電界彩輝 マッド☆カプセル・バニー

不治痛

CHAPTER I. Down the Rabbit-Hole

第1話 RED, YELLOW, and WHITE

 マギーは愛機であるMHRのスロットルを空け、細身のコード・フレームワークCF―― ベータRRTを追っていた。


(いい腕してんじゃないの。 でも、逃がしゃしないよ!)


 トランシスコ・ベイの最も外側にあるグラウンド・ライン地区の街路でベータRRTはお構いなしに干渉光の飛沫を飛ばす。


 クロスモデル特有の長い手足を使って、細かい空間干渉を行い、複雑で狭い街区の中へ、かかって来いと挑発するように突っ込んでいく。


 マギーのMHRはベータRRTよりも大型だ。

 迂闊にあのスペースには突っ込めない。


 ある程度の高度を保ち、チャンスを持ちながら追跡を続ける。


「ちょっと寧々ネネ、聞いてる? あんにゃろ、ミッドシティに向かってるんだけどさ、挟める?」


「できるわきゃねーだろ! あんたのケツも見えねーのにどうしろってのよ! あたしはマギマギほどCFの腕はねぇーっ、つーの!」


 ディスプレイの隅っこに池袋いけぶくろ寧々ねねが元気に怒鳴ってるのがチラチラと見える。


 ツインテールのネオンエクステが赤く光ってるとこを見ると、待てと言う寧々の言葉を無視して、一気に飛ばして置いてけぼりにしたことを怒っているようだ。


 でも今は寧々の顔を見て話せるほど余裕はない。

 このベータRRTのコード・ライダーであるマッキネン・ジモネはこれまで数々の強盗を成功させ、あらゆる追跡を振り切ってきた筋金入りのジャンパーだ。


 スピード自体はこちらの方が上だが、取り回しと軽さは相手が上。

 おそらく、視界から外れたら最後、煙のように消えて撒かれてしまうだろう。


 マギーたちこのはマッキネンの一味が、このトランシスコ・ベイでインター・ヴァーチュア特有の希少データの輸送を狙って仕事をするという情報を手に入れ、入念に準備していた。


 結果、強盗自体は阻止したが、マッキネンは自分の手下を盾に逃げたのだ。


 不幸中の幸いは、連中の本来の計画ではそのまま都市テリトリーの外にある峡谷地帯に逃げ込むところを、トランシスコ・ベイの中に追い立てられたことだ。


「あー、もう、しょうがねーなー! 街中のカメラを盗んでナビしてやっから五分持たせろ!」


「あんがと! 頼んだよ!」


 寧々の通信が切れる。

 とにかく振り切られるわけにはいかない。

 素早さとトリッキーな動きをするマッキネンが、行政区画のビルが密集しているミッドシティに逃げ込んだら厄介だ。


 それに、グラウンド・ラインよりはマシとはいえ、マギーのMHRのサイズだと被害を出さずに取り押さえられるスペースを確保するのが難しい。


 行政区のミッドシティで周囲の建物を破壊すれば、賠償どころか、トランシスコ・ベイでの仕事のライセンスを失いかねない。

 ここは、どうにかして場所の開けたベイサイドに追い込みたい。


「フリーズ! 聞こえる?」


 マギーはもう一人の仲間、フリーズことアン・フリゼル・シトロエンを呼び出した。


「はいはい、聞こえてますえ」


 古典的なRP訛りのイギリス英語で返事が返ってくる。


 画面の端っこにいつもの黒いストレートのロングヘアが揺れているのが見えるが、さっきの寧々と同様、これまた顔を見てる余裕はない。


「今、街の上だよね? サンダーソニーでミッドシティの前を塞いで! 早く!」


「はぁ? ライナーで街区に降りぃ言うてはるの?」


「真っ直ぐ降下するだけだから、マッキネンの頭を抑えられる! ミッドシティに入られたら厄介なのよ! 強盗の現行犯相手だからバウンティーコードで許可とれっしょ!」


「あー、分かったわえ! ほんま、無茶苦茶言うてくれはるわ!」


 フリーズとの通信が切れる。

 あと数分で勝負が決まると、マギーことマーガレット・マジーン・ゴールドマンは自分を惑わそうと、あらゆる動きを仕掛ける敵に集中する。


 相手の機体を見据え、逃してたまるかとコクピットでカウンターを当てて追随する。


 マギーの動きに応えるように、ドゥカティMHRの真っ赤なボディが身悶えするかのようにローリングを切った。


――


「にゃー! あの特攻娘が!」


 そう叫ぶのは池袋寧々。

 彼女の乗るトレーサーG9のコクピットには無数のディスプレイが浮かんでいた。

 しかもその数は次々と増えている。


 寧々の目はそのディスプレイの間を激しく揺れて動く。


 そのまま、同時に手が凄まじい勢いでディスプレイを動かし、重ねた。

 さらに指で描くラインがディスプレイとディスプレイを繋げる。


 ツンテールにまとめた髪の先はネオンカラーの赤、青、緑、黄と次々に輝きを変える。

 

 単純なテクスチャエクステだが、感情に連動して色が変わる仕組みだ。

 自分で作ったインター・ヴァーチュアでだけできるオシャレアイテムなのだが、これだけ色が変わるということは、寧々は露骨にテンパってる証拠だ。


 寧々は子供の頃からコーディングが得意だった。

 得意だったし、好きだったから腕を磨いた。


 おかげで今ではあらゆるところを見て、あらゆるところで聞き耳を立てられる。


 気づけば、その界隈ハッキングでは寧々はNOSY知りたがりの通り名で知られるようになっていた。


 そんな寧々でもテリトリーの無数のカメラを乗っ取るのは骨が折れる。


「数が多い…… やっべー、五分はフカしたかぁ」


 とはいえ、マギーと約束してしまった。

 あの負けず嫌いは、獲物を逃したら大泣きするに決まってる。


「しゃあねー。奥の手の使うか」


 寧々はパンッと両手を合わせた。


「さーて、お立ちあい! レッドスネーク…… ブルースネーク…… カモーン!」


 なんとも惚けたセリフを吐きながら合わせた手を広げると、両手の上に白く光るサークルが現れた。

 そしてその中からズルリと赤い色と青い色の何かが這い出してくる。


 確かに蛇のように長いが、蛇とも虫ともつかない、なんともグロテスクな物体だ。

 しかもその頭は女の子の手の上から出てくるものとしては何やら卑猥な形をしていた。


 手の上の光から飛び出たグロテスクな二匹は「シャーッ!」と言う叫び声を上げて、それぞれがディスプレイの中へと飛び込んでいった。


「さあ、お前たち! 根こそぎ喰らって繋げてこーい!」


 ハッカー、NOSY知りたがり――。

 彼女はワーム使いで有名だった。


 ちなみに、映画マニアでも有名で、そのワームはとある映画のとあるクリーチャーの幼体そっくりと噂になっている。


「うっひっひっ―― キタキター!」


 寧々の視界にありとあらゆる場所が繋がってきた。


 ちなみに、ワームを個人で所有しているだけでも、テリトリーでは違法行為であるのは言うまでもない――。


――


「なぁ―― ちょっと、聞いてはる? なぁ!」


 アン・フリゼル・シトロエン―― フリーズは、デジタル空間船ライナーサンダーソニーの操舵席から、シティポリスの係官に話しかけていた。


 目の前に浮かぶディスプレイの中の係官は、こちらを見ることもなく、ずっと自分の目の前にある空間ディスプレイの表示を見ながら何やら処理を続けている。


「緊急事態なんどすえ! ライナーの街区、侵入許可、はよ出してほしおす!」


 若い係官だ―― 制服が馴染んでいない。

 新人なのだろうか?

 というか、ただ無愛想で態度が悪いだけなのかもしれない。


 確かにこちらも緊急で回線を割り込ませたが、「お待ちを」と言ったきりこの調子だ。


 時間がない。

 マギーの頼み事は、フリーズにとって最優先事項だ。


 守れなかったら、きっと不貞腐れてしばらく口を利かなくなるに決まっている。

 一見サバサバしているようで、マギーはかなり面倒くさい性格をしているのだ。


 普段は冷静沈着が売りのフリーズも、これにはさすがにイライラしてきていた。


「なぁ、ちょっと聞いておくれやす!」


 ディスプレイの中の係員は一瞥もせず、まるで黙っていろと言わんばかりに、フリーズに向けてただ人差し指を立てた。


(――ほんま、これやさかい若い男はあきまへんのどす)


 フリーズの細い目は怒りで、限界まで見開かれていた。


 なんとか落ち着こうとサンダーソニーの操舵席に、お守りがわりに吊るされているロケットペンダントに目をやった。

 

 ペンダントの中には、八十年代のどこかの刑事ドラマから抜け出したような男の笑顔がある。日焼けした頬、白いジャケット。

 密かに「あの人」と呼ぶ人物の写真だ。

 古いデータベースで拾った一枚―― かつてと呼ばれた都市で、誰よりも速く走っていた男だという。

 これがフリーズの理想だ。


 無礼な係官にしても、学生の彼女から見れば年上なのだろうが、自分の理想からすれば所詮子供にしか見えない。

 彼女にとって若い男など、みんな子供にしか思えないのだ。


 舐められてたまるかとフリーズは強く心の中で思った。

 子供一人振り向かせられず、何がシトロエン伯爵家の令嬢かと……。


 そしてフリーズは、実家の両親が見たら卒倒し、心臓発作を起こしかねない行為に及ぶ。


 光沢のあるキルティングのダウンジャケットのジッパーをゆっくりと降ろし、その下に着ている黒のシャツの胸元を握ると、両手に力を込め、勢いよくシャツの前を左右に大きく開いた。


 パン、と乾いた音が響き、ボタンが派手に弾け飛んで床に転がると、画面にはフリーズの白いレースのビスチェと胸元が大写しになった。


 次の瞬間、係官は口をポカンと開け、こちらの画面へ釘付けになっていた。

 その光景にフリーズは満足げに「ふむ」と微笑んだ。


「ほら、やっと見てくれはったやん。これ、バウンティコードどすえ」


 笑顔で自分のギルドのコードを送信する。


「獲物を逃したらな、あんさんのケツ、政治家のスピーチみたいに延々突き上げさしてもらいますえ。 わたし、謝りまへん。 よろしゅうお覚悟なさいな」


 黒髪ロングの、いかにも上品な女の子がいきなり胸をはだけたのだ。

 透き通るような肌と細い目の笑顔は、まるで白い狐が微笑んでいるようだ。

 そんなものを見せられれば、混乱の一つもする。

 しかも、下着姿のまま吐かれたセリフは際どく、係官は状況が整理できず、固まっていた。


 そんな使に対して、フリーズは優しい口調から一転して怒りの声で要求した。


「ぐずぐずしてんと、はよ許可しはりぃな!」


「はっ……はいぃ!」


 係官は慌てて割り込みの処理を始めた。


――


 マギーのMHRは、マッキネンのベータRRTに、なんとか食らいついていた。

 しかし、マッキネンの動きはさらにキレを増してきていた。

 

 切り裂くようなトリックの数々に加え、腕に仕込んだワイヤーガンを使い、まるでヒーロームービーさながらのスイングアクションまで混ぜてきたのだ。


 直角に近い旋回への反応は、さすがのマギーも直感に頼った運まかせという具合だ。


 MHRが一定の距離を保って追跡に徹しているため大きな被害は出ていなさそうだが、これ以上引き延ばして自分やマッキンが建築物に激突すれば住民が危ない……。


 何度目かの運任せのハングオンで相手を補足しながら、マギーの焦りは頂点に達していた。


(まずい……このままじゃ、ミッドシティに入る前に見失う……)


 集中力の維持の限界に、気持ちが諦めに傾きかけたその時――。


「マギマギー、おっまたせぇ!」


 テンション高めで寧々が通信を繋いできた。


「やっこさん、360度丸見えっすー!」


 その直後、フリーズの通信もつながる。


「お待たせしましたえ。 今、サンダーソニーで降下中やさかいな。 先回りさせたないんやったら、はよ正確な座標ちょうだいや」


 マギーの中の闘志の火に、再び火が灯った。


「寧々、奴の座標をあたしとフリーズに同期して! フリーズはミッドシティの境界線で奴の頭を抑えろ!」


 材料は揃った。今度はこっちの番だ――。


「あたしはあの野郎の死角から突き回して、ベイサイドに追い込んでやる!」


 コクピットディスプレイには、寧々が同期したマップデータが表示された。


 さあ、お仕置きの時間だ――。

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