第2話 ならパパも騎士になります
──ライラの祖父、つまり私の父は、平民ながらにその魔術の才能を見出され、騎士に徴用された者の一人だった。
魔族やモンスターといった外敵との戦闘が今よりも激しかったその時代に、彼は輝かしい功績をいくつも立て、国民たちから英雄とも呼ばれていたほどである。
私も、かつてはそんな父を尊敬し、自らも騎士に憧れるほどだった。
だがしかし、死んでしまった。
当時十歳であった私と、病弱だった母を残して。
父の最期の任務は、突如として襲来したモンスターの大群から都市の外壁を守る……その時間稼ぎのための囮だった。
そして私と母は、父が守る壁の内側で、絶望の光景を見た。
外壁の上の貴族騎士たちは父を援護することもせず、退屈そうに眺めていたのだ……壁の外に出された、父を始めとした『平民の騎士たちだけで構成された』部隊がモンスターの餌食にされるその様を。
いや、むしろ満足げな表情ですらあった。
そのとき、私は唐突に理解した。
父は騎士団から疎まれていたのだ、と。
平民でありながら、英雄と呼ばれる存在になってしまった父のことを貴族たちは不快に思っていたのだ、と。
「──重ねて断言します。騎士なんてクソです」
全てを話し終えると、私は再びライラをまっすぐと見つめた。
「平民がどんなに高名な騎士になったところで、貴族に良いようにコキ使われて死ぬだけなのですから。わかりますね?」
これで、ライラも理解してくれるはずだった。
平民が騎士を目指すことのつまらなさを。
理想に燃えたところで、待っている現実は酷なものであることを。
だというのに、
「それでも……おじいちゃんは最期まで騎士として、大勢の人の命を守るために戦ったことを後悔していなかったと、私は思う」
ライラの瞳は揺るがない。
いまなお、力を持って生まれた者としての使命に心を燃やしていた。
それが全てを理解した上での言葉だということは明白で、思わず目まいがしてくる。
「私もそうでありたい。この力で、救えたハズの人々を救わないで生きるなんてできない。だから……私は騎士になるの」
「ライラ……」
ダメだ。
こうなっては、頑固なライラはきっと決して自分の意志を曲げないだろう。
どれだけ止めようとしても無駄だ。
むしろ逆効果にすらなる。
……考えるのです、私の脳よ。どうすればいい? 最適解を導き出すのです……!
グルグルグル。
思考を高速回転させる。
ライラを止めるのは無駄。
意志の炎とは厄介なもので、他者が消そうと躍起になればなるほど、さらに激しく燃え上がるものだから。
ライラが騎士を目指すのは止められない。
それを大前提とするならば──。
──変わるべきは、私だ。
「……ライラの気持ちは、よくわかりました」
「パパ! それじゃあっ?」
「ええ、ライラがそこまで言うのならば──」
固い決意とともに、私はライラをまっすぐと見る。
「──私も、騎士になりましょう」
その言葉を受けたライラは、「え?」と数秒、口をポカンと開けて固まって……。
「あれぇっ!? なんでぇっ!?」
我に返るや、素っ頓狂な声とともにテーブルに身を乗り出してきた。
「どういうこと!? 私が騎士になるって話をしてたよねっ? なんでパパが騎士になるのよ!?」
「だってほら、一人で騎士団に行かせるのは危ないですから」
「小さい子どもの付き添い感覚なのっ!? あのさ、私、もう子供じゃないんだよっ?」
「はあ……? いえ、ライラは私の大事な子どもですけど?」
「そういう意味じゃないし! もう成人するって意味で!」
「それが、何が関係が? 成人になったら危険がなくなるなんて相関性を誰かが証明していますか? いいえ、誰も証明していません」
「ぐっ、パパはまた、私が答えを挟む間もなく小難しいことをまくし立てる……!」
ライラは一度むっとして言い返そうとしてきて、しかし。
それを深いため息に変えた。
「……あのさ、パパ。騎士になるって言ったって学者の仕事はどうするつもりなの?」
「当然、辞めますが」
「即答なんだ。私のためなら辞めちゃうんだね。好きで、一生懸命にやっていた仕事も……」
ピリッと。
なぜだかはわからないが、空気が静電気を帯びたように変わった気がした。
ライラが私を見る。
その目に宿る感情は……怒り?
いや、違う。
これまで見たことのない、哀しみに似た色だ。
「パパっていつもそうだよ。いつも私のためにって、自分のことをないがしろにするんだ」
「ライラ……?」
「いつまでもそんなに過保護でいるつもりなら、私……もうパパのことキライになっちゃうからね!?」
「なっ──!?」
「お夕飯ごちそうさま!」
ライラはそう言い残すと食べ終わった料理の皿を水で手洗いすると、それから玄関に向かった。
「今日はお隣のお姉ちゃんの家に泊めてもらうから! 一晩寝て頭を冷やしてよね、パパ!」
そうして、ライラは戸を開けて出て行ってしまう。
家に取り残されたのは、私ひとり──
──『キライ』と言われたショックで腰を抜かす、エリオ・クラーク、独りだった。
「ぐ……ぐふぅ……」
ダメージに耐えきれず、私は思わず床へとくずおれてしまう。
まさか、『キライ』と言われるなんて。
痛すぎる。
騎士だった父の愛馬へと、うかつにも後ろから駆け寄って足蹴にされたときの体の痛みを超える心の痛さだった。
「天国のラシェル……聞いていましたか……ライラが、私のこと、キライって……」
這うようにして玄関に向かう。
そして、その隅の花台に置いていた額縁を見た。
そこには私を含めた三人の家族の肖像画が飾られている。
描かれているのはあどけない様子の幼いライラ、緊張でもしていたのかこわばった表情の若い私、そしてそんな私たちを見て穏やかに笑う今は亡き妻・ラシェルの姿だ。
「……すみません。弱音を吐きました」
三人の家族の絵。二人の笑顔。
それが、私の心と決意を再び強く固めてくれる。
「安心してください、ラシェル。こんなことで、私は挫けません」
立ち上がる。
そう、こんなところで打ちひしがれているヒマなんて、私にはないのだ。
「ライラのことは私が守り抜きます。手段は選びません。たとえその結果、ライラにき……嫌われてしまおうとも……!」
玄関に背を向けて、向かう先は物置だ。
あちこちに使われなくなった物が置かれているが、埃は被っていない。
ライラが父の手記の発掘のために通っていたからだろう。
……まったく、どうしてそれに気づかなかったんだろうか、私は。
「後悔は、後回しですね」
物置の全体を捉えるようにして、私は手を掲げる。
すると途端に、フワリ。
山のように積み重なっていた家具や物が、全て浮かび上がった。
「来たれ、本よ」
詠唱を唱えてパチンと指を鳴らすと、宙に浮いた物は自在に動き回り、そしてその底の方から数百冊にも及ぶ本だけが飛び出してきてこちらへと運ばれてきた。
それらはグルリと私の周りを取り囲むと、順番に、高速でそのページを開いては閉じてを繰り返していく。
「父の手記の残りは……コレとコレと、コレですね」
ライラが発掘する前の手記を、宙に舞う数百冊の本の中から探し当てる。
それから再び指をパチン。
浮かび上がっていた本は著者名順に整然と仕舞われていき、他の浮かび上がっていたものたちも全て元通りの位置に戻った。
物置を後にした私はキッチンへと向かう。
そして熱々のコーヒーを淹れてから、父の手記を手に自室へと戻った。
……これから、この手記の内容を徹夜で全て頭に叩き込むのだ。
分厚い手記の一ページ目を開く。
父の字は綺麗だった。
「……父さん、力を貸してください。これから私は全身全霊で騎士になります。騎士となるライラを守るための騎士に」
そして可能ならば、かつての父のように貴族に疎まれるような騎士になれたのなら、なおのこと良い。
私が父と同じく騎士団から冷遇されるところを見れば、ライラもきっと組織のクソさに気づいてくれるはずだ。
そうすれば自発的に騎士団を辞めようと思ってくれる可能性すらある。
……いや、むしろそう仕向ければいいのでは?
そうだ、そうしよう。
私も騎士となりライラを守る。
その中で私は貴族に冷遇されるためライラ以上の活躍をする。
そして、それを見たライラに「騎士団ってすごくクソね」と思ってもらうように仕向けるのだ。
われながらなんて妙案だろう。
頭がいいと言わざるを得ない。
「フフフ……まずは一ヶ月後の <剣礼試験>を通過するところからですね……!」
さて。
そうと決まればさっそく学び始めなければ。
デスクへと広げた父の手記へと──没頭。
「…………魔導騎士に必須の魔術……魔力による身体強化の拡張方法……魔導剣術について……対魔族用の魔導騎士の立ち回り……なるほど……」
ああ、やはり <学ぶ>のは面白い。
自意識と手記の境目が溶けてなくなっていくような感覚とともに、脳が情報に満たされていく。
そのときばかりは、父のことも、ライラのことも忘れてしまう。
ユラユラと揺れていたコーヒーの湯気は、ただその香りを運ぶだけ。
いっさい唇を触れさせぬまま、その熱が完全に失われたことに気付いたのは、カーテンを閉め忘れていた窓から目を刺すような眩い朝日が差し込んできてからだった。
「……フゥ。知識の詰め込みについては完了。あとは実戦か」
手記は物置の、わかりやすい場所に置いておくことにする。
そうすればたぶん、ライラもまたこれらを見つけて読むことだろう。
それでいい。
もはや隠す意味もないのだから。
「ふわぁ……」
大あくびがでる。
だが、今日は朝から一件、大学での仕事があるから眠気は我慢しなければ。
仕事を終えたらそのあとにでも、どのようにして実戦経験を得るか検討するとしよう。
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