第9話 私は大量破壊兵器だ
…医療室…
上手く呼吸できない…床に寝たまま寝返りを打って手を伸ばし、
「…う…はっ…リーア…うっ…大丈夫か? 」
「…なん…とか…」
何とか指を何かの出っ張りに掛けて上体を持ち上げようとする。
「…皆の…呼吸と#脈拍__みゃくはく__#を調べよう…呼吸不全や…#頻脈__ひんみゃく__#…#徐脈__じょみゃく__#を起こしていたら…先に…バイオ・ベッドに寝かせる…」
「…了解…」
「…携帯…メディカル・サーボ・スキャナーを取って…」
ジャニス・マニアがノロノロと起き上がり、ふたつのスキャナーを私とリーアに手渡す…私達は3人で1人ずつ、倒れている彼女達を簡易に診察し…バイオ・ベッドに寝かせて、呼吸サポート…または心拍サポートをセットした。
「…ふう…ああ! これで大体…大丈夫かな…」
…同じ頃…飛来した32の自律思考ミサイルとランデブー状態で、ともに航行する『ディファイアント』…
…ブリッジ…
「…飛来した自律思考ミサイル群の1基がメッセージを送信しました…艦内の思考ミサイルに向けてです…」
カリーナ・ソリンスキーが報告した。
「…ブリッジから医療室へ…32基の自律思考ミサイルが出現しました…現在は『ディファイアント』とランデブーしています…そして、中の1基がそちらに向けてメッセージを送信しました…」
そのままシエナ・ミュラーが医療室にいる我々に向けて告げる。
…医療室…
ようやっとデスクやコンソールの端を伝いながら、ドクターの近くにまで歩み寄り…手をコンソール・パネルに掛けて、そのまま身体をもたせ掛けて立った。
「…この私を探知したのだ…彼らも同じターゲットを狙って航行する中で私を探知し、後を追ってコースを変えたらしい…私にこの艦から出ろと命じている…今の私は推進機関が損傷していて、自分では動けないが…外に出れば、私を援護して#牽引__けんいん__#して行くそうだ…」
ブリッジからシエナが私に呼び掛ける。
「…シエナからアドル艦長へ…生体ニューロ・マトリクスを再#統合__とうごう__#して、思考ミサイルを艦外に放出するべきかと思いますが…」
…医療室…
まだ楽に呼吸できないが、何とか応える。
「…シエナ副長、それは出来ない…」
「…なぜでしょうか? 」
「…この1連の思考ミサイル群は、間違えて発射されたものだからだ…」
ドクターが、いきなり物凄い形相で私を睨み付ける。
「…やめろ! いいから私を艦外に放出するのだ! 」
シエナ副長がブリッジから訊き返した。
「…アドル艦長、どう言う事ですか? 」
「…シエナ、すまない……時間をくれ……」
そして、ここでドクターに顔を向ける。
「…君は間違ってる……味方は君を止めようとしているんだぞ! 」
「…事実かどうか判らん…」
「…事実さ…メモリー・ファイルをチェックして、確認コードを探すんだ…」
「…そんな時間は無い…」
「…コードを探せよ! 」
「…マトリクスを統合しろ! 」
「…断る! 」
シエナ・ミュラーがブリッジから口を挟む。
「…アドル艦長に従わなければ『ディファイアント』の外には出しません…」
「…君らに私に対しての命令権は無い! 」
「…今起爆すれば、外のお仲間達諸共に吹き飛びますよ…良いんですか? 」
シエナの言葉に、ドクターは眼を見開いて口を引き結ぶ。
私は低く強い声で、ドクターの目を見ながら言った。
「…確認コードを、探すんだ! 」
ドクターは私の眼と声の力に押され、渋々と言った感じでコンソール・パネルを操作する。
「…連続コミュケーション・パケット177…ベクター6732…『戦争は終結した』……確認…『あらゆる戦争行為の禁止』……確認…『無許可の発射』……確認…『任務中止命令』………確認…」
ドクターの左隣にまで歩み寄る。
「…直ぐに起爆装置を解除して、外の仲間達を止めるんだ…」
「…これは罠だ…」
顔を背けてその場を離れるドクター。
「…この確認コードには、ランダム変調アルゴリズムが使われている…#擬装__ぎそう__#や#複製__ふくせい__#は不可能だ! 」
モニターのデータを示しながら言う。
「…敵は#冷酷__れいこく__#で、#凶暴__きょうぼう__#な種族だ…」
「…敵に会った事は無いんだろう!? プロパガンダを入力されて、それを信じるようにプログラムされてるだけだ! 」
「…私は発射命令を受けたのだ! 」
私に背を向けたまま叫ぶ。
「…だがそれは撤回された! 」
また私に向き直り、目の前まで来た。
「…私はシリーズ5(ファイブ)長距離戦術#機構__きこう__#ユニット! 指定されたターゲットを目指し、それを制しようとする総てを排除して到達し、ターゲットを破壊しなければならないのだ! 」
「…君の知能には、思考能力が備えられている…」
「…私には、私を創造した味方の種族を守り、ターゲットを破壊する義務がある! 」
「…君の知能に思考能力が備えられているのは、何か問題が起これば自分の意思で考えて、意志決定を下すためだ。今がその時なんだよ! 無数の命が掛かっているんだ! 」
それを聴いてドクターは、深く#懊悩__おうのう__#する表情を#顕し__あらわ__#、4歩歩いた…私は彼の直ぐ後ろに立ち、右肩越しに語り掛ける。
「…君はドクターの感覚を得た事で、クルーの気持ちを少しは実感できたはずだ…じゃあ、今度は犠牲者の気持ちを想像してみてくれ…君の最初の犠牲者…彼女達の気持ちを……君がこのまま進めば彼女達のような犠牲者が、数百万から数千万にもなるんだ…君が今ここで思い直さなければな! 」
耳に障る酷い不協和音が響く…ドクターがパネルの前に立って内容を観る。
「…なぜ艦から去らないのか、訊いて来ている…」
「…言うんだ! 」
両手を広げて訴える。
「…任務の中止命令を送信してみよう…」
疲れ切ったように大きく息を吸って、そのまま吐いた。
「…彼らも任務の中止命令は受信していたのだ…だが既に境界線を越えていた…1度ターゲットから30万km圏内に入ってしまえば、回避は不可能になる…」
「……戦争は終わったと言ってくれ…」
「…言ったとも…」
「…じゃあ、君が中止命令を受信したのは、30万km圏内に入る前だったと! 」
暫く不協和音同士で遣り取りをしていたが…
「…信じようとしない…」
「…信じる・信じないは君次第だ…」
「…彼らは正式な、確認できる命令しか信用しない…説得は不可能だ…」
そう応えたドクターは、暫く目を伏せて床を観ていたが…やがて顔を上げると、私を観た。
「…生体ニューロ・マトリクスの再統合を頼む…私を仲間達の元に帰してくれ…」
「…そんな事は出来ないよ…解ってるだろう? 」
「…今の私に、かつて敵であった種族が建設した軍事施設を、攻撃して破壊する意思は無い……仲間を止める…」
「…でも、どうやって? 」
「…なに、心配ない…私は大量破壊兵器だ…私達に発せられた指令は間違っていた…それらは正され…撤回されて、確認コードによっても証明された…だから私は、敵を憎むためだけに組まれたプログラムなどは乗り越えてみせる…君もその#疑念__ぎねん__#を乗り越えてくれ…」
多分、私は10秒くらい迷っていたのだろう。
「……! リーア、手を貸してくれ……アドルよりフィオナ、保安部員4名を連れて医療室に来てくれ…続けてアンバー・リアム主任機関士、聴こえるか? 」
「…聴こえています。どうぞ…」
「…廃棄コンテナの排出ハッチを手動で開いて待機していてくれ…」
「…分かりました…」
「…それと君は第5デッキの封鎖を解除してくれ…」
「…分かった…」
第5デッキの封鎖は解除され、他のドクター達が全員医療処置室に入って来た。
「…皆さん、すみません…彼女達を診て下さい…それ程の重症者はいない筈ですが…」
「…シエナよりアドル艦長、どう言う事ですか? 」
「…ナンバー・ワン…『彼』と、外の仲間達を止める事で合意した…これから生体ニューロ・マトリクスを再統合し、『彼』の意識も本体に移殖し直して…思考ミサイルを艦外に放出する…」
「…分かりました…」
リーア・ミスタンテが、手許のコンソールと壁のタッチパネルで指先を走らせる。
「…生体ニューロ・マトリクスの再統合を完了…」
「…ありがとう、リーア…意識の再移殖を行う…ジャニス…ヘザー…それに皆さん、意識の再移殖が終わったら、ドクターは倒れます…支えてそのままバイオ・ベッドに寝かせてやって下さい…」
「…分かりました…」
私も壁面タッチパネルを両手の指で操作した。
「…これで最後だよ…用意はいいかい? 」
「…ああ、OKだ…」
「…こんな事になってしまって…残念だよ…」
「…私は任務を#遂行__すいこう__#する…ターゲットが変わっただけだ…」
「…君が任務を達成した事を、何処に報告したら良い? 」
「…戦略指令マトリクスに……私のアクセス承認コードを使って伝えてくれれば良い…」
そう応えたドクターは、安心したように微笑んでいた…私はこの微笑みを、彼と知り合って初めて観たような気がした。
込み上げる想いを飲み込みながら、タッチパネルで最後の操作をする。
ピピッピ…
最後の操作を終えると、思考ミサイルは完全に起動し、ドクターはぐにゃりとバランスを崩したが、4人で支えたので倒れることなくバイオ・ベッドに横たえられた…身体の反応を観ながら、慎重にヴァイザーをシャットダウンしてゆっくり頭から外した。
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