其の三 臣死且不避
張良は門の前に到着し、劉邦の配下である
「宴会は、うまくいっていますか?」
樊噲は、張良が何かを言い出す前に、食い気味に尋ねる。
「それが、大変なのだ。今、項荘が剣舞をしている。そして常に、沛公様を狙っているのだ。」
焦りながらそう言う張良の言葉を聞いて、樊噲は頷いた。
「それは、危ない。ならば私に、沛公様と命を共にさせてください。」
「………樊噲、何をするつもりだ?」
すると樊噲は、帯刀し盾を構えたまま軍門へ走った。
「止まれ、こちらは立ち入り禁止だ!」
宴会場に入ろうとする樊噲を、門番は止めようとした。しかし、樊噲は盾を前に構え、門番を突き倒した。そのまま樊噲は、宴会場に雪崩れ込んだ。
垂れ幕をめくって西を向いた樊噲は、目を釣り上げて項王を睨みつけた。
例えるなら百獣の王が丁度良い、鋭い眼光だ。髪は逆立っている。
「………お前は誰だ?」
項王は跪き、剣に手をかけながら尋ねた。其の目にも、鋭い光が宿っている。張良は、つられるように答えた。
「沛公の部下である、樊噲です。」
「ほう………」
其の立ち姿を、項王はしばし眺めた。そして………笑う。
「豪傑な男だ。こいつに大敗の酒を汲んでやれ。」
「………え?」
辿々しい手つきで、従者が大きな盃になみなみと酒を注いだ。樊噲は沛公と項王の顔を交互に見たが、しばらくして礼をして、立ちながら全て飲み干した。それを見た項王は機嫌を良くし、
「こいつに豚の肩の肉をやれ。」
と、告げた。これも、樊噲は少し躊躇いながらも、従者が運んできた肉の塊を、盾をまな板、剣を包丁代わりに使って切り、食べた。さらに項王は喜んだ。
「豪傑だなあ。まだ飲めるか?」
樊噲は立ったまま語り出す。
「私は死すら恐れない。どうして大杯の酒を辞退しようか。いや、しないでしょう。………秦の王には残酷な心がありました。人を殺しすぎて、数える者はいません。処刑の数も計り知れず、処刑者を全て処刑できるのか心配されるほどでした。だから、始皇帝には誰もついて行かなかった。」
樊噲の言葉は止まらない。
「懐王は『最初に秦を破った者を王とする』と言いました。沛公様は最初に秦を陥落させましたが、領地を我が物にすることも、財宝や女に手を出すこともありませんでした。項王様を待っていらしたのです。関を守ったのはあなたの侵略を阻むためではなく、盗賊などに備えたためです。」
「樊噲。」
「密告者はこのような素晴らしい人を殺そうとしております。これでは、秦と同じです。項王様は間違っています。恐れ多いこの身ではありますが、あなた様のために賛同はできません。」
酒も回っていたせいか、樊噲の顔は真っ赤に火照っており、足元もおぼつかない。
「まあ、樊噲………座れ。」
「はい………」
項王がそう言って、樊噲の言葉はようやく止まったのだった。沛公は誰にも気づかれないよう、小さく安堵の息を漏らしたのだった。
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