第3話
『生徒の皆さんにお知らせです。ただ今、校内に不審者の侵入が確認されました。生徒の皆さんは、落ち着いて職員の指示に従ってください――……』
一年三組、出席番号三十四番、
「なにこれ?」
皆川奈都と言えば、一年三組のムードメーカー的存在だ。明るく、陰陽の隔てなく誰にでも平等に接し、オシャレにもそこそこ気を遣う彼女は男女問わず人気が高い。唯一の悩みと言えば、関西の生まれということもあり、周りに誰がいようといなかろうとツッコむべきところにはツッコまずにはいられない性分くらいか。
「こんな早朝に避難訓練してどうすんねん」
ツッコんでみたものの、自分の勘が告げている。これは、激務に頭をやられた教員の渾身のボケでもなければ、無人の教室で話し相手に飢えた自身が作り出した幻聴でもない。なぜなら、放送はまだ繰り返されているからだ。
『繰り返し、生徒の皆さんにお知らせです。ただ今、校内に不審者の侵入が確認されました――』
これが事実なら、奈都は今すぐにロッカーか、教卓の下にでも隠れて然るべきだ。自衛の策としてはお粗末だが、しないよりはマシ。しかし、奈都は自席から動かない。現実感が無いのだ。いや、それ以上に腹立たしいのだ。
「なんやねん、それ」
奈都はだんだん面白くなくなってくる。
夏休み明けイチの話題は、自分がかっさらうはずだったのだ。チヤホヤされていい気分になるはずだった。なにせ、夏休み中に行われたインターハイで、自分は短距離全国三位の栄冠に輝いた。一年生で三位だ。これがどれだけすごいことなのか、いちいち説明するまでもない。陸上部のグループラインではもう散々称賛されつくしたが、称賛というのはいくらされてもいいものだ。
あとは、どれだけさりげなく、その話題に自ら水を向けるか。それだけだったのに、こうなってしまってはどうあってもこの話題は霞む。
ガラリと教室の前扉が開かれた。すわ不審者かと、不機嫌な奈都もさしもの身構えかけたが、どうやらそうではないらしい。そこには見知った顔と、しかし一か月ぶりの再会となった。
「はよー、
「おはよ。朝早いの変わんないね」
青みがかった黒髪と、色素の薄い肌の色がナチュラルハーモニーを奏でている。一七〇センチジャストの長身は、脚の長さと引き締まった体躯によって、彫刻めいた神秘性すら秘めている。
極めつけはその顔の良さだ。顔が小さく見目が麗しいことはもちろんとして、怜悧な表情からごくまれに零れる笑みを目の当たりにする幸甚に与った暁には、恋に落ちない男はいない……。
……というのが、この市立北上高校の全男子の総意、らしい。
アホばっかや、と奈都は呆れかえるが、しかし同時にそれもあながち間違いではないのだ、とも思う。同性から見ても整った顔立ち、見事なシルエット。嫉妬を抱くどころか、よくできた芸術品だと拝観料を投げたくさえなる。
「聞いた?」
「……聞いたよ、変な校内放送でしょ?」
「それっぽいのおった?」
「さあ、私は見なかったな」
鞄を自席に置きながら、淋漓はクールに返した。人間味の薄い態度だが、これが平常運転であることを知っている奈都は特に気にした様子もない。
「そか。どうせティックトックとかでバズるためとか、そういうアホやろな」
「ティック、なに?」
「ティックトック」
「……なにそれ」
「知らん? ウソやん。ホンマに同い年? インスタは?」
「……たまになら食べるけど、身体に良くないよ」
「誰がインスタントラーメンのことインスタ言うねん。アプリやアプリ! こういうの!」
奈都がスマホを取り出して淋漓に見せてやる。しかめっ面をしながらしばらく画面を眺めていたが、淋漓は興味なさそうに「へえ」と呟くだけだった。
「まあ、なんにしてもこんな放送するくらいやから、これがホントなら、先生方が今頃は不審者を掴まえて――」
ガラリ。教室の後ろ扉が開く。与太話をしているうちに、クラスメイトがまた一人登校したようだ。二人がそちらに目をやると、
「シュコー……シュコー……」
フルフェイスヘルメットに蛍光色のジャケット、エルボーガード、大きなリュックを二つ背負った、ザ・不審者が立っていた。背は大きい。長身の淋漓を凌ぐ一八〇センチ越えだ。
「なんやコイツぅ⁉」
不審者が奈都を見た。まるで気軽に挨拶でもするように片手をあげると、ヘルメットを取ろうとするが、なにかがつっかえているのかどうしても取れない。
「止まれえぇぇぇーい!」
ヘルメット相手に四苦八苦している不審者の後ろから、ドタバタと複数人の足音が聞こえてくる。男性教師のものだった。数学の小山田、世界史の山西、英語の新山だ。言わずと知れた北高のマウンテンズ。その中でも一番年若い小山田が、さすまたを持って及び腰に不審者と相対する。
「ここは神聖な学び舎、貴様のような不審者は即刻出て行け!」
小さな体で虚勢を張る小山田に、不審者はポカンとした様子で首を傾げる。不審者? 俺が? とでも言いだしそうにしている。いや、実際言ったのだろう。だが、声はくぐもってこの場の誰にもまったく聞き取れなかった。
「警察も呼んである! 観念してお縄につけぇい!」
先手必勝とばかりに小山田が突っ込むが、不審者は重装備のわりに軽快な身のこなしで、それをジャンプ一つで華麗に躱す。小山田が勢いのあまり躓いて転ぶと、運の悪いことに不審者がその上に着地。「きゅっ」と鳴いて、小山田は気を失った。
小山田、散る――。
「チッ、きえぇぇぇぇぇぇぇぇーい」
「あ、あちょおおぉぉぉぉぉぉぉぉ」
連山の一角が倒れ伏したことで、残りの山々も突撃を敢行する。さすがに多勢に無勢は分が悪いと踏んだか、不審者は狭い教室を逃げ回る。
机が倒れる。椅子が吹っ飛ぶ。
新学期、意気揚々と登校してくる生徒をキレイに清掃されて待っていた机と椅子は、見るも無残に荒らされていく。
「取った!」
山西が通信教育で習得したという少林寺拳法で不審者の気を惹いているうちに、挟み撃ちの要領で背後から忍び寄っていた新山が不審者のリュックに手をかける。リュックから伸びている紐のようなものを引っ張り、身柄を手繰り寄せようとする。
が、
「どわっ!」
それは不審者が装備していたパラシュートの起動コードだった。キャノピーが新山をあっという間に包む。が、それに引っ張られて、不審者も体勢を崩す。と、二つあったリュックの内のもう一つの中身が、ばらばらと宙を舞った。
それは、テキストやノートブックのように見えた。
淋漓の足元にもノートが滑ってきた。それを拾い上げ、何気なく表紙に目を落とす。
「丸茂、圭太……?」
不審者を抑えて勝鬨を挙げる山西の膝下。
フルフェイスの不審者が、うつ伏せになりながらガクガクと激しく首肯していた。
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