第5話 モンスター討伐で実戦経験を積もう

──今日は町の外へとモンスター討伐に出ることにした。



時刻は昼前。

片手剣を買った、その次の休みの日のことである。

目的は実戦経験を積むことだ。

剣礼試験における実技試験には実戦の項目がある。

これは装備一式を貸し出されての対人戦となるのだが、試験を受ける大半の平民たちは武器を買う金も対人訓練を積む機会もないので、ここでふるいにかけられてしまうらしい。

万全を期しておくに越したことはない。



「何を調べに出るのかは知らんが気をつけな、学者さん」



町の門を出る際に、外壁の防衛任務に従事しているのだろう騎士の男が声をかけてくる。

はて?

なぜ学者だとわかったのだろう……と考えて、騎士の視線が私の手に持つ <モンスター図鑑>に向いていることがわかった。

ああ、このせいか。



「この町の周辺のモンスターは基本的には弱いやつばかりだが、朝に騎士の小隊が森に向かっていった。もしかしたら、何か大物でも現れたのかもしれん」


「はい。ご忠告感謝いたします」



親切な騎士へと一礼して、門を通り抜けようとすると、



「──おい、なにサボってんだぁ」



その彼の後ろから、別の男の赤ら顔が覗いた。

剣を携えているので彼と同じ騎士のようだが、しかしどうにも酔っぱらっているらしい。



「任務中によぉ、一般人と私語してんじゃねーよ」


「……はっ。申し訳ございません」



親切な騎士は、その男に逆らえないようだ。

肩に腕を回されて、酒臭そうな吐息をかけられても身動き一つしない。


唐突に、男がやってきた奥の方からドッと笑い声が響いた。

そちら側にあるのは門を守る騎士たちの駐屯所だ。

その窓の一つが開いており、そこから身を乗り出して、ニヤニヤと笑ってこちらを眺めている複数人の男たちの顔が見えた。

その手に握られているのは酒瓶やカードである。



……どうやら仕事をサボタージュしているらしい。



「ちゃきちゃき働けよぉ。まだまだおまえには仕事が残ってんだろぉ……ん?」



酔っ払いの男が、私の視線に気づき、顔をしかめた。



「なんだぁ? ジロジロ見やがって、何か文句でもあんのかぁっ?」


「……いえ、別に。何もございませんよ」


「いいや! テメェの目つきは不遜だ! 俺を誰だと思ってる!? この町の守りの要である騎士であり、西方にある二つの町を所有するカルギル家の貴族だぞ!?」



アルコールで気分が高揚しているらしく、そのカルギル家の貴族様とやらは腰の剣に手をかけた。



「それに、なんだその背中のみすぼらしい剣は? 騎士でもない平民ふぜいが生意気に武器なんぞ携帯しやがって! この国を守護する者たちへの敬意が感じられん! テメェのその曲がりくねった根性を、俺様が叩き直してくれようかぁ!」


「お、お待ちくださいカルギル騎士! 一般人への抜剣は禁じられています!」


「あぁ? 知るかよ!」



親切な騎士は、カルギルとかいう酔いどれ貴族騎士の蛮行を止めつつ、私に対して早く行けと目配せをしてくれる。

私としても、こんなところでトラブルを起こしている時間的余裕はない。

彼へと感謝の会釈を残し、それ以上の騒ぎに発展する前に急いで町の外へと歩き出した。



……これだから、貴族の騎士というやつはクソなのだ。



きっと、あの親切な騎士はこれまでも、ずっとあの貴族騎士たちの仕事を理不尽に押し付けられる毎日を送っていたのだろう。

真面目な者ほど馬鹿を見る──そんな騎士団の現状には反吐が出る。


やはり、ライラを一人で騎士団に入れるわけにはいかない。

その思いはいっそう強くなった。



……なんとしてでも、私も入団しなければ。



時間を無駄にはしていられない。

さっそく森へと足を踏み入れる。

まだ日が落ちる前だというのに、枝葉に日差しがさえぎられて辺りはかなり暗い。



「光よ」



ある程度進んだ先でそう詠唱すると、人差し指の先から手のひらに乗るサイズの明るい光の球が現れた。

それは空中へと浮かび上がったかと思うと、周囲を照らし出してくれる。

これには灯りに使うためという目的とは別に、もうひとつ役割があった。



「……さて」



モンスター図鑑を開きつつ、辺りを見渡した。

これだけ明るければ、そろそろ現れるはず。

モンスターの中には光に集まる習性を持つものがいるのだ。


すると目論み通り、辺りにいくつものカサカサという、木の葉が擦れ合うのとは別の音が響き始めた。

光に誘われて木々の陰から次々と顔を覗かせたのは、巨大なアゴと尾に鋭い針を持つ、成人男性サイズのムカデ型のモンスターたち。

その姿を頼りに、モンスター図鑑をパラパラとめくる。



「このモンスターの名称は…… <クロウルチョッパー>ですか」



この図鑑は先ほど、馴染みの書店に頼んでようやく仕入れてもらっていたものであり、まだその内容にはしっかりと目を通せていなかった。

図鑑の該当のページを読み始める。



……なるほど。



凶暴で、人を見るなり地面を這って移動してきて噛みついてくるモンスター。また、視覚と嗅覚に優れ、光や血のニオイなどを敏感に察知して集まる習性がある。

なお、足は遅く、大人なら走って逃げ切れるようだ。

そして、モンスターの危険度を示す <等級>は十から一まである段階の中で、下から二番目の九。



「遭遇しても逃げられる、致命的な攻撃手段も持たない……それほど大きな危険はないようですが、しかし、確か魔導騎士に任命された新人騎士が最初に与えられる等級も九でしたかね」



モンスターと同じく、騎士にも階級がある。

騎士は自分と同じ階級のモンスターならば独力で倒すことができなくてはならず、もしそれができないのであれば降級となる仕組みだ。



……つまり、このクロウルチョッパーは、魔導騎士ならば当然ひとりで倒せなければいけないボーダーラインであるということ。



さて、私はこの壁を越えられるだろうか?

他にもこのモンスターについて詳細な説明はないだろうか、と。

情報を求めて図鑑に目を落としていたその時だった。


それを隙と見てか、さっそく前後左右から四匹のクロウルチョッパーたちが一斉に地面を這って襲い掛かってくる。

困るな、まだ読んでいるところなのに。



──身体強化・五倍。



魔力による身体強化を行う。

なにせ私は足を守る装備を身に付けていないのだ、噛まれたら困る。

だから攻撃をかわすために跳び上がった。

それと同時に、まだ次のページに続いていた説明文を読むため、ペラリと図鑑をめくる。



……ん?



『討伐の際の注意点……クロウルチョッパーたちの攻撃を避けるため跳び上がってはいけない。彼らの体は柔軟なため、エビ反りになって尻尾の針を叩きつけてくる』



まさしく、その説明の通りのことが起こる。

四方のクロウルチョッパーたちは一様に背を曲げ、今にもその尾の針を私の胴体へと叩きつけようとしてきたのだ。



「なるほど。等級が低くても油断はできない、と。いい教訓ですね」



図鑑を閉じ、背負っていた片手剣を鋭く抜き放つ。

その勢いに鞘から火花が飛び散った。



──武器強化・五倍。



その状態で振り回した片手剣は、またたく間にクロウルチョッパーたちの針の尾をことごとく刻んでいく。

そして、着地をする前にもう一撃。

地面に円を描くように斬りつけて、四方のムカデの頭を斬り飛ばす。



「……少々、拍子抜けのようですが」



決着は一瞬だった。

正直あまり手ごたえはない……これが本当に九等級なのか?

どうやら手記を読んだだけの素人でも、身体強化や武器強化があれば何とかなる等級のモンスターのようだった。

とはいえ、だ。



「これがモンスターを殺す感覚ですか。虫を殺すのとは、ワケが違いますね……」



初めての実戦による緊張のせいか。

あるいは色濃く命を奪った感覚のせいか。

私の胸の内で鼓動は早まり、手汗も滲んでいた。



「やはり、フィールドワークは素晴らしい。この感覚は机に向かっていては決してわからないものでしたね……」



実戦経験を積みに出てきた甲斐があった。

少し休んだら、引き続き新たなモンスターを見つけよう。

そう思いつつ周囲を見渡すと、



──カサカサ。



すでに、数多くのモンスターたちに囲まれていた。

ずっと光源として浮遊させていた魔術に引かれるように。



「……フム。光が強すぎると低級モンスターたちが集まりすぎて休憩のヒマがなくなってしまう……そういうわけですね?」



これもまた、いい教訓だ。

図鑑を見れば幸いなことに、集まってきたほとんどのモンスターが先ほどの九等級と同じかそれ以下の危険度のようなので、逃げる必要はなかろう。


汗に濡れた手で、剣を握りしめる。

慣れぬなら、慣れるまで殺そう、モンスター。

そして、襲い掛かってくる無数の虫型モンスターたちを斬り刻む作業が始まった。






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今回もお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第6話 壊滅状態の騎士小隊と出会った」です。

本日18:00ごろ更新予定となります。


それでは次のエピソードもなにとぞよろしくお願いいたします。

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