第12話 スタート・フラッグ
「…ファースト・レースのスタート・ポイントに対してインターセプト・コースで接近中……到着まで15分………方位152マーク734…第5戦闘距離の43倍の所から軽巡宙艦が接近中……識別信号を確認……これが相手ですね……到着まで35分……」
「……35分か……まだあるな……よし! パイロットチームの3人は、艦長控室に来てくれ……」
「……アドルさん!? 」
「……大丈夫だ! シエナ副長……両手…両腕…両肩…肩甲骨の辺りまでしか触らないから……」
「……分かりました……」
私が3人にマッサージをすると察知して、妙な状態を撮影されるのではと危惧したシエナ・ミュラー副長が声を掛けてくれたのだが、私がその可能性がある場所には触らないと応えたので、納得してくれたようだ。
「……直ぐに始めよう……3人とも来てくれ……」
そう言って直ぐに艦長控室に入る……3人一緒に10秒くらいで入って来た。
「……よし、エマから始めよう……そのソファーに普通に座って……右手から始めるよ……施術しながら色々言うから聞いてくれ……」
「……分かりました……」
エマの右手を取って、親指から一本ずつ…丁寧にマッサージしていく。
「……ライブラリー・データベースから疾走感の強い楽曲を選んで、スタートして直ぐフィールドに流すから……リズムに乗って走れ……曲が流れ始めれば、相手は一瞬躊躇するだろうから……その隙を突いて前に出ろ……それから先は基本的に任せる……俺は広い範囲で3Dチャートを観ながら、天体の重力ポテンシャルをレースに利用できそうなポイントがあったら助言するから……」
「……ありがとうございます……」
「……好いよ……手を上げて……」
手のマッサージを終えて手首を解し、腕を少し上げさせて…前腕をマッサージする……肘も解してから、上腕のマッサージをして腕を下ろさせる……次は左手だ。
「……ソフィーとハンナでは、どう担当を割り振る? 」
「……基本的な舵取りは私がしますが、微調整と姿勢制御は2人に任せます……」
「……うん…それが好いな……エマは左利きだな? 左腕の筋肉が発達しているから……」
「……そうです……」
「……操舵パネルの扱いで、やりにくいところはないか? 」
「……特にありません……スムーズにできます……」
「……良かった……ちょっと立って……そこのスツールに座って……」
そう言って丸いスツールに座らせると、背後に回って両肩…頚頸…肩甲骨周辺のマッサージに掛かる。
「……背筋を伸ばして……深めの呼吸で一定のリズムにして……そう……レース・ミッションが早目に発表されて良かったな? 」
「……そうですね……嬉しいです……」
「……頑張ってくれよ……よし! じゃあ、ここまでで好いな……次はソフィーだ……そこのソファーに座って……エマは自分で肩を回して……両腕の筋肉を解してな……よし…じゃあ、始めよう……」
右舷サブ・パイロットのソフィー・ヴァヴァサーをソファーに座らせて…全く同じ要領でマッサージの施術を開始する。
「……どうなんだろうな? たまには右舷と左舷で担当を交代した方が好いんだろうか? どう思う? 」
「……そうですね……たまに左右で担当を交代するのは賛成です……5ゲーム毎に交代するのはどうでしょう? 」
左舷サブ・パイロットのハンナ・ハーパーが、そう応えて問い掛ける。
「……私も賛成ですね……5ゲーム毎の交代にも…ウッ! ……賛成です……4ゲーム毎だと短いですから……」
右肩甲骨下の筋肉を解していたんだが…ちょっと強く力が入ったようで、短い吐息を
「……OK! この件は司令部ミーティングでも
「……はい……背中……両肩から両腕の全体がすごく温かくなって……何より、ものすごく軽くなりました……ありがとうございます……」
「……どう致しまして……ゆっくりで良いから、自分でも肩を廻しておいてね? 」
「……分かりました……」
話しながらハンナ・ハーパーにも同じ手順・要領でマッサージを施していった。
ハンナをスツールに座らせて背後に廻り、肩と頚頸と肩甲骨へのマッサージにシフトして8分……コミュニケーション・アレイの呼び出し音が響く。
「……どうぞ?! 」
「……シエナです……相手艦の到着まで8分です……」
「……分かった! 今終わる……ようし…これで上がりだ……深呼吸して? ゆっくり上体を捻って? 軽く前屈して? OK……ゆっくり肩を廻して? よし…じゃあ、行こう……」
4人で艦長控室から出てブリッジに戻る……マレットがグラスを手渡してくれる。
「……甘くないソーダ水です……」
「……ありがとう……」
受け取ってシエナが空けてくれたシートに滑り込む。
「……コンピューター、ライブラリー・データベースにアクセス……」
【…アクセス…】
「……楽曲名…
【…スタンバイ…】
「……更にその再生プロセスをコミュニケーション・アレイとリンク……このゲーム・フィールド全域に向けて、無差別通常発信スタンバイ……」
【…スタンバイ…】
「……更に、レースがスタートしてから5秒で再生開始……」
【…セット・コンプリート…】
「……相手艦は? 」
「……あと3分ほどです……」
シエナが私を観て応える。
「……ダウンロードは? 」
「……取り敢えずはしましたが……」
「……うん……あまり参考にならないかも知れないけど、艦長とメインパイロットの経歴だけはチェックして? 」
「……分かりました……」
シエナも私と同じ想いのようだ。
「……パイロットチームは深呼吸2回……
「……1分前です……相手艦が逆噴射減速……間も無く位置に着きます……」
「……うん…確認するが、静止しているな? 」
「……はい…完全静止中です……」
この問いには、リーア・ミスタンテ機関部長が応えた。
「……相手艦……速度0…静止しました……ゴール・ポイントが通知されました! スタート10秒前です! 3Dでも表示します! 」
「……エマ! コースをイメージしてくれ! リーア! 臨界パワー150%! 噴射出力130%でスタンバイ! 」
「…了解! 」
「……4…3…2…用意…スタート! 」
「…GO!! 」
並んだ2隻がほぼ同時に艦体全長の2倍以上にまで青白い噴射炎を噴出させ、艦体を前方に弾き出す……ファースト・レースのスタートとして、スタート・フラッグが3Dで2秒間翻った。
先ずエマは取舵を切って眼前の岩塊を躱して廻り込み、
そこでエマは直ぐに『ディファイアント』を右に変針させて加速させながら、相手艦の頭をブロックするかのように前に出させた……相手艦は先行する『ディファイアント』の後方300mの辺りで追い縋っている。
「……カリーナ…ゴール・ポイント迄の距離は? 」
「……直線にして…第5戦闘距離の32倍です……」
「……ファースト・レースとしては手頃な距離……なのかな? 直線ショート・サーキット…ってところか……あまり特徴的で変わった地形でもないし……パイロット・チームに任せるしかないな……カリーナ…識別信号を発信していない艦が接近して来るようなら、警告してくれ……」
「……分かりました……5分毎に、長距離パッシブ・スキャンを自動セット……」
「……副長…相手艦の事を教えてくれ……」
「……はい……軽巡宙艦『ムール・ムール』……トリート・ヴァン・パタン艦長です……メインパイロットは、ノーナ・フリューガー……経歴データを検索しましたが…レースに関連する記事は検出されませんでした……」
「……『ムール・ムール』? シエナ……この艦は、セカンド・ゲームで来襲したグループ・リーダーじゃなかったか? 」
「……はい…72隻を指揮して来襲しました……」
「……ふん…戦う訳じゃないから、心配はしないけどね……それなりに手強いのかも知れないな……まあ向こうも…俺達が相手と知って、驚いているだろう……」
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