第3話 【Side:ライラ】父たちの幸せを願って

──私、ライラ・クラークは、クラーク家の父エリオと母ラシェルの間に生まれた一人娘だ。



容姿についてはママ譲りで、黒髪と頑固な性格がパパ譲り。

そして、ライラという名前を考えてくれたのはパパである。

私がまだまだ幼子だった頃、病床に伏していたママにこのように教えてもらったのだ。



『エリオさんはね、最後まで、どうしてもママの名前から一文字を取りたいって譲らなかったのよ。困っちゃったわ』



命名は揉めに揉めたらしい。

占星術師を呼んだり、エセ預言者を呼んだり、果ては混乱を極めたパパが自ら命名についての研究をし始める始末で、『そんなことより他にやることがいっぱいあるでしょ!』と、怒ることなんてほとんどなかったママのカミナリが落ちたのだとか。


そんなわけで、最終的には『ラ』から始まる音の名前を数個に絞ってあみだくじをして、パパの考えた『ライラ』に落ち着いたそうなのだ。



……命名でママと揉めてるときのパパは、今日私と言い合いしていたときのようにムキになっていたのかな?



そう考えると、ついクスリと笑ってしまう。



「あれ、どうしたのライラちゃん? 何だか楽しそう」


「わっ」



ビックリした。

ソファにもたれていた私の顔をいつの間にか覗き込んできていたのは、お隣のノイン家のお姉ちゃん──ソフィアちゃんである。

私より八歳年上で、肩口で切り揃えられたサラサラした栗色の髪からはうっすらといい匂いがする。


私は小さな頃からよく遊んでもらっていて、実の妹じゃこんなに可愛がられはしないだろう、というくらいに構ってもらっていた。

美人で、でもそれを鼻にかけたりせず、いつでも誰にでも優しく笑顔の絶えない最高のお姉ちゃんだ。



「もしかして、お父さんと仲直りする方法が見つかったとか?」


「ううん、それは全然」


「そっか……」



お姉ちゃんは残念そうに肩を落としつつ、私室へと運んできたティーポットをテーブルに置いた。



「ごめんね、お姉ちゃん。急に泊まりに来て……」


「ふふっ。そんなこと言わないで。ライラちゃんは私の可愛い妹だもの」



いつものように柔らかな微笑みが私へと向けられたが……しかし、その口角はすぐに下がってしまう。



「でも、本当は私も心配よ。ライラちゃんが騎士になるなんて」


「えぇっ? お姉ちゃんまで……」


「私はそれがライラちゃんの小さな頃からの夢だっていうことを教えてもらっていたから、応援したい気持ちもあるのよ。でもやっぱり……」



お姉ちゃんは私の隣へと腰かけると、優しく私の頭を撫で始める。

それもいつになく、悲しげな表情で。



「ねえ、ライラちゃん。どうしても騎士にならなくてはダメなの……?」


「……うん」



お姉ちゃんにそんな顔をさせるのは辛く、心苦しい。

でも、使命に、決意に背を向けるわけにはいかないのだ。



「私は、私の力で救える人を救わなければならないから」


「それは、ライラちゃんがやらなくちゃいけないこと……?」


「私がやりたいことなの。だってそれがパパや、お姉ちゃんたちの幸せにも繋がることだから」


「え……?」


「今は均衡を保っているけれど、いつ辺境都市の守りが破られるかはわからないでしょ? そしたら、この町でパパが学者として暮らして、お姉ちゃんが笑顔でいられるような……そんな当たり前の幸せが享受できなくなるかもしれないから」


「ライラちゃん、違うよ。そんな自己犠牲的な考え方はダメ。だって、ライラちゃんのお父さんの幸せは、ライラちゃんが幸せに暮らすことのはずだもの。私だってそう」


「今は二人ともそうなのかもしれないけど……でも、きっと大丈夫だよ。だって、パパにはお姉ちゃんが、お姉ちゃんにはパパがいるから」


「……え?」



キョトンとするお姉ちゃん。

おや、もしかして私が気付いていないとでも思っていたのかな……?



「お姉ちゃん、ズバリ、パパのことが好きなんでしょ?」


「──ッ!?!?!?」



ガタン、ガシャーンと。

お姉ちゃんは驚いた拍子に膝をテーブルへと強打して、ティーポットを倒してしまった。


痛そうに床にうずくまりつつ、同時に紅茶が絨毯にこぼれそうになってアワアワしているその姿は普段と違ってとても幼く見える。

その表情は、今にも火が噴き出しそうなほどに真っ赤だ。


私はテーブルの上にこぼれた紅茶を拭くのを手伝いつつ、意地悪くもニンマリとしてしまいそうになる口元を、頬の内側を噛んで必死に耐えた。



……お姉ちゃん、相変わらず顔にも行動にも出やすいなぁ。



私がまだ全然小さかった頃、パパは法学者としての活躍でノイン家を救ったことがあったらしい。

そんな昔話を嬉しそうに語るお姉ちゃんの姿を見て、そのときに「あ、だから好きになったのか」と合点がいったのだ。


お姉ちゃんはパパと顔を合わせるたび挙動不審になる。

目は泳ぐし、顔も赤くする。

いくら好きだとしても、別にイケメンというわけでもないのに、なんでそこまで緊張するのか娘の私としては本当に不思議だ。


でも、だからこそ、お姉ちゃんのパパに対する好意は信用できるし、そして私も快く受け入れられる。



「パパのことを、いつまでも娘の私に縛りつけておきたくないんだ。学者としての成功とか、再婚するとか、自分自身の幸せを見つけてほしいの。……それでその結果、もし仮に再婚の相手がお姉ちゃんだったとしたら、私は最高だと思ってるよ」


「ラ、ラララ、ライラちゃんっ!? わ、わわわ私はべべべ別にッ!!!」


「うんうん。わかってるわかってる。これは『もしも』の話だから、気にしないで」



別に、自分の理想を押し付けるつもりなんてサラサラないのだ。

ただ、パパもママも、そしてお姉ちゃんも、私が大好きな素敵な人たちで、私はそんな人たちに、これまでとんでもないくらい多くの幸せをもらってきている。


だから、今度は私がそれを返していく番なのだ。


いつか私は立派な、おじいちゃんのように英雄と呼ばれるような騎士になって、パパたちの幸福を守り抜いてみせる。

それが自己犠牲なんかじゃなく、私自身の幸せでもあることは確かだったから。






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ここまでお読みいただきありがとうございます!

次のエピソードは「第4話 試し斬りしたら巻藁が燃えてしまった」です。


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