一ニ三五村のどろどろ様

綺村 亮介

第1話 プロローグ

■プロローグ


一人の老人が、苦しそうに心臓を押さえたまま倒れた。


 それは2025年12月29日月曜日、午後5時30分前後、渋谷のスクランブル交差点での出来事だった。

 帰宅ラッシュということもあり、多くの人々が目撃し、スマホで撮影する者も多かった。


 すぐさま病院に搬送されたが、そのまま亡くなってしまった。心不全だった。

 身分証を持っていなかったことから、ホームレスだろうと断定された。

 ホームレスの病死。ニュースにもならない、よくある話。

――それで終わるハズだった。


 事態が急転したのは、とあるYouTuberの投稿がきっかけだった。

 特徴的なヒゲと人相から、桂小五郎の弟分とも呼ぶべき人物、『桂太郎』ではないか? とトンデモナイ推測をしたのだった。


 桂太郎とは、1898年に第1次大隈内閣で陸軍大臣を務めた人物だ。

 もし生きているとすれば、170歳は超えていることになる。


 SNS全体がバカバカしいと笑ったが、維新三傑である桂小五郎というビッグネームもあって、一時的なトレンド入りとなった。

 別に誰も信じてはいない。面白いから話題に乗っているだけだった。


ただ……駆けつけた救急隊員は後にこう語った。

「その老人はスーツを着ていて、ホームレスとは思えないほど身なりがキレイでした。後で知ったのですが、いわゆる閣僚御用達のブランド品だそうで。フルオーダーで百万超えですよ? とんでもないですよね」


 それから声を潜め、

「正直な話、私はホームレスではないと思ってます。うっかり見てしまったのですが、財布の中にあの戦車も買えるっていうブラックカードが何枚も入ってたんですよ? それなのに身元不明だなんて、誰かが隠しているとしか思えません」


 そして鼻で笑いながら、

「案外、SNSのウワサは本当なのかも。……知りませんか? 不老不死のウワサですよ。人魚の肉でも食べたんじゃないかって。――ああ、心不全で亡くなってるから、不死ではないのかな?」


 他に何か覚えていないかと尋ねられると、救急隊員は思い出したと言わんばかりに手を叩き、

「そういえば……ご臨終の直前に、聞いたこともない言葉を呟いていました」



「【どろどろ様】に会いたい、と――」

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一ニ三五村のどろどろ様 綺村 亮介 @kimura_ryousuke

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