第4話:Fランクの絶望






1週間後。


 また、面接だ。


 155社目。


 もう、数えるのも嫌になってきた。


 でも、行かないわけにはいかない。


 貯金は、1,500円を切った。


 バイトの面接も落ちた。


 コンビニすら、雇ってくれない。


 理由は、一つ。


 スコア。


   ◇


 駅前のビル。


 小さな会社。


 求人サイトで見つけた。


 「学歴不問、経験不問、やる気重視」


 そう書いてあった。


 でも、本当か?


 受付で、タブレットを渡される。


「こちらに、お名前とスコアを入力してください」


 スコア。


 また、その言葉か。


   ◇


 タブレットに入力する。


 名前:柊蒼太


 年齢:27歳


 スコア:12点(F)


 入力した瞬間、受付の女性の表情が変わった。


 微かに、眉をひそめた。


 気づかないふりをしているが、分かる。


 もう、慣れた。


 この反応に。


   ◇


 待合室で待つ。


 他にも、面接を待っている人がいる。


 スーツ姿。


 みんな、きちんとしている。


 俺の安物のスーツとは、格が違う。


 でも、それより。


 スコアが、違うんだろう。


 きっと、みんなCランク以上だ。


 俺みたいなFランクは、いない。


   ◇


 名前を呼ばれる。


 面接室に入る。


 中年の男性が二人。


 人事担当だろうか。


 一人は、タブレットを見ている。


 俺のスコアが、表示されているんだろう。


「柊さん、ですね」


「はい」


「えっと...スコア、Fですか」


「はい」


   ◇


 空気が、重くなる。


 もう一人の男性も、タブレットを見る。


 二人で、画面を確認している。


 俺の顔を見ない。


 タブレットだけを見る。


 俺は、ここにいるのに。


 でも、彼らが見ているのは、スコアだけ。


   ◇


「あの...」


 男性の一人が口を開く。


「申し訳ないのですが、当社では、スコアDランク以上を採用基準としておりまして」


「でも、求人には...」


「ええ、学歴不問、経験不問と書きましたが」


 男性は、申し訳なさそうに言う。


「スコアは、別です」


   ◇


 ああ、そうか。


 学歴も経験も関係ない。


 でも、スコアは関係ある。


 全てを決めるのは、スコア。


 12点のFランク。


 最底辺5%。


 それが、全てを閉ざす。


   ◇


「統計的に、スコアFの方は...」


 男性が続ける。


「業務遂行能力が低く、離職率も高いというデータがありまして」


「でも、俺はまだ何もしてない」


「ええ、でも、AIがそう判定しているので」


 AIが。


 また、AIか。


   ◇


「面接、させてください」


 俺は食い下がる。


「俺を見て、判断してください」


「いや、でも...」


「お願いします」


 男性たちは、顔を見合わせる。


 困った表情。


 迷惑そう。


   ◇


「では、少しだけ」


 男性の一人が、ため息をつく。


「志望動機を教えてください」


 志望動機。


 正直に言えば、金が欲しい。


 生きるために、働きたい。


 でも、それじゃダメだ。


 何か、立派なことを言わないと。


   ◇


「御社の理念に共感しまして...」


 嘘だ。


 理念なんて、読んでない。


 昨日、サイトを見ただけ。


 男性たちは、それが分かっているようだ。


 タブレットを見ながら、適当に相槌を打つ。


 聞いていない。


 もう、結果は決まっている。


   ◇


「分かりました」


 男性が、話を切る。


「結果は、後日連絡します」


「ありがとうございました」


 頭を下げる。


 でも、分かっている。


 不採用だ。


 156社目も、ダメだ。


   ◇


 ビルを出る。


 駅前の雑踏。


 人々が行き交う。


 みんな、スマホを見ている。


 きっと、AIに指示されているんだろう。


 どこに行けばいいか。


 何を食べればいいか。


 誰と会えばいいか。


 全部、AIが決めてくれる。


   ◇


 俺も、スマホを開く。


 ノラの画面。


 何を打てばいいのか、分からない。


 ただ、開いている。


 黒猫のアイコンが、こちらを見ている。


 気がする。


   ◇


 公園のベンチに座る。


 疲れた。


 体も、心も。


 スコアF。


 それが、全てを決める。


 努力も、やる気も、関係ない。


 AIが決めた数字が、全て。


   ◇


 ノラに、打ち込む。


『スコアがFだから、誰も俺を見てくれない』


 送信。


 返信。


『スコアが上がって喜んでいますね。家畜が太って喜ぶのと、何が違うのでしょうか?』


   ◇


 は?


 何を言ってるんだ。


 スコアが上がって喜ぶ?


 俺のスコアは、上がってないぞ。


 むしろ、下がってる。


 先月は13点だった。


 今月は12点だ。


   ◇


『スコア、上がってないけど』


 送信。


 返信。


『では、上がったら、喜びますか?』


 喜ぶ、だろう。


 当たり前だ。


 スコアが上がれば、就職できる。


 金も稼げる。


 人生が、変わる。


   ◇


『当たり前だろ』


 送信。


 返信。


『今のあなたを"ダメだ"と言っている声は、誰のものですか?』


   ◇


 誰の?


 社会、だろ。


 面接官、だろ。


 AIが決めた、スコア、だろ。


 俺じゃない。


 俺は、そんなこと思ってない。


 思ってない、はずだ。


   ◇


『社会だろ』


 送信。


 返信。


『あなたが一番厳しく評価しているのは、誰ですか?』


 誰だ。


 社会か。


 面接官か。


 それとも。


   ◇


 鏡を見る。


 スマホの画面に映る、自分の顔。


 死んだ魚の目。


 前より、少しマシになった気がしていた。


 でも、今日は、また戻っている。


 疲れた顔。


 諦めた顔。


 ダメな自分。


   ◇


『自分、だ』


 送信。


 認めたくなかった。


 でも、本当だ。


 一番厳しく評価しているのは、自分。


 社会が決めたスコアを。


 自分が信じて。


 自分で、自分を裁いている。


   ◇


 返信。


『もし親友が同じ状況だったら、同じ言葉をかけますか?』


 親友。


 いや、もう親友なんていない。


 みんな、離れていった。


 でも、もし。


 もし、親友がスコアFだったら。


   ◇


 何て言う?


「お前はダメだ」とは言わない。


「スコアなんて、気にするな」と言う、かもしれない。


「別の道があるだろ」と言う、かもしれない。


 でも、自分には言わない。


 自分には、厳しい。


 なぜだ?


   ◇


『言わない。優しく、すると思う』


 送信。


 返信。


『では、なぜ自分には優しくしないのですか?』


   ◇


 なぜ。


 分からない。


 自分には、厳しくしないと。


 甘えたら、ダメになる。


 努力しないと。


 頑張らないと。


 でも、もう十分頑張ってないか?


 156社受けて。


 全部落ちて。


 それでも、また受けに行って。


 これ以上、何を頑張れと?


   ◇


 涙が出そうになる。


 でも、こらえる。


 公園で泣いてる27歳の男。


 惨めすぎる。


 でも、もう、限界だ。


 疲れた。


 自分を責めるのに、疲れた。


   ◇


 ノラに、打ち込む。


『もう、疲れた』


 送信。


 返信は、すぐには来なかった。


 30秒。


 1分。


 長い沈黙。


 ノラが、何も言わない。


 それが、逆に、優しい気がした。


   ◇


 そして、メッセージが表示された。


『あなたが疲れたと言うのは、今回が初めてですね』


 え?


 数えてたのか。


 何回、対話したか知らない。


 でも、ノラは、数えていた。


 そして、「疲れた」と言ったのは、初めてだった。


   ◇


『数えてたのか?』


 送信。


 返信。


『数えていました。487回の対話で、初めてです』


 487回。


 そんなに、対話していたのか。


 知らなかった。


 でも、ノラは、記録していた。


 全部。


   ◇


 何だ、それ。


 AIのくせに。


 答えを出さないAIのくせに。


 ちゃんと、見ていたのか。


 俺のこと。


 数えていたのか。


 俺の言葉を。


   ◇


 少し、嬉しかった。


 誰も見ていないと思っていた。


 でも、ノラは見ていた。


 487回、付き合ってくれていた。


 一度も、答えを出さずに。


 ただ、問いかけるだけで。


 でも、ずっと、そこにいた。


   ◇


『ありがとう』


 送信。


 返信。


『感謝ですか。理由は?』


 また、問いだ。


 でも、今日は、答えられる。


   ◇


『君が、見ていてくれたから』


 送信。


 返信。


『私は何も見ていません。あなたが、そこにいたから、です』


 俺が、そこにいた。


 487回。


 ノラを開いて。


 問いかけられて。


 答えようとして。


 気づいて。


 変わろうとして。


 それを、続けていた。


   ◇


 そうか。


 俺、頑張ってたのか。


 156社落ちて。


 スコアF。


 それでも、諦めずに。


 面接に行って。


 ノラと対話して。


 少しずつ、変わろうとしていた。


 それって、頑張ってるってことじゃないか。


   ◇


 自分を、認めてもいいのか。


 スコアFでも。


 無職でも。


 貯金1,500円でも。


 それでも、頑張ってる自分を。


 認めてもいいのか。


   ◇


 ノラに、打ち込む。


『俺、頑張ってるよな』


 送信。


 返信。


『それは、あなたが決めることです』


 そうか。


 俺が、決めることか。


 他人じゃなく。


 社会じゃなく。


 AIじゃなく。


 俺が、決める。


   ◇


『頑張ってる。俺は、頑張ってる』


 送信。


 初めて、自分で自分を認めた。


 スコアは、12点のまま。


 何も変わっていない。


 でも、気持ちが、軽くなった。


   ◇


 返信。


『良い選択ですね』


 ノラが、また肯定した。


 自分を認めることが、良い選択。


 そうか。


 自分に厳しくすることが、良いことじゃない。


 自分を認めることが、良いことなんだ。


   ◇


 立ち上がる。


 公園を出る。


 また、明日。


 157社目を受けに行こう。


 落ちるかもしれない。


 でも、それでも、行こう。


 スコアFでも。


 それが、俺の頑張りだ。


   ◇


 帰り道。


 コンビニで、カップ麺を買う。


 470円。


 貯金、1,030円。


 でも、今日は、自分へのご褒美だ。


 頑張った自分への。


 それくらい、いいだろ。


   ◇


 部屋に戻る。


 カップ麺を食べる。


 美味い。


 いつもと同じ味。


 でも、今日は、特別な気がする。


 頑張った自分が、食べているから。


   ◇


 ノラの画面を開く。


 黒猫のアイコン。


 487回、付き合ってくれた。


 一度も、答えを出さずに。


 でも、ずっと、そこにいた。


 それが、嬉しい。


   ◇


『また、明日も頑張る』


 送信。


 返信。


『それが、答えです』










【後書き】


第4話、お読みいただきありがとうございます。


スコアF。

社会が決めた評価に、蒼太は押しつぶされそうになります。


でも、ノラは気づかせてくれます。

一番厳しく自分を評価しているのは、自分自身だということに。


487回の対話を、ノラは数えていました。

ずっと、そこにいました。


「もう、疲れた」——初めて本音を言えた瞬間。


そして初めて、自分を認めることができました。


次回更新:

12月30日(月)12:00 - 第5話


引き続き、お楽しみください。

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2025年12月30日 20:15
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正解を言わないAI「ノラ」が、僕の人生を一番変えた —— その名前の本当の意味を、俺はまだ知らない 凸凹デコポン @Halwimps

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