第4話 試し斬りしたら巻藁が燃えてしまった
正午過ぎ。
私は大学での講義の仕事を終えて、多様な店の並ぶ町の大通りを歩きつつあくびを噛み殺していた。
……結局、昨日は徹夜で父の手記を読みふけってしまったな。
私には、過集中という悪癖がある。
読書に夢中になると、物理的にまぶたが落ちたり体を揺すられたりしない限り、飲食すらも忘れてしまう。
そうして結局いつも猛烈な眠気とともに朝日を迎えることになるのだ。
……さて。
今日の仕事はもうない。
これからはフリータイム。
であれば、さっそく剣礼試験に向けた準備に勤しんでいこう。
「──いらっしゃい」
私よりも年上だろう店主の男のぶっきらぼうな声に迎えられる
私が訪れたのは武器屋だった。
鉄剣や弓など、コレクターの貴族や騎士、狩猟家などを相手に商売をする店である。
「初めて見る顔だな。何を探しにきた?」
ジロリと。
店主の、こちらを品定めするような目が向けられた。
「剣を探しに」
「剣? 収集用か?」
「いえ。私が騎士として使う剣をです」
「……おまえが?」
私の答えに、店主は訝しげに片眉を上げる。
「からかうなよ。騎士には見えないぞ」
「それは当然でしょう。なぜなら、私はまだ騎士ではありませんから」
「はぁ?」
「これからなるんです。今年の剣礼試験を受けて騎士団に入る予定なので」
「……どっからどう見ても、オッサンのおまえが?」
「ええ。特に年齢の要件はないはずですから」
「さぞ、腕に自信があるんだろうな?」
「さあ。実際に剣を振るうのは初めてですので、なんとも」
「……」
理解不能とでも言うかのようにポカンと口を開ける店主。
何かおかしな受け答えでもしただろうか?
私が首を傾げていると、そのうち彼は大きくため息を吐く。
「オイオイ、相手にしてらんねぇぜ……」
そしてカウンターの下から一振りの鞘付きの剣を取り出したかと思うと、こちらに雑に投げて寄越した。
「ウチじゃ、素人に売れるのはこれだけだ。それで満足するか、あるいは今すぐ回れ右して帰るか、どっちか選ぶんだな」
「はあ、そうなのですか」
つまり、これが素人向けの剣ということか。
私には剣の良し悪しなどわからないし、こうして店主自ら選んでくれるというのは非常に助かるな。
受け取ったその剣……十字の鍔を備えた片手剣を鞘から引き抜いてみる。
鈍色の刀身が、それを見る私の顔をぼかして映した。
「この剣を軽く振ってみてもよろしいでしょうか?」
「はいはい。勝手にしな」
店主はカウンターに頬杖をつきつつ、面倒くさそうに応じた。
「『試し打ち』ならそっちに置いてる
その円柱形の巻藁は、店内の奥の少し開けたスペースにあった。
縦横ともに成人男性ほどの大きさがある。
なるほど、これを斬ってみればいいのか。
確かに剣の使い心地を試すにはもってこいのようだ。
しかし、おかしいな?
剣なんだから『試し打ち』ではなくて『試し斬り』が正しい表現のはずだが。
……まあ、
「それではお言葉に甘えまして」
さっそく、巻藁の前で剣を構えた。
父の手記には図解が載っていなかったので、自己流だ。
なんとなく斬りつけやすそうに剣を上段に振りかぶる。
……さあ、ここから昨晩のおさらいとテストをしていこう。
自らの肉体へと、厚い鎧をまとうように魔力を巡らせ始めた。
今から行うのは騎士の基礎技能のひとつ、<身体強化>。
人よりも肉体の強靭なモンスターを相手にするにあたって、騎士になる者には必ず求められる力だ。
剣礼試験では、男なら最低でも二倍以上、女なら二・五倍以上の身体強化ができなければ不合格となるらしい。
だが、問題ない。
父の手記にはそれら大前提とともに、ゼロから身体強化の三倍以上を引き出すための理論がが記載されていた。
それをこれよりテストする。
──身体強化・五倍。
直後、体中にみなぎる力を実感した。
それに伴い視界の解像度も上がり、今なら空気中に舞う埃の数さえ数えられそうなほどだ。
どうやら成功したらしい。
ただし、それでは終わらない。
父の手記にはこう追記されていた。
『武器を体の一部とみなせれば「魔力による武器の強化」もできるに違いない』と。
父はその理論構築の段階で詰まってしまっていたようだが──
──その理論ならすでに、私の中で構築できている。
続けてテストだ。
自意識を拡張。
体の延長線上まで魔力を伸ばし、片手剣を覆う。
それは浮遊魔術によって遠く離れた物体に魔力をまとわせる感覚に似ていた。
私の得意分野である。
ゆえに、要領を掴むのは簡単だった。
──武器強化・五倍。
刀身が炎に包まれるような錯覚がする。
それをそのまま、私は勢いよく巻藁へと振り下ろした。
スパンッ、と。
豆腐でも切るかのように抵抗なく、両断する。
その途端のことだ。
斜めに斬り飛ばされた巻藁の切口が燃え上がったのは。
……剣の摩擦熱によるものか?
マズい、このままでは店を燃やしてしまう。
冷静に分析し、それが地面に落ちる前にさらに剣を振るう。
その数は、秒間で十を超えた。
細かく切り刻まれた巻藁は、一度激しく燃え上がったかと思うと完全に塵と化す。
「……ヨシ。何はともあれ、おさらいとテストは完了ですね」
無事、実践を通じて騎士の基礎技能の習得は完了した。
だがまあ、まだ課題はある。
まず、倍率はもう少し上げた方がいいだろう。
なにせ今の私は人より魔術の素養があるだけの、ただのオッサンである。
大した筋力もなく、動体視力も運動神経も並みどころか、若者には劣るに違いない。
ゆえに、同じ倍率での身体強化なら若者に軍配が上がるのは確実である。
私が貴族たちから『やっかみを受けるような存在』になるためには、それではいけないのだ。
また、自分の実力の把握もしなければならない。
客観的な指標がないのは問題だ。
どこかで実戦機会を作る必要がある。
それに、剣礼試験までにはせっかく買ったこの片手剣の扱いにもちゃんと慣れておかなければなるまいし。
「──試し斬りさせてもらいありがとうございました。この片手剣をください。おいくらですか?」
「……」
「あの、店主さん?」
「……えっ!?」
「お会計をお願いしたいのですが」
「あっ、ああ、剣だな? さ、三万ゴールドだ」
店主はわれに返ったように金額を提示してきたが……ずいぶんと手ごろな値段だな?
ザッと見渡した感じ、他の並べてある剣はどれも数十万……安くても十万ゴールドは超えているのに。
まあ、安い分にはケチをつける気もない。
ぴったりの額を渡すと、店を後にして再び市場に出た。
そこでのことだった。
「えっ……ク、クラークさん!?」
ばったりと。
お隣に住むソフィア・ノインさんに遭遇してしまう。
「なんで、クラークさんが武器屋から……」
「……」
マズい。
ライラにはあれから何も言っていない。
私が改めて騎士を目指すことにしたということは打ち明けられていないのだ。
「クラークさん、その剣を買ったんですか? どうして……」
「……ソフィアさん。どうか、このことはご内密に」
もう、ただ頼むしかない。
間を空けずにライラに『キライ』と言われたりしたら、さすがに寝込んでしまいそうだったから。
ソフィアは私の言葉に、全てを察したようにハッとする。
「……本当に、似た者親子なんですね」
ソフィアさんは優しげな、そしてどこか困ったような微笑みを向けてきた。
似た者親子?
そう言ってもらえるのは嬉しいが……。
その意図がよくわからず、首を傾げていると、
「ライラちゃんも、クラークさんも、お互いのことを想っている素敵な親子だということですよ」
「そう……でしょうか?」
「はい。そう思いますよ。それと、安心してください。ライラちゃんには何も言いませんから」
その言葉に、思わず胸を撫で下ろす。
するとそんな私を見て、ソフィアさんはまた少し笑った。
どうやら安堵を見透かされていたらしい。
にこやかなソフィアさんはしかし、何故だろうか、どこか少し寂しげに見える。
だが残念ながら私にはその理由がわからなかった。
──その武器屋の店主のゴートンは、エリオの後ろ姿が見えなくなってから、カウンターの下を探った。
そして先ほど彼に売ったのと同じ片手剣を取り出し、それによって斬られた巻藁と交互に見やって……ゴクリ。
思わず、息を呑んだ。
「やっぱりそうだ、おかしい……なんでコレで斬れるんだよ……?」
巻藁は胴体ほどにも太い。
大剣を使ったとて、一刀両断するにはそれなりの技量と筋力が求められる。
それは決して、並大抵の騎士が片手剣でできるような所業ではない。
しかも摩擦熱で巻藁を焼き切るなんて芸当は、今の騎士団において最高峰の実力者である <王剣>として君臨する三人の騎士のうちの一人の逸話でしか聞いた事がない。
だというのに、
「アイツは、それをこの <ナマクラ>でやってみせたっていうのか……?」
ゴートンは剣の刃を、グッと手のひらへと押し付けてみる。
しかし、出血はしない。
それどころか、切り傷一つできやしない。
それも当然である。
なぜならその片手剣は訓練用の剣。
ケガをしないように刃を完全にこぼしてあるものなのだから。
「構えはてんでド素人だったってのに……何者なんだよ、アイツ……」
考えれば考えるほど得体の知れなさは深まって、ゴートンは思わずブルリとその背筋を震わせるのだった。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
次のエピソードは「第5話 モンスター討伐で実戦経験を積もう」です。
本日の12:00ごろに公開予定です。
それでは次のエピソードもなにとぞよろしくお願いいたします。
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