第5話 ドクター・アーレン
『ディファイアント』…ブリッジ…艦長控室…15分後…
私はコーヒー・カップをソーサーに乗せて両手で持ち、デスクに腰を
スタッフ達も好みの飲み物を出して、思い思いに座っている。
「…チャレンジ・ミッションに参加して、キャッチした救難信号の発信源に接近…接触…救助して収容したら、その正体は
マンデリンのホットをいつもと同じに出させたんだが、何故だかいつもよりだいぶ苦い。
「…艦長…残念ですが、今回のチャレンジ・ミッションは諦めましょう…とてもじゃありませんが、危険過ぎます…今は記憶中枢に損傷があるせいで、メモリー・プログラムを思い出せないでいますが…治れば設定されたターゲットに向おうとするでしょう…『あれ』は直ちに放出して、破壊するべきです…」
フィオナ・コアーはとんでもない事だと言う表情だが、ドクター・アーレンは直ぐに反応した。
「…フィオナ保安部長…『彼』には感覚があるんですよ…殺すつもりですか…それに、今の『彼』に我々への敵意はありません…」
壁に背を付けて立っていたドクターだったが、フィオナの隣にまで歩み寄る。
「…今のところはね…」
ロリーナ・マッケニット副機関部長がソーダ水のグラスを置いて言う。
「…ドクターは『あれ』を治したいんですか? 」
ミーナン・ヘザー副観測室長が訊いた。
「…勿論! 救助した以上は当然でしょう…」
「…『あれ』はターゲットを設定されて発射されたミサイルです…治ればそこへ向おうとするのは明白です…艦内で修理するなど以ての外です…」
エドナ・ラティス砲術長は立ったまま腕を組んで、私とドクターの顔を交互に観た。
「…『彼』の知能は高度なレベルで構築されたもので、思考能力も備えられています…治療が終わったら事情を説明して、起爆装置を解除するように協力を求めるのです…」
ドクターは周りを見渡すように主張した。
「…『あれ』でも『彼』でも別に良いが…本質は大規模な破壊力を内包し、ターゲットをプログラムされたミサイルだ…話し合いになれば良いがね…」
私はそう応えて、もう一口飲んだ。
ハル・ハートリー参謀がこちらに顔を向ける。
「…それなら惑星上に降ろして、警告ブイを設置しましょう…」
「…殺したり見捨てたりしないで、もっと建設的な解決策がある筈です…」
ドクターの主張は真っ当なものだ。
「…ニューロ・シナプス・ネットワーク・マトリクスを、あのミサイルから取り外せないかしら? 」
シエナ・ミュラーが問う。
「…それが上手くいけば、兵器としてのシステムを停止させても、知能は救える訳だな? 」
そう言って、ソーサーごとカップをデスクに置いた。
「…上手く外せたとして、兵器を停止させた後の知能の取り扱いはどうするの? 」
メイン・センサー・オペレーターのカリーナ・ソリンスキーだ。
「…あの知能の個性と言うか…キャラクターとあまり#乖離__かいり__#しないように、3D ホログラム・マトリクスで
そう言って腕を組む。
「…その後はどうします? 」
マレット・フェントン補給支援部長だ。
「…『彼』の産まれ故郷を探し出して、そこに帰してあげれば良いんです…」
希望を見出したかのように、ドクターが言う。
「…あのミサイルのシステムは、とても複雑です…ひとつ間違えば起爆に繋がります…」
パティ・シャノン観測室長が注意を喚起する。
「…命を救おうとする行為に、危険は付きものでしょう! 」
「…分かりました、ドクター…私と貴方と、リーアとロリーナとパティとで、このプロジェクトに取り組みます…副長はブリッジで監視していてくれ…『彼』は、医療部処置室に移します…主任機関士2名を中心に、処置室周辺の構造維持フォース・フィールド・ジェネレーターにも手を加えて、フィールド・パケットを室内に構築できるようにして下さい… しかしドクター…危険だと認定したら、『彼』は直ちに放出します。良いですね? 」
「…承知しました。ありがとうございます…」
…25分後…機関室…
既にヴァイザーを装着したドクターが入室して、ストレッチャーに乗せられたミサイルに歩み寄る。
「…コンピューター、抑制フィールドをレベル1まで低下…」
【コンプリート】
「…気分はどうだね? 」
『ここで私に、何をしようとしているのか? 』
「…うん…#尤も__もっと__#な質問だね……私達は君のその…#故障箇所__こしょうかしょ__#を修理しようとしているんだよ…」
『…私は…有機的な生命体ではないのか? 』
「…ああ…この事を君にどう伝えようかと考えていたんだが…言葉を#濁__にご__#しても仕方ないな…君の本体は機械なんだよ…君の知能は誰かの手によって構築されたA I で、君の機械的本体に内蔵されている…だが君の神経回路は有機知的生命体のそれに模して作られた、非常に高度なものなんだ…君は空間航行体で…岩塊デプリに衝突した際にダメージを負い、今は様々に混乱している状態だ…ここはこの艦の機関室なんだが、今から君を医療部処置室に移す…そこでの方が細かくデリケートな医療的修理に適しているからね…だから心配は要らない…安心していてくれ…」
『…私は、どのような姿形をしているのか? 』
「…ああ…君は全長2m程の、ほぼ円筒だ…左右対称のデザインで…非常に機能的なシステムに観える…」
その時、フィオナが4人の保安部員を連れて来た。
「…ドクター、処置室の準備が出来ました…今から搬送します…」
「…頼みます…さあ、今から行くよ…」
『…私の身体を、どのように治すのか? 』
「…本当に残念だし、君には申し訳ないとも思うんだが…私達から観て君のシステムは、高度に構築されていて#精緻__せいち__#に入り組んでいる…スキャンを掛けてもその細部までは判明しなかった…だから、君の知能と生体神経マトリクスをそのままにして、治療的修理を行うのはリスクが高すぎると判断した…なので、一時的な避難措置として…君の知能と生体神経マトリクスのパターンを、君の本体システムが完全に直る迄の間…こちらのメモリー・ファイルに保存する事にしたんだよ…暫く不便を掛けると思うが、どうか理解して欲しい…その代わり君の本体システムは、完全・確実に治すと約束しよう…すまないが、ヴァイザーを被って喋っていると、ちょっと苦しくなるんでね…暫く失礼するよ…」
そう言い終えてドクターは、ヴァイザーを切ると頭から外した。
「…ドクター…なかなかに仰いますね…『嘘も方便』ですか? 」
「…ちょっと警戒し過ぎだったかも知れないがね、保安部長…このA I はかなり高度なものだから、このぐらい言っておかないと…いつ何を言い出すか分らないからな…」
そう言いながらドクターは頭を掻いたり髪を撫で付けたりしつつ、ストレッチャーを押す保安部員達と一緒に歩き、ターボ・リフトに乗り込んだ。
「…デッキ5(ファイブ)…」
と、ドクターが告げた。
医療処置室では既に、私とリーア・ミスタンテ機関部長…ロリーナ・マッケニット副機関部長…パティ・シャノン天体観測室長が、ストレッチャーに乗せられた『彼』を待ち受けていた。
ストレッチャーをパケット・センターで安置させると、リーアが私にメンテナンス・ツールを手渡して…早速作業に掛かろうとする…が、ミサイルの本体システムが盛んに反応し始める。
『…何をしようとしているのか? 』
「…怖がらなくても大丈夫だ…作業を始めるには、システムにアクセスする必要があるんだから…」
『…これから始める作業の手順を、最初から詳しく解説しながら行ってくれ…』
「…『彼』が、作業の手順を最初から詳しく解説しながら…やって欲しいと言ってる…」
「…すごく複雑な作業なんですよ…とてもじゃありませんが、詳しく解説しながらでは出来ません…」
「…リーア・ミスタンテ機関部長を許してやってくれ給え…とても優秀なエンジニアではあるんだが、患者への接し方に於いては…#些か__いささ__#問題があるようでね…」
リーアが横目でドクターを睨む。
「…艦長! お願いします…」
突き放して、私に押し付けるようにリーアが言う。
「…あ? ああ…分かった…先ず…アクティブ・インターリンクをセットアップする…君と…こちらのシステムとの間にね…それで…君の知能的存在と、そのシステム・パターンのコピーを…こちらのシステムのメモリー・バッファに移し替え終わる迄の間…君のプログラムを停止させて貰うよ…生体神経マトリクスのパターンをコピーしてダウンロードし終える迄の間だ…」
『…私のプログラムを停止させるのは承認出来ない…』
「…プログラムを停止させる訳にはいかないと言っている…」
「…悪いけど、それしか方法は無いのよ…」
リーアがそう応えると、ミサイルのシステムが激しく反応し始める。
その反応はブリッジのセンサーにも捉えられた。
「…副長…ミサイルが起爆準備を開始しました…」
カリーナ・ソリンスキーがシエナ・ミュラーに報告した。
「…ブリッジより、アドル艦長…ミサイルが起爆準備を開始しました! 」
「…ドクター! 止めてくれ! 」
「…自分を破壊してしまう事になるんだぞ! 我々も吹き飛ばされる! 」
私は壁のコンソール・パネルに指を走らせ、簡易スキャンをかけて観る。
「…爆発まで20秒だ! リーア! インターリンクは通じている! こちらのパワー・マトリクスからE M パルスを送り込んでショートさせよう! 」
「…了解! 」
「…残り15秒! 」
「…頼む。やめてくれ。君を助けようとしているだけだ! 」
ドクターは必死に頼んでいる。
「…10秒…9…8…」
「…E M パルス、開始! 」
「…6…5…」
「…いくわよ! 」
キュウウウウン……
「…やった…寸での処だったな…」
「…なんて事を…」
「…ドクター…このミサイルに肩入れしたい気持ちは分かるけど…」
「…嘘つきめ…」
「…なんですって? 」
「…私の生体神経マトリクスを移植させると言いながら、その実停止させようとした…」
「…あなた…このA I なの? 」
もう一度コンソールで簡易スキャンを掛けて観た。
「…インター・リンクを辿り、ヴァイザーも経由してドクターの意識に入り込んだんだ…」
「…医療室からブリッジ! 通じない…医療室から機関室! ダメだわ…インター・リンクからシステムにも侵入して、コントロールを奪われました! 」
「…ドアも開かない…閉じ込められたな…」
(…メイン・コンピューターまでは乗っ取られなかったな…ドクターの意識に入り込んだ時点で、E Mパルスでミサイルのシステムがショートしたからだろう…
「…なぜ私を破壊する? 」
ドクターの口調は冷静だが、
「…起爆装置を解除しようとしていただけだ…」
「…私は兵器だ…」
「…それは解ってる…」
「…なぜ言わなかった? 」
「…用心のためだった…君に危険な真似をされる事は、困るからね…」
「…案の定だわ…」
リーアの口調は『だから言ったのに』と言うニュアンスだ。
「…破壊はさせない…私は任務を遂行する…」
その言葉にはちょっと驚いた。
「…記憶が戻ったのか? 」
「…そうだ……私はシリーズ5(ファイブ)長距離戦術機構ユニット…故郷から発射された…私を創造した彼らは#脅威__きょうい__#に#曝__さら__#されている…敵の種族からな……仲間のユニットは破壊されたが、私はターゲットに到達する…この艦で運ぶのだ…」
「…先ず…君の故郷とコンタクトを執ってみよう…どこの#惑星__ほし__#か教えてくれれば…」
「…私は任務を再開する!! 」
そう言ってドクターは、ミサイルの外面に並んでいる6個のボタンを、ある順番で押す…するとミサイルが、また目覚めた。
ミサイルの目覚めは、またブリッジのセンサーにも捉えられた。
「…副長…ミサイルが再起動して、再武装しました…」
「…保安部員は? 」
「…まだ医療室には入れないようです…第5デッキの全域が封鎖されています…」
「…フィオナ、通信は傍受されているからブリッジに来てちょうだい! 」
シエナが副長席左アームレストのカバーを引き剝がすように開け、取り出した緊急コミュニケーターで呼ぶ。
「…分かりました…」
フィオナは、左耳の中に入っているコミュケーション・ウィスパーを左人差し指で操作し、応えた。
ブリッジのメイン・ビューワに、医療室から接続された。
「…副長…何を企んでいるのかは知らないが、実行しない方が賢明だ…私に対抗する、どのような行動も勧めないし、諦めた方が良い…下手な動向を観せるようなら、私は起爆する…この艦とクルー全員が、吹き飛ぶだろう…新しい進路を転送した…指定した座標まで、フル・スピードで前進せよ…」
「…ドクター・アーレン…」
「…彼は消えた…もういない…」
「…副長…座標への方位は、372マーク194…距離は第5戦闘距離の689400倍です…」
エマ・ラトナーがメイン・パイロットシートから振り返って報告する。
「…あなたの故郷? 」
「…私のターゲットだ…そのコースを進むなら、敵が設置した空間機雷源を迂回できる…決して逸れるな…言う通りにしてくれれば、この艦に危害を加えるつもりは無い…座標のターゲットに接近したら、私をそれに向けて射出してくれれば良い…」
「…戦争の片棒を担ぐつもりはありません…戦争に#纏わる__まつ__#どのような干渉もできません…」
「…既に干渉している…私にな…」
「…助けようとしただけです…」
「…正体が判るまではな…判った#途端__とたん__#に停止させようとした…」
「…ミサイルの起爆装置だけです…あなたじゃありません…」
「…分ける事などできない…私は私だ! コースを変え給え…でなければ爆発させる! 」
少し
「…そうなれば、ターゲットへは辿り着けませんよ…」
「…私は必ず目的を達成するようにプログラムされている…妨害された場合には、それに関わった総てのものを敵と#見做す__みな__#…コースを変更し、君らの行動を常に監視できるよう…センサーを転送し給え…」
「…その前に医療室のクルーを解放して…」
「…私に交渉する機能は無い…クルーはこのままだ…」
「…エマ…コースを変更して…カリーナ…センサーを医療室へ転送…」
「…実に賢明な決断だ、副長…」
接続は向こうから切られた。
「…ハル…集められるスタッフを全員集めて…あんなミサイルのA I に負ける訳にはいかないわ…」
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