筆頭侍従セバス』。君の亡くなった母親に仕えていた老執事だ。戦闘力はそこそこだけど、内政と事務処理能力はピカイチ。何より、君のためなら泥水でも啜る忠義者だ。これなら文句ない?」


神はちゃぶ台に肘をつき、俺を見据えた。


「さて、基本セットはこんなもんだ。ここからが本題。君、まだ何か欲しい? 能力とか、アイテムとか、都合のいい設定とか。今なら『運命点』を支払うことで、追加オプションをつけられるよ。ただし、ここで使いすぎると後で泣くことになるけどね。どうする?」


その瞬間、喉の奥のつかえが取れたような感覚があった。金縛りが解けたのだ。

俺は大きく息を吸い込み、まず真っ先に叫んだ。


「やっと話せるようになった! これが異世界転生ってやつか! てかなんでそんなハードモードなんだよ!」


俺は研究職だ。データの整合性が取れないプロジェクトには参加しない主義なんだ。

優秀すぎる兄、終わっている領地、平凡なスペック。そして魔王軍の襲来。


デスマーチ確定のプロジェクトじゃないか。


「これ受けないとどうなる?」


俺はちゃぶ台を挟んで、神を睨みつけた。

まずは条件闘争だ。拒否権の有無と、そのコストを確認しなければ交渉は始まらない。


神は「やれやれ」といった様子で、飲み干した湯呑みをちゃぶ台に置いた。


「いや、声が出なかったのはロード中だったからだし。ハードモードなのは、そりゃあ世界が滅びかけてるからだよ。平和な世界に勇者派遣してどうすんのさ。需要と供給ってやつ」


彼は面倒くさそうに小指で耳をほじり、その指先をフッと吹く。その仕草には、人の命運を握る者の威厳など欠片もない。


「で、拒否権についてだけど。もちろんあるよ。ウチはブラック企業じゃないんだから」


神はニッコリと、しかし全く目の笑っていない営業スマイルを俺に向けた。


「この案件を蹴るなら、君は『通常ルート』行きだ。記憶を全部消去して、魂を洗濯して、次の生命になる。次はそうだなぁ……順番待ちの状況からすると、深海で熱水を噴き出すチムニーにへばりつくバクテリアか、運が良ければアマゾンの蝉かな。もちろん、自我も知性もナシだ」


彼は手元のクリアファイルをパタンと閉じる。


「一方、こっちの案件なら、苦労はするけど『人間』として、『王族』として、しかも『チート(運命点)』付きで第二の人生が送れる。かわいい女の子とも知り合えるかもしれない。……で、どっちがいい?」


「……ほう? 悪くない条件だ」


俺は深く溜息をついた。

正直、前世の激務で擦り切れた精神には、何も考えずに深海の底で揺蕩うのも悪くない気がした。

だが、「かわいい女の子」というワードが、前世で女性とは無縁の人生だった俺の本能を刺激する。

神は再びちゃぶ台に肘をつき、俺の顔を覗き込んだ。


「ま、落ち着いて考えなよ。俺は暇だからさ」


「てか忠臣一人だけじゃなくてもう一声くらいサービスがあってもいいくらいのハードぶりだろ。あと、運命点の相場ってのはどんなもんなんだ?」


俺は畳みかけるように、気になっていた疑問をぶつけた。

神が指を振ると、空中にホログラムのようなメニュー画面が投影された。


【運命点プライスリスト】

・1〜5点: 「おっと危ない!」で済むレベルの不運回避。

・10〜30点: 「まさかここで援軍が!?」レベルの展開操作。

・100点: 「即死級の魔法を紙一重で回避」等の生存本能ブースト。

・300点: 気になるあの子とデートの約束を取り付ける。

・1000点: 告白成功。(※ただし相手による)


「見ての通り、色恋沙汰はボッタクリ価格だ。世界を救う英雄も、女心だけは奇跡の無駄遣いをしないと動かせないってことさ」


「なんで1000点で告白成功確定じゃないんだよ!」


俺の抗議に、神は正論で返す。


「『告白成功1000点』が高い理由? そりゃお前、人の『自由意志』を永続的にねじ曲げるからだよ。自然に口説き落とすなら0点で済む話だ。自分を磨け、自分を」


正論を言われると腹が立つ。


「なぁ、そもそも俺が王になる必要あるのか? 優秀な兄貴たちがいるなら、俺はどちらか強そうな方に味方して、その下で楽隠居するんじゃダメなのか?」


それこそが最適解だ。王なんて激務、好き好んでやるもんじゃない。

だが、神は冷ややかに首を横に振った。


「それも可能だよ。でも、言ったろ? 10年後に魔王軍が来るって。君以外の兄弟が王になった未来のシミュレーション結果……勝率は0%だ。彼らは優秀だけど、魔王軍の『理不尽』には勝てない。国が滅びれば、君も当然死ぬ」


逃げ道なしかよ。

つまり、俺が王になって国を改造しない限り、バッドエンド確定というわけだ。


「ちなみに魔王軍との戦力差は?」


「基本レートは『魔人1体 = 人間の精鋭兵10人』ってとこだな。まともに正面からぶつかれば人間側はプチプチ潰されて終わりだ。……だから君には、剣一振りで無双するんじゃなく、国そのものを武器にして戦ってもらう」


「……詰んでるな」


「だからこその『運命点』さ。で、追加サービス? ……たく、強欲なやつだな」


神は渋い顔をしつつも、何かを操作した。


「じゃあ『鑑定眼』くらいはオマケしてやるよ。相手の『名前』と『大まかな敵意の有無』くらいは分かる能力だ。政治劇には必須だろ? あ、スキルもあるけど、この世界の『スキル』ってのはゲームみたいな必殺技じゃないぞ。単なる習熟度や適性だ。君の『運命点』みたいなチートとは別枠の、地味な話だと思ってくれ」


彼は「これ以上はナシな」と手でバツ印を作った。


「……まあ、いいだろう。鑑定眼は助かる。

追加オプションに話を戻すが、最初のスキルとか有能な部下とか、配属される領地ガチャみたいな相場は?」


神は再び指を鳴らして価格表を更新した。


【初期ステータス・オプション】

・領地ガチャ(SSR確定):300点

今の「貧乏・危険・民心ゼロ」の領地を、「資源あり・安全・民心そこそこ」の優良物件に変更する。イージーモード化。

・武の才能(達人級):200点

剣を持てば騎士団長クラスと渡り合えるセンスを付与。

・魔の才能(天才級):250点

生まれつき強大な魔力を持たせる。魔王軍幹部とも戦えるポテンシャル。

・追加の人材(SSR):150点

執事セバス以外に、もう一人、即戦力の忠臣(武官か文官)をつける。

・容姿端麗(カリスマ):100点

第一印象が抜群に良くなる。民や異性からの好感度ボーナス。


「……とまあ、相場はこんなもんだ。君の財布(1000点)と相談だな」


神はニヤリと笑った。


「全部取ったら残高カツカツで、最初のイベントで死ぬかもしれないぞ? もちろん、何も取らずに『鑑定眼』と『執事セバス』だけで、1000点温存してスタートしてもいい。さあ、買い物タイムだ。どうする?」


俺は少し黙って考え込んだ。

個人の武力は意味がない。必要なのは「国力」だ。ならば、投資すべき対象は決まっている。

俺は顔を上げ、堂々と注文を告げた。


「では、以下のオプションを買おう」


俺は指を3本立てた。


「一つ。領地の資源(100点)。危険度や民心は今のままでいい。ただし、誰もまだ見つけていない、俺だけが把握している『未知の資源』を付与しろ。現代常識だと当たり前だけど、この世界にはない『食』と『武器』に関する重要資源を1つずつだ。調味料じゃなく、しっかり腹が膨らむやつな」


「ほう、資源ガチャか。いいだろう」


「二つ。追加の人材(300点)。武や戦術に優れた武官の忠臣と、この時代基準では考えられない最高峰の技術を持った職人の忠臣をつけてくれ。もちろんSSRなんだから、コミュ力や人間性も並み以上で頼む」


「……300点ブッこむねぇ。セバスと合わせて側近3人体制か」


そして最後の一つ。俺は少し言い淀んだが、ええい、ままよと告げた。


「三つ。カリスマ(50点)。……やっぱ人望は集めやすくしておかなきゃね。抜群じゃなくとも、これはほどほどに必要だよ、うん」


神は電卓を弾き、俺の注文を復唱した。


「領地に『未知の資源』で100点。SSRの忠臣二人追加で300点。そんで……カリスマに50点? あー、はいはい。100点じゃなく50点ね。値切るねぇ」


神はニヤリと意味深な笑みを浮かべたが、すぐに真顔に戻り「まいどあり」と空中のウィンドウに承認印を押した。


【消費運命点:450点】

【残運命点:550点】


「合計450点。残りは550点だ。この残高がゼロになったら、奇跡のバーゲンセールは終了。あとは自力でなんとかするしかないからな」


彼は立ち上がり、ジャージのズボンをパンパンと払った。

そして、去り際に思い出したように付け加える。


「あ、そうだ。最後に一つ業務連絡。君がこれから使う『運命点』の判定だけど、俺がいちいち見てると手間だから、最新のAI判定システムを導入しといたわ」


「AI判定?」


「そう。消費量に見合った効果が出るか、あるいは不発に終わるか、そのAIがシビアに判定して現実を書き換える。俺への情けは通用しないから、計算して使えよ?」


神は俺の背中をバシッと叩いた。

強烈な衝撃と共に、俺の体は扉の向こうへと吸い込まれていく。


「んじゃ、いってらっしゃい! 第三王子『アレン』君!」


視界が真っ白に染まった。

ブラック企業顔負けのデスマーチ案件、異世界転生生活の始まりだ

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