平民の子持ちオッサン、騎士の娘をさしおき王剣キャリアを歩んでしまう

浅見朝志

第1章 騎士になろう

第1話 騎士という職業はクソです

「──いいですかライラ。騎士なんてクソです」



私、エリオ・クラークのその強い言葉に、向かいの席に座る娘のライラがビクリと肩を揺らすのがわかった。

そこはクラーク家の夕食の席だった。

漂う空気には、いつもの和やかさなど皆無。

その理由は明白だ。

今年で十五歳となり成人を迎えるライラが『騎士になる』と宣言したのである。



……私は、どうしてもそれだけは許せない。



だから、これから説明しなければ。

騎士という職業がどれほどクソであるのかを。



「よく聞きなさい、ライラ。騎士団は貴族中心の世界です。私たち平民に対する理不尽が横行する腐敗組織、ゴミ溜めです。そんな場所はライラにはふさわしくありません」


「ちょ、ちょっと! いくらパパが <騎士嫌い>だからって、そんな言い方ヒドいわ。騎士は立派な職業よ。人々の命を守ってるんだから」



妻に似て大きく美しく、そして強い意志を感じさせるライラの丸い目は、父である私をまっすぐに見つめてくる。



……ああ、わが愛娘よ。怒ったその表情すらも、とても愛おしい。



ライラは、親の欲目を抜きにしても非常に可憐に、優しい子に育ったと思う。

私のこの、凡庸をそのまま粘土で形作って仏頂面を張り付けたような、そんなのっぺり顔とはまるで対照的だ。



「……妻に似てよかった」


「え? なんて?」


「なんでもありませんよ、ふぅ……」



思わずため息が出るくらいに愛おしい。

目に入れても痛くない、とはまさにこのことだ。

こんな可愛い娘を危険で理不尽な職場へと送り出せるか?

いいや、そんなわけないだろう。

いくら愛娘の希望であろうとも、ここは父として非情に徹し、騎士への夢を打ち砕かなくてはならない。



「ライラ、騎士の年間死亡率を知っていますね?」


「え、えっと──」


「四%です。それでも十分に高いですが、しかしこれは平均のマジック。私たちのような平民から騎士になった者のみを対象として割り出した死亡率は八%に迫るのですよ。それが何故か、わかりますね?」


「そ、それは……」


「平民の出自の人ほど、戦闘の激しい辺境へと配属されるからです」


「ちょっと! 早いよパパ! さっきから私に答えさせる気がなくないっ!?」


「別にこれはクイズではありません。『知らないわけないですよね?』という確認のためのレトリカル・クエスチョンです。そんな常識的な質問の答えを、わざわざ待つ必要などありますか?」


「ぐっ……パパ、すごくヤな感じ……!」


「だとしても、きっとその怒りは私に対してのものではありません……ライラは、いまだ常識的な判断能力を持ち合わせていない未熟な自分自身に対していきどおっているのです」


「いや正真正銘パパに対して憤ってるんだけどっ!?」


「まだまだ視野が狭い。ライラには学びが足りていません。論理的、かつ建設的に将来を考えるのであれば、この王侯貴族中心主義の国家で、平民が騎士になるなんて選択肢はまっさきに排除すべきですよ」



常にモンスターたちの侵攻にさらされながら、大陸の中心に栄えたこの <アウレウス王国>……その王家に忠誠を誓った騎士団において、平民の命は綿毛ほどにも軽い。


平民上がりの騎士たちは、たったの三年でその二割が死ぬ。

それでもなお、騎士という特権的身分と高い給金に惹かれて騎士団を志す平民は多い。

だが私たちは……ライラはそんなマネをする必要がない。



「ですから、ライラ。大学を目指しませんか」



私はこの時世では珍しい、大学卒の平民の学者である。

変わり者と評される代わり、どうやら非凡な学習能力を持っていたらしい私は、法学や物理学などの多様な分野をたちまちに修得し、貴族や商人たちの政治顧問などとして活動したり、大学での研究や講義をすることで、安定した収入を得られるようになっていた。


おかげで今では危険な辺境からは遠い内地に一軒家を持てているし、これからも娘と二人、安心して暮らしていけるだけの蓄えも作れている。

ゆえに、知識層としての立場を確立することがこの国での平民の活路だと、私は確信しているのだ。



「ライラを大学に行かせる余裕は十分にあります。そこで学び、ゆっくりと将来のことを考えたらいいじゃありませんか」


「私には勉強は向いてないよ……」


「まあ、昨日の学校の小テストでも、全て平均点以下だったようですからね」


「うん……って、あれぇっ!? そのテスト、私もまだ返却してもらってないやつじゃない!?」


「あなたのクラスの教師は私の元教え子なので」


「私のテスト結果、横流しされてたの!?」


「だっていつも結果を隠すじゃないですか。まあ、ライラのテスト結果や授業中の居眠りの数はともかく、ですよ」


「授業態度もっ? いったいどこまで筒抜けになってるの……!?」


「私はね、何もライラに学者を目指せと言っているわけじゃないんですよ。自分の将来の選択肢を増やすため、大学で知見を広げてみてはどうか、と提案をしているのです」



娘の人生に私の理想を丸々押し付ける気なんてない……だが、せめて騎士以外に。

娘に健やかで穏やかな人生を送ってほしい。

それだけが私の願いであり、そして今は亡き妻の願いでもあるのだ。

しかし、



「……ううん。でも、私はもう決めてるから」



ライラは私から少しも視線を逸らすことなく、その瞳の光にもいっさいの揺らぎはなかった。



「私は <力を持つ者>だから。この力を、今も辺境で苦しんでいる人たちのために使いたい。使うべきだと思ってる」



ライラがダイニングテーブルの上へと手をかざすと、神経を研ぎ澄ませる。

すると、フワリ。

私たちの間にあった料理皿が、ナイフやフォークが、そしてグラスまでもが宙へと静かに浮き上がっていく。

間違いなく、それは稀有な力── <魔術>だった。



「なぜ……いったいどうしてライラが魔術を……?」


「私ね、パパが物置に大切に隠しているモノを知ってたの」


「! まさか……」


「うん。かつて <魔導騎士>だったおじいちゃんが残した、剣術や魔術についての手記。それを読んでずっと隠れて練習してたのよ。いつか騎士になるために」



開いた口が塞がらない。

それはライラが生まれる前から、二十年近く、ずっと色んなガラクタを積み重ねて隠しておいたはず。

だというのに、いつの間に探し出されていたのだろう?

まるで気付かなかった。



「この世の全ての人に魔力は宿っているけれど、それを魔術として扱えるのは百人に一人もいないんでしょう? でも、私はこうして使うことができる」



ライラは浮遊させた食器類を、不慣れそうにしながらもフワフワと動かしてみせる。



「私ね、元騎士だった教会の神父様にこのことを明かしてみたの。そうしたら、『成人前にこれだけの魔術が使えて、もしこれから剣術も修められたなら、騎士の頂点である <王剣>の座に至れるかもしれない』と、そうおっしゃってくれたわ」


「……ライラ」


「私が魔導騎士になれば、きっと多くの人の暮らしを、そして命を救えるはずよ。かつておじいちゃんがそうしていたように」


「お願いですから、そんなことを言わないでくだい」



思わず、大きなため息が出る。

想定外だ。

まさか独力で魔術を使えるようになってしまうほどの才能が『ライラにも』受け継がれていただなんて。



「どうしたのパパ、そんなに落ち込んで──って、ああっ!」



ライラが魔術の操作を失敗したらしい。

浮かび上がっていた深皿が、空中でひっくり返った。

床一面にシチューが飛び散りそうになるが、しかし。



──ピタッ。



惨劇は起こらない。

皿は割れず、絨毯にも汚れはない。

それもそのはずだ。

深皿は空中でひっくり返ったまま時を止め、シチューもまたその飛び散った一滴一滴が浮いたままになっているのだから。



「……えっ?」



しかし、ライラの丸く見開かれたその目が釘付けになっていたのはその光景に対してではない。

それらの状態を維持させている者──。

つまり、人差し指を立てて、魔術を行使していた私に対してだ。



「パパ、なんで……!?」


「ええ、まあ」



私がパチンと指を鳴らす。

すると、深皿もその中身のシチューもテーブルの元の位置へと戻った。



「ライラに素養があるならば、親の私にあってもおかしくないでしょう?」



それでも、ライラの前では使わないように秘密にしてきた。

彼女に自らの魔術の素養に気づいてほしくなかったから。

だが、時すでに遅し、だ。



「私は何度でも言います。騎士はクソです」



少し重たい話にはなるが、これがライラに騎士の道を諦めさせる説得の材料となると信じて聞かせよう。

これまで伏せていた真実を。



「なにせ、ライラ、あなたのおじいちゃんは……平民の騎士だったことが原因で貴族たちに見殺しにされたのですから」






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新連載をお読みいただきありがとうございます!


本日は3話連続更新しておりますので、

引き続き次のエピソードをお読みいただけます。


次話は「第2話 ならパパも騎士になります」です。


それでは次のエピソードもなにとぞよろしくお願いいたします!

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