第2話 VORPAL BUNNY

 マッキネン・ジモネは斜め上空から追い縋ってくる真っ赤な機体に辟易していた。


「マジでしつけぇな、あの赤いCF…… Perkele! 誰が都市警備ポリスより速いって? オレ様だよ、クソッタレ!」


 腰高で、高い位置のパイロットシートで、ハイアングルにセッティングしたバーハンドルを使って全身で荷重をつけながらマッキネンは毒付いた。


 チョロい仕事のはずだったのに、なんで自分はこんなところで逃げ回るハメになった……?

 

 このトランシスコ・ベイと呼ばれる企業都市国家テリトリーは治安の良いとされている場所だ。

 警察機構シティポリスが完備され、アップタウンはお手本のような近代都市建築。

 

 裏を返せば、マッキネンのような手練れの犯罪者から見れば甘ったるくて、腑抜けた場所だ。

 

 警察なんてものがカバーできる範囲は、金持ち連中が住む場所中心―― いいところ、中流あたりの正式な市民様が住むところまでだ。


 その範囲から外れる場所は都市テリトリー自由集落コミニティの境が曖昧で、こギレイな場所の裏側には見た目がわからない、真っ黒なものがこびり着くように入り込んでくる。

 

 あっという間に貧民街スラムの出来上がりだ。


 そのくせ、中途半端にルールなんてものが整備されているおかげで、追っかけて来る連中も余計なもんをぶっ壊して賠償されることにビビり、すぐに撃たれるなんてこともない。


 それに、地区の外側の貧民街スラムには、警察はすぐには来ない。

 

 雇った仲間とCFで襲えば、後はいつも通りだ。

 

 取り囲み、武器を突きつけ、お馴染みの「手を挙げろ! ブツを出せ!」だ。

 

 そして荷物を奪ったら、さっさと逃げる。

 そして奪ったブツを引き渡して報酬を受け取る。

 

 そうやって、あっさりと終わる予定だったのに――。


 何も難しくはない、簡単な仕事だ。

 だが、目的のブツを積んだ輸送用小型ライナーポッドを仲間と包囲した瞬間に強烈なジャミングを食らった。

 

 気がつけば、どこから現れたのか、真っ赤なCFが、二人の仲間のうち一人の機体の首を跳ね飛ばした。


 普通ならこれで一網打尽なのだろうが、マッキネンは冷徹なプロフェッショナルだった。

 仲間との通信が切れた瞬間には、これが待ち伏せだと悟った。


 マッキネンは仕事のたびに仲間を調達する――。

 理由はただ一つ―― まずくなったらあっさりと裏切って、見捨てるためだ。

 現地調達の使い捨てだから足も付きにくい。


 だから今回も相手の姿を捉えた途端に、迷うことなくもう一人の仲間をごと、両肩に仕込んだ60ミリバルカンで撃ちまくった。


 失敗だと悟れば、迷わず逃走するだけだ。

 マッキネンはそうやって、これまで一度として捕まらず逃げおおせてきた逃走のプロフェショナルだった。


 ところが、赤いCFはバルカンの乱射を避けていた。

 その上、テリトリーの外へと向かうルートを塞ぐように接近すらしてきたのだ。


 両腕のシールド上のカウルから伸びる突起が目の前に迫ったのをのけ反ってかわした。


 目の前をかすめた突起が、赤熱化して鈍い光を放つヒートシンク・パイルだと気づいた。

 まともに食らえば、簡単に焼き切られる。


 それ以前に、マッキネンはこれほどまでに肉薄を許したのは、久しぶりのことだった。

 ましてや、強奪屋をやるようになってからは初めてのことだ。


 こいつはマズイと直感で感じたマッキネンはのけ反った反動のまま、ベータRRTを後方回転させ距離をとり、相手の機体のサイズでは入ってこれそうにないスラムの街区へと逃げ込んだと言うわけだ。


「なんなんだ、あの赤いのは!」


 一瞬でも、相手のパイロットから見えなくなれば、あとはどうとでもなるとたかを括っていのだが、目論見が甘かった。

 

 ロールオンからのステップヴォルト、チートゲイナー。

 スミスグラインドにテールボーン―― それにロールバック。


 クロスの技やエアなどのトリックを織り交ぜるが、相手はまったく引っかからない。

 技で逃げ切れないなら、隠れる場所が多い場所に潜り込む必要がある。


「ええーい! こんな仕事で奥の手を使わされるとは!」

 

 高層ビル群の通気孔や、地下に潜り込めるダクトなど…… あの赤い機体が物理的に追ってこれない場所が必要だ。


 行政区エリアに逃げ込むために、マッキネンは必死だった。

 あそこなら、ベータRRTの機体を捻り込んで潜む場所は山ほどある―― あの赤いやつの図体では入ってこれないはずだ。


 確実に逃げ切るために、マッキネンは左ハンドルのウェッポン・セレクターから両腕内部に仕込まれた奥の手のハプーンガンを起動した。


「これならどうだ!」


 スラムの低層ビルの障害物でパームスピンをしつつ、左手を上体で隠し、相手の死角からチェーン付きの銛を打ち出す。

 射出した銛が建物の壁に突き立ったと同時にチェーンをリバースする。

 

 瞬時にベータRRTはグルリと半回転し、鋭角に方向を転換して銛を打ち出した方向へと引っ張られていく。


 さらに、今度は右手からハプーンガンを打ち出し、左手の銛を巻き取ると同時にウォールランに移行した。


 トリックやエアにさらに、チェーン付きの銛を打ち出し鋭角な動きや、加速しながら、変則な動きを可能にするマッキネンの奥の手だ。

 これならばと、背後を確認するマッキネンの目が驚愕で見開かれた。


 「そんなバカな!?」


 こちらの道具を駆使しての変則軌道に対して、明らかにオーバーパワー、オーバースピードになっているというのに、赤いCFは反応し、パワースライドを当てて、喰らい付いてきていた。


 こんな、ド派手な真っ赤なCFなど、どう考えたって警察じゃない。

 ましてやテリトリーのアーミーとは考えづらい。


「同業者――? いや、賞金狙いのギルドか……」


 こんなお上品な街に、ここまでヤレるコード・ライダーがいるとは――。

 想定外の連続にマッキネンの苛立ちは頂点に達していた。

 

 だが、追いつかれているわけではない―― むしろ距離は開いた。

 

 たいしたテクニックだが、多分、勘頼りに決まってる…… こんな芸当はそう長くは続くまい。

 こちらははどこに飛ぶかわからない、変則軌道だ。

 

 このまま、行政区に飛び込んでしまえばこっちの勝ちだと、マッキネンは顔に冷や汗を伝わせつつも、次第に近づくビル群を見て勝利を確信していた。


――


 コクピットディスプレイには、寧々が同期したマップデータが表示された。


 さあ、お仕置きの時間だ――。


 マギーは心の中でそう呟くと、グラウンド・ラインとミッドシティとの境界にある、大通りへとMHRの起動を大きく変えた。


 モニタに映る、寧々から転送されたマッキネンの座標はマップに重なった青い点で現れている。

 

 その青い点は変わらず、変則的な軌道を描きながらミッドシティへと向かってた。


 こちらが姿を消したのに、油断せずにトリックを交えた動きを続けているのはたいした徹底ぶりだが、おあいにく様だ。


 タネがわかれば楽なものだ。

 行動が丸見えのトリックなど滑稽なだけだ。


 グラウンド・ラインとミッドシティの境界に横たわる片道4車線、合計8車線の小型ライナーポッド用の大通りは正式には6号線産業道路という名前だが、街の人間はそんな呼び方はしない。

 

 ここは、登録市民の街区とスラム街とを明確に隔てる境目――。

 グラウンド・ラインの雑多な街区と、ミッドシティの高い壁の間に走るディビジョン・アベニュー閾大通りと呼ばれている。


 マギーのMHRは大きく右から迂回して、そのディビジョン・アベニューへと飛び出た。

 

 そのまま、低空に機体をネジ込む。

 アベニューを走る小型ライナーポッドを縫うように赤い機体が、右へ左へと身を翻す。


 突然、低空飛行で割り込んで、危険な飛行をするCFに、ポッドたちは抗議のクラクションやパッシングをしてくるが構ってなどいられない――。

 

 マギーがMHRを加速させると、それらは一瞬で点となって後方へと消えていった。


「二人とも聞こえる? マッキネンのやつ、あと三十秒でアベニューに出るよ」


 寧々の声にマギーは敵の位置を確認し、フリーズへと通信を繋げる。


「フリーズ! タイミング合わせられる?」


「はいはい、しっかり塞いだるさかい、思いっきりぶちかましや!」


 マッキネンはミッドシティに入るために、必ずこのディビジョン・アベニューを横切る。


 そして、グラウンド・ラインからの侵入には壁を越えるために上昇が必要になる。

 チャンスはその瞬間だ――。


 ――


 もう少しでこの薄汚いスラム抜けて、子綺麗なアップタウンへオサラバだとマッキネンは心の中で一人ごちた。


 奥の手のハプーンガンを使ったスイング・トリックまで使わされたが、あの赤いCFの姿はいつの間にか見えなくなっていた。

 

 諦めたか? 撒いたか?

 だが、油断はしない――。


 マッキネンは変則的な動きを続けて逃走を続ける。

 

 どうやら、今日はこの街を甘く見すぎていたようだ。

 おかげで雇った仲間に支払った前金がパァだ。

 

 それに失敗したとなれば雇い主が気になる……。

 

 この仕事の雇い主は金払いがいいので、ここ最近、何度か仕事を請け負った。

 直接会ったことは無いし、依頼の理由も聞いたことはない。

 

 ただ、驚くことに連中の依頼は逃走のプロを自認するマッキネンが本気で潜伏している最中でも、必ず届くのだ。

 

 いったいどんな方法で探し当てるのかは気になるが、金額さえ見合えば詮索しないのがマッキネンの主義だ。

 むしろ、この雇い主に関しては、絶対に詮索してはいけないとマッキネンの勘が囁いていた。


 そんな連中の仕事を失敗したのはこれが初めてのことだ。


 どうやらアップタウンに入ったらベータRRTを隠して、これまで以上に深く、深く、誰にも見つからないように潜伏する必要がありそうだ……。


 マッキネンがしばらくの身の振り方を考えようとしたところでスラムの終わりが見えてきた。

 

 どちらにせよ、とにかくまずは、逃げ切るのが先だ。


「ふはははっ! ザマァみろ! 今回も逃げ切りだァ!」


 スラムから市街の境界線へとベータRRTを踊り出させた。

 後は壁の上へとハプーンガンを使って入り込めば終わり――。

 そのはずだった。


 ミッドシティの壁を登るベく、空中へと両手のハプーンガンを構えたが、その視界いっぱにまったく意図しないものが飛び込んできた。


「――なんだ? ラ、ライナーだと?」


 白い―― 左右に翼を広げたような、蘭の花弁のように広がるような、そんな存在が、マッキネンとベータRRTを覆うように空中を遮っていた。


――


 フリーズはサンダーソニーの巨体に急制動をかけた。


 サンダーソニーの白い船体に強烈な圧力がかかり、フリーズの体を操舵席に押し付けた。

 Gに耐えながら、フリーズは正面のモニタに不格好な操り人形のようなCFが飛び出してきたのを見てほくそ笑んだ。


「逃がしゃせへんで、泥棒はん。 マギー、今や、かましたりや!」


 完全に逃走経路を塞がれたマッキネンは、初めてその動きを止めた。


「まかせろ! くーらーえーっ!」


 マギーはMHRをディビジョン・アベニューの路面スレスレの低空飛行から斜めに一気に上昇をかけた。


 干渉光の眩しい光を放ち、赤い弾丸のようにドゥカティMHRは鋭く膝をベータRRTの背中に叩きこんだ。


「ほーら! 捕まえたよ! このこそ泥がぁ!」


 死角から突き倒すどころか、マギーは膝を抉り込んでさらにスロットルを全開に開けた。


「ぬぉおおっ! お、女だとぉ!」


 機体の接触を通して、通信がつながり、マッキネンの声が飛び込んできた。


「うっさいわ! チョコマカチョコマカと、ほんと、男のくせにセコいんだよ!」


 さらに加速をかけると、マッキネンの情けない悲鳴がボリュームをあげた。

 マギーはその声にザマァと、ニヤリとした。


 弾丸のように二機のCFが飛び、トランシスコ・ベイを真横に貫く境界の道の終点が見えてきた―― 仮想世界のシュミレーションによって作られた海に隣接した湾岸地帯のベイサイドだ。


「ほーら、ここがあんたの終点だよ!」


 マギーはMHRを一回転させ、マッキネンとベータRRTを地面に叩きつけた。


 MHRは干渉光の飛沫を足元と、ついた手から飛ばし、滑りながら着地した。

 ベータRRTは派手にバウンドし、火花を散らしながら転がった。


 周囲はグラウンド・ラインの雑多な建築物よりも背の低い倉庫と、その先はシミュレーションの波が打ち寄せる岸壁しかない。


「いつまで死んだフリしてんのよ。 さあ、立ちな。 チャンスをやるよ――」


 マギーのそのセリフに、それまでダラリと地面に突っ伏していたベータRRTが、ブレイクダンスのように回転して飛び起きた。


「チャンスだと? ふざけんなこのアマぁ! ぶっ殺してやる!」


 至るところが、削れて、装甲が潰れたベータRRTの長い両腕の手首から、光の刀身が発生した。

 プラズマトーチの光刃が伸びる。

 

 コード・ベースから直接、エネルギーを引っ張る光学兵装は処理負荷が高く、長時間は使えないが、ヒートシンクパイルなど比較にならないほど強力な近接兵装だ。


「このマッキネン様が、逃げるトリックだけだと思うなよ! その気取った赤い機体ごと切り刻んでやるぞ! このビッチがぁ!」


 実際、その言葉がハッタリでないことはマギー自身がわかっていた。

 寧々が放ったジャミング直後の奇襲でこの男はマギーの一撃をかわして避けた。


 自分の乗るコード・フレームワークのモデル特性を熟知したもので、さらにそれは、マギー同様に近接戦闘によほどの勘所があるコード・ライダーの動きだった。


「さあ、かかってきなよ――」


 マギーはMHRは左の手を自分に向けて、クィっと動かして見せた。


 その瞬間にマッキネンは動いた。

 ベータRRTの上半身がグィと不自然に沈み込む。

 機体の長い手と足が、まるでバラバラに動いてるかのようにゆらゆらと、だが素早く迫ってくる。

 機体の形状を活かし、持ち前のトリックとエア技術を組み合わせたマッキネン独自の技だ。

 

 マッキネンはこの技をボアストローク巨蛇の一撃と呼んでいる。


 這いずるように迫るベータRRTの動きにMHRは動かない。

 マギーはその動きを気持ち悪いなぁと、ちょっとした嫌悪感を抱きつつ、冷たい眼差しで見ていた。


「死ねや! オラァ!」


 最初に受けた攻撃で、赤いCFのヒートシンクパイルのリーチは見切っている。

 この動きとベータRRT の間合いからは相手の武器は絶対に届かないはずだ。

 マッキネンは勝利を確信した。


 だが次の瞬間、あり得ないことが起こった。

 目の前の目障りな赤い装甲を切り裂こうと身構えたはずなのに、機体が反応しない――。


 思考制御、ブレインテック・インターフェイスBTIの手応えが全くない。

 頭の中でいくら思い描いてもベータRRTの腕が動いてくれないのだ。

 

 そして視界の隅で何かがくるくると飛んでいるのに気づいたマッキネンがそれをチラリと見た。

 それは、いつの間にか切り離され、空中を舞っていたベータRRTの両腕だった……。


(――何が起こった?)


 マッキネンは目の前の起こったことに呆然とした。


「そんなバカな……」


 マッキネンはそんな言葉をつぶやいた後、その理由を知った。


 ドゥカティMHRの両足の踵からは、機体と同じ赤い色の長く、鋭い、鎌のような光刃が伸びていた。

 踵から伸びた、プラズマトーチの光刃が一瞬でベータRRTの両腕を跳ね飛ばしたのだ。


「赤い機体…… 足に仕込んだ高出力のプラズマトーチ……」


 その姿を見て、マッキネンは誰と戦っていたのかを理解した。


「聞いたことがあるぞ、女のドゥカティ乗り―― そうか、こいつが―― 血まみれの首狩り兎ボーパルバニー……」

 

 タンッとMHRが足を踏み鳴らした瞬間、マッキネンのコクピットが真っ暗になった。


 マギーのドゥカティMHRの踵のハインドレッグ・サイズ後ろ足の鎌がベータRRTの頭部を跳ね飛ばした。


 切り飛ばした腕と、ついで頭が地面に落ちると同時にベータRRTがマギーのドゥカティMHRの足元に崩れ落ちるように力無く倒れた。

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