第10話 エピローグ

「…ドクター・アトゥール…ドクター・エフライム…ドクター・ヘイシャム…それに皆さん…ドクター・アーレンと彼女達をお願いします…リーア…ロリーナ…君達機関部員には悪いが、艦内システムの再チェックを手分けして頼む…『彼』がアクセスしていた事で生じたバグがあるかも知れない…注意深く観て、見逃さずに処置してくれ…私は、先ずブリッジに上がる…意識が戻っても、無理して動くなよ…」


 フィオナ・コアーが4人の保安部員を連れて来た。


「…艦長、このまま機関室に搬送します…」


「…頼む…私はブリッジに上がるよ…」


「…艦長こそ大丈夫ですか? 診察だけでも受けて下さい…」


「…ありがとう、パティ…私は大丈夫だよ…私が受けたダメージは、君達のそれよりも軽いから…」


 ストレッチャーに乗せられたまま搬出されて行く『彼』を追って、私も医療室から出る…若干、脚が痛くて引き摺っているが…大した事はない。


 このまま見送っても良いのか? あれ程に高度な、自ら思考する知性・知能が33基も失われてしまう…説得する方法は、多分あるんだろう…だがそれを行えるだけの知性も力も、今の我々には無い。


 ブリッジに上がった。


「…艦長、大丈夫ですか? 脚が…」


「…大丈夫だよ、カウンセラー…『彼』は? 」


「…たった今、機関室に入りました…」


「…ありがとう、副長…心配を掛けたね…」


「…いいえ…」


 気丈に振る舞っているが、声は震えている。


「…排出ハッチ解放…手動で放出します…」


 その後数秒で『彼』は放出された…メイン・スラスターは勿論、姿勢制御も効かないからくるくると回転している…だが直ぐに仲間の思考ミサイルが2基、『彼』の両脇に着いてアンカーを架けるとそのまま曳航して仲間達と合流した。


 彼らはほんの一瞬、動きを止めたようにも観えたが…その後の数秒で凄まじい加速を掛けて飛び去り、たちまち視界から消えた。


「…センサー・トレースは続行してくれ…」


 そう言いながら、シートに座る。


 仲間達に曳航されながら超高速で併走して行く…やがて『彼』は体内のリアクターをオーバーフローからオーバーロードへと導き、起爆装置を起動させて自爆した…ミサイル3基の強大な爆発は、たちまち併走して航行していた仲間達を次々と誘爆させていった。


 …ブリッジ…


「…艦長…強大な連鎖爆発を感知しました…距離は、第5戦闘距離の128400倍…『彼ら』が飛び去った方位です…」


「…分かった…只今より、半舷休息…メイン・スタッフは機関部と共同してシステムの再チェック…バグを探して処置してくれ…カリーナ…チェックが終わったら、『運営推進本部』にミッションの判定を訊いてくれ…同時に本艦は、もうこのミッションから離脱するとも表明してくれ…それと、ハル参謀…今回のミッションに於ける全記録を圧縮して、『同盟』各艦に配付して…私は部屋で一服してから、ラウンジに行くよ…」


 そう言って立ち上がり、歩き出す。


「…お疲れ様でした…アドル艦長…」


「…ありがとう、ハル参謀…」


 部屋に入るとジャケットのボタンを全部外してグレンフィデックのボトルを取り出し、グラスに3分の1程注ぐ。


 灰皿とライターも取り出してデスクに着く…モルトをひと口含み、1本を咥えて点けた。


 何だ…モルトを呑んでも苦いし…煙草もそんなに旨くない…こりゃ、こんな時の呑み食いは駄目って訳か…やれやれ…


 それでも含みつつ燻らせていく…喫い終わって揉み消した頃合いで、携帯端末が鳴る。


「…どうした? 」


「…艦長、ハイラム・サングスター艦長からコールです…」


「…音声だけ? 」


「…はい…」


「…分かった…切り替えてくれ…」


「…了解…」


「…どうも、ハイラムさん…お疲れ様です…そちらもミッションは終わりましたか? 」


「…アドルさんもお疲れ様です…ええ、こちらは終わりましたが…会議室の書き込みを観て気になりましてね…全容は判りませんが、#随分__ずいぶん__#と…難しいミッションだったようですね…」


「…難しい…と思う暇もありませんでしたが…確かに、ひとつ間違えば艦諸共に吹き飛ぶような…ミッションではありましたね…なので…また例によって、疲れ切ってます…」


「…ミッションの判定は? 」


「…まだ報告は受けてないんですよ…まあ、どっちでも好いんですけれどもね…そちらのミッションは、どんなものでしたか? 」


「…簡単に言えば、人助けです…救難信号の発信源は、#駆逐艦__くちくかん__#クラスの#宙賊艦__ちゅうぞくかん__#3隻に#襲撃__しゅうげき__#されていた、中型の豪華クルーザーでして…奴らの目的はその船に乗っていた、さるやんごとなき家柄・血筋のお姫様を#強奪__ごうだつ__#する事だったのですが…#寸処__すん__#でのところで間に合いましたので、そのまま援護・防御の交戦に入り…結果として敵艦1隻を撃沈…残る2隻は、それぞれ中破程度で#潰走__かいそう__#しました…こちらとしては、クルーザーが航行不能になりましたので…全乗員をこちらに移乗させて、#寄港地__きこうち__#まで送って差し上げたと言う次第です…」


「…相変わらずの、鮮やかなお手並みで…」


「…いやいや…賊の割には根性の無い奴らでしてね…1隻沈められたぐらいでビビり散らかしまして、逃げ出しましたから…」


「…何はともあれ、ミッションクリア、おめでとうございます…」


「…ありがとうございます…『ディファイアント』も、きっとクリアしていますよ…」


「…ありがとうございます…」


「…これからどうします? 」


「…暫く休んでから、食事にします…正直、このミッションはこれでもう充分です…」


「…改めて、お疲れ様でした。また外でお会いしましょう…」


「…お疲れ様でした…ありがとうございます…それではまた…」


 通話を終えて、端末をデスクに置く…上着を脱いで、デスクの上を片付け…水を飲み顔を洗って、また着直す…改めてデスクに着きひと息つくと、また着信だ。


「…カリーナです。よろしいですか? 」


「…ああ、いいよ…どうした? 」


「…全システムのチェックを完了…バグは7個でしたが、処置は終えました…」


「…ありがとう。ご苦労さん…」


「…それとミッションの判定についてですが、クリアでした…」


「…クリア? あれでか? 」


「…それで今回、クリア判定の理由が付けられていました…読みますか? 」


「…頼む…」


「…先ずひとつには『ディファイアント』が無事であり、クルーに死亡判定が出なかった事…もうひとつは、救難信号を発信した対象者に対して誠意・誠実・真摯に対応した事…今ひとつには、戦争の再発を阻止した事…だそうです…」


「…分かった。ありがとう…賞金の取り扱いは、ハル参謀に一任する…経験値はまた20項目に#亘__わた__#り、等しく分配して付与してくれ…」


「…了解しました…」


…その後…フィオナ・コアー保安部長のマッサージを受け…食事も終えて、ミッドナイト・シフト・タイム…


 ブリッジでの深夜当直に向かう前、医療部に寄った。


「…誰かいます? 」


 ひょこっと診療診察室に顔を出す。


「…艦長! どうしたんですか? こんな夜中に? 」


「…医療部長こそ…あんな事があったのに、大丈夫なんですか? 」


「…私は意識を失っていただけで、身体には何のダメージも無かったんですよ…『彼』がエネルギー・マトリクスの一部で、私を守ってくれていましたから…」


「…どおりで…取り押さえられなかった訳ですね…」


「…艦長こそ、具合はどうですか? 受診されていませんでしたね? 」


「…私は大丈夫です…ちょっと脚が痛かったんですけど…保安部長のマッサージも受けましたのでね…今はもう、全然…」


「…そうですか…でも、何か違和感があったら、直ぐに来て下さいね? 」


「…解ってますよ、ドクター・アーレン…それで、彼女達はどうしてます? 」


「…全員、部屋に帰りましたよ…」


「…状態は? 」


「…貴方と機関部長が全員を簡易診断して、バイオ・ベッドに寝かせてサポート・セットまでしてくれていましたので、その後の治療とケアにそれ程の手間は掛かりませんでした…全員、明日は朝から配置に就くと言っていましたが、10:00までは休むようにと言っておきました…」


「…良かった…ありがとうございます…」


「…ええ…彼女達のケガは、私の責任ですからね…どんなにホッとした事か…」


「…A I に操られていただけですよ…」


「…いや、そう言う意味じゃありません…『彼』を救助して収容し、治療するように主張したのは私です…正体が判明してからでさえ、そう主張しました…」


「…『彼』はA I でした…とても#手強く__てごわ__#て、頑固なね…ねえ、ドクター…僕は貴方が居たから『彼』を説得できたんですよ…」


「…私は別に…何もした憶えはありませんよ…」


 そう言ってドクターはデスクに着いた。


「…とんでもない…僕は貴方の…例え相手がどのような存在であっても救える筈だ…治せる筈だと言う…思い遣りに溢れた#真摯__しんし__#な姿勢を観て…例えA I であってもプログラムは乗り超えられる、との確信を#以て__もっ__#説得する事ができました…今日ほどそれを、実感した事はありませんでしたよ…」


「…作戦が成功して良かった…ありがとう…」


 ドクターの顔にも、笑顔が戻る。


「…ブリッジに行きますよ…私にも深夜当直が割り当てられていますのでね…また救難信号が飛び込んで来るかも知れませんが…#尤も__もっと__#もう、受けるつもりはありませんがね…」


 そう言いながらドクターの左腕を軽く叩いて#踵__きびす__#を#反す__かえ__#。


「…君は『ディファイアント』の恩人だよ…」


「…私だけじゃありません…『ディファイアント』は#皆__みんな__#の船ですから…」


 そう言って頷いてから、医療室を後にした…一度部屋に戻り、ギターを手にしてブリッジに上がる。


 ブリッジに入ると先ず、ギターをキャプテン・シートに立て掛けて、機関部長の席に座っているアイリア・モリッシーからPADを受け取る。


 スクロールして日誌を読み進めながら、推進方向に数歩歩く…メイン・パイロット・シートには、アーシア・アルジャントが座っていた。


「…アーシア…#操舵__そうだ__#状況を頼む…」


「…現行速度…セカンド・スピード…#針路__しんろ__#135マーク246…」


「…センサー・レンジに珍しい反応は? 」


「…何もありません…」


「…いつも通りね…」


「…発言してもよろしいでしょうか? 」


 アーシアが座ったまま振り向いて訊いたので、また少し歩み寄る。


「…駄目って言った事、あったかな? 」


「…艦長の噂で持ち切りです…」


「…ほお…」


「…艦長は、高性能の兵器よりも高性能だって…」


「…いいや…僕は思考能力を備えられたA I とのファースト・コンタクトを果たして…幾つかの事を…『彼』に解って貰っただけだ…後は『彼』が…自分で考えて、判断した…」


「…分かりました…一般クルーを代表して、お礼を申し上げます…ありがとうございました『ディファイアント』を救って下さって…」


「…どう致しまして(笑)! いつでもどうぞ! 」


 そう応えて、シートに向かって振り向いたが…もう一度振り返った。


「…アーシア…頼んでも好いかな? 」


「…はい! もちろんです! 」


 悪戯っぽく微笑みながら続ける。


「…もう救難信号はゴメンだ(笑)…少なくとも…あと2時間はね…それと…君との面談がまだだったね…明日のディナー・タイムにどうかな? メニューは任せるから、君の部屋で…」


「…分かりました…嬉しいです…お待ちしています…」


 ギターを取ってシートに座り、脚を組む。


 構えてチューニング・チェックがてら、様々な短いパッセージを爪弾く。


 そのまま、星の海に舟を浮かべてふたりで冒険の旅に出ようと言う歌を、弾き語りで歌った。

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